忘却の魔女の旅路
楠木遥華
第一章 全てを忘れた少女
第1話 狼集団
私は知らない。自分が何者なのか、どこから来たのか。
私は知らない。親が誰なのか、どんな血筋なのか。
私は知らない。自分の名前すらも。
「ソフィ!」
仲間がつけてくれた名前、私はそれしか知らない。
だから知りたいと思う。本当の自分を、本当の母親を。
これは全てを忘れた私が記憶を取り戻し、一人の魔女として生きていく物語だ。
✻✻✻
私、ソフィが所属する中級冒険者パーティー「狼の集い」は今、パーティー崩壊の危機に立たされていた。
「きゃっ、狼!? それにしては大きいような……」
「銀色が混じった灰色の毛、赤い目、狼より一回り大きな体……間違いない、グラオヴォルフだ!」
「うそ!?」
上級冒険者パーティーが束になっても討伐が困難とされる魔物、グラオヴォルフ。一体でも上級上位の脅威度なのに、それが五体もいる。それに、魔力感知が得意な私は、近くに同じ個体が五体潜んでいるのを感じ取っていた。合わせて十体、勝ち目なんてどこにもない。
私は真っ先に魔法で土の球を生成し、上空に放って破裂させた。救援要請、けれどそれに応えてくれる人はいるのだろうか。近くに冒険者がいたとしても、相手の正体がわかれば逃げ出すだろう。助けに入ったところで無駄死にするだけ、ならば街に戻って戦える人を呼ぶべきだ。
けれど、私達は囲まれているから逃げることもできない。そんな絶望的な局面でもリーダーのルドルフは大剣を構えた。
「よぅ、俺達は『狼の集い』。どっちが本物の狼か、決着をつけようぜ」
無造作に伸びた銀髪と昏く淀んだ赤い瞳は、奇しくも相手の色と酷似していた。
前衛の二人が各々の武器で攻撃する。けれど、刃は通らないし打撃が効いているようにも見えない。私も杖に魔力を込め、土の球や土の矢、槍などで援護するが、いずれも強靭な毛に阻まれて傷一つつかなかった。
「なんだよコイツ、蹴っても殴ってもびくともしないぜ!?」
「剣も同様だ。……魔女なら有効打の一つくらい見つけろよ」
ルドルフが私をチラリと見て毒を吐く。私に向けられる視線には殺意が籠もっていて、彼がいかに魔女を嫌っているのかがよくわかる。けれど。
「ソフィ」
「あン?」
「私が魔女かどうかはわからないけれど、一纏めにしないで。私は私、他の誰でもない」
魔女だからこうと勝手に決めつけられるのは気分が良くない。人間は誰しもこういうものと決めつけるのと同義だ。
私の指摘にルドルフは舌打ちをし、グラオヴォルフに斬りかかった。けれど、途中で剣が止まる。毛が硬くて斬ることができないのだ。
「ソフィ、砂埃で視界を奪うのは……」
「狼型の魔物は嗅覚が優れているから、意味がないでしょ」
「あの毛をどうにかしないと……水で濡らすのはどうだろうか?」
「あの数を濡らすだけの水をどうやって用意するの? 私は水魔法を使えないし、もう一人は回復魔法で手一杯」
「……みたいだね」
頭脳担当兼盾役のカイだけれど、今日は頭が冴えないようだ。
唯一の救いは、グラオヴォルフが積極的に攻撃してこないことだろうか。私達の様子を窺っているのか、弱ったり隙を見せたりするのを待っているのか、いつでも倒せるから油断しているのか。
理由はわからないけれど、そのおかげで回復が間に合っている。けれど逃がすつもりはないようで、包囲網が緩むことはない。このままでは私達の体力や魔力が尽きて敗北するだろう。
「クソッ……」
ルドルフの苛立った声に呼応するように、彼の体内で魔力が暴れ出す。魔力が身体中に巡り、腕や脚の筋肉が盛り上がる。
「これでも喰らえ!」
ルドルフの渾身の一撃がグラオヴォルフの首を両断……しなかった。負荷に耐え切れず、大剣が折れてしまう。
「なっ!?」
「兄さん、危ないっ!」
ルドルフが折れた剣に気をとられているところに、グラオヴォルフが迫る。カイが叫んだけれど、回避が間に合わず足に噛みつかれてしまった。
「ぐわあぁぁぁ!」
「兄さん!」
「アニキ!」
「ルドルフ!」
「リーダー」
絶叫する彼を助けに行きたいけれど、その余裕はない。カイは二体のグラオヴォルフに押し倒され、武闘家のレオは闇雲に拳を振るい、回復魔法使いのエマは捨て身の攻撃をするレオの治療にかかりきりになる。
そして私は、一体のグラオヴォルフに狙われていた。
「土の壁」
壁をせり上がらせるも突進で破壊され、
「土の
破片を飛ばすも傷一つつかず、
「土の穴……っ」
落とし穴を作るも飛び越えられ、
「土の棘」
鋭利な棘を突き出してようやく進行を止めることができた。
「すごいよ、ソフィ! “まじょさん”みたい!」
「魔女さん?」
エマの興奮した声に振り返ると、カイと相手していた内の一体が彼女に迫るのが見えた。
「エマ、後ろ」
「え? きゃあぁぁぁ!」
「エマっ!」
エマの悲鳴にカイが跳ね起きる。盾でグラオヴォルフを殴って、彼女の前に割り込んだ。
「エマには傷一つつけさせない」
「カイ……」
小柄で頼りない背中だと思っていたけれど、今日だけは大きく感じた。それでもグラオヴォルフの攻撃を受け止めることはできないだろう。
ルドルフに噛みついていた一体が加わり、合計四体のグラオヴォルフが私達三人を包囲する。
相手が動く前に攻撃をするには、杖に魔力を込めていては遅い。瞬時にそう判断した私は手から直接魔力を放った。
本来なら属性のない魔力攻撃。そのはずなのに、何故か火の手が上がった。
突然の炎にグラオヴォルフが初めて後退り、包囲網に穴が空いた。
「皆、逃げて!」
「お、おぅ!」
呆気にとられていたのは仲間達も同じだけれど、私の声にはっとして走り出す。ルドルフは自力で走れそうにないのでレオが担いだ。
振り返ってもグラオヴォルフは追ってこない。けれど、
「増援が来る」
「へっ?」
茂みに隠れて機を窺っていた残りの五体が進行方向を遮った。獲物を逃がす気はなさそうだ。
「っ!」
不意に全身に怖気が走った。頭が血が引き、呼吸が止まる。
どこにいるかわからないけれど、膨大な魔力を持った何かがいる。私は魔力が多いと自負していたけれど、比べものにならない。赤子と大人、天と地ほどの差があった。
これほどの魔力の持ち主、もしかしたら……
「え、なんで逃げるんだよ?」
レオの声にはっとすると、グラオヴォルフが何かに怯えたように尻尾を巻いて逃げ出していった。
拍子抜けしたような顔をするレオ、そっと肩の荷を下ろすカイ、「よかったぁ」とその場に座りこむエマ。誰もあの魔力に気づいた様子がない。今は私も感じないけれど、背中に残るべたついた汗と鳥肌の立った腕が気のせいでないことを告げていた。
「ソフィ、どうしたんだい? 顔色が悪いように見えるけど」
「いつも通りじゃねーか? ってか、コイツが顔色変えることあるんかよ」
「鈍感なレオは静かにしてて。……ソフィ、大丈夫? 具合が悪いの?」
カイとエマが心配した様子で私の顔を覗き込む。あの魔力についてどう説明すればいいか考えていると、何かが近づいてくるのを魔力感知が拾った。
「誰か来る」
金属同士がぶつかり合う音を立てながら現れたのは騎士団の人達だった。
「救援要請をしたのは君達か!?」
「魔物は……今はいないようだな」
ようやく危機が去ったのだと実感した途端、体に力が入らなくなってその場に崩れ落ちてしまう。
「ソフィ!?」
駆け寄る仲間達の姿がかすむ。体内の魔力がほとんどない。体が芯から冷えていく。これが噂に聞く魔力枯渇かと思いながら、私の意識は落ちていった。
初めてのはずなのに既視感を覚えるのは何故だろう。意識を失う寸前、そんなことを思った。
目が覚めたのは二日後の朝だった。仲間からルドルフがパーティーを抜けたことを知らされた。夜明けと同時に南門を出て、その後の足取りは掴めていないらしい。
「あたし達が『狼の集い』と呼ばれるようになったのはルドルフがいたからなのに……これからどうすればいいの?」
私が気を失っていた間の出来事を話したエマは、そんな弱音を吐露した。いつも前向きで天真爛漫な笑みを浮かべている彼女はどこにもいない。
ご飯作ってくるね、と弱々しい声で言って部屋を出ていくエマ。けれど、私が食卓につく頃には笑顔が戻っていた。
「ソフィ、海に行こうよ!」
「は?」
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