錬金術師になるためのいくつかの学習課題
神森倫
第1話 聴衆
僕は野良神のロングライト。
この世界に日本から転生して200年以上たった。この間僕がしてきたことは、午前中にモンスター討伐、午後は集落での布施行。夜は笛を吹いている。
旅する日々だ。夜は野営している。笛を吹くのは夕食の後。笛には木の葉と命名している。木の葉とは僕の母のような人で、彼女の名前を笛に借りている。
旅は3カ月の周回だったから、野営する場所も馴染みの場所ができてくる。長く続けていると、笛の音を聞いている気配を感じるようになった。聞きたいなら聞いて。僕に近づかないなら、勝手に聞けばいい。
サガデというサキュバスが僕のことを気にしてくれて、密かに聴衆に危険な奴がいないかを探ってくれた。自分ができない時は配下のサキュバスを使ってまで。
100近くの馴染みの野営地の近くには、いろんな存在がいた。土着の神である土神、僕と同じ野良神、神獣、孤独に野に住む人、妖精や妖怪、魔族、阿修羅や畜生、餓鬼もいる。それに魂を持った山や川、樹木などの自然物。
サガデの判断では、聴衆に危険な存在はいない。
サガデの配下たちは僕の笛の音を聞く様々な存在から、可能であれば木の葉一枚相当のお布施をいただいてくる。本当に木の葉でもいいし、お金でも、美しい言葉でもいい。布施をもらうことで僕とその存在が結縁され、僕と相手の両方に功徳が与えられるのだという。
名前も聞いた。僕はそれらのほとんどを聞き流し、忘れている。でも僕の笛の音を聞いていた男女が出会い、結婚したという話だけは覚えている。
エルフの薬師の男エズモンとドワーフの鍛冶師のドーリッテだ。エズモンはエルフの里から逃げてズドーライン王国の辺境に隠れた。里に居たらハイエルフにさせられて、エルフの長になりそうだったかららしい。
エルフは選民思想に捕らわれて、人種差別が激しい。自分たちを高貴な人種だと思い込んでいる。実際目が大きく鼻が高く何より耳がとがっている特徴のある顔立ちだ。僕は前世の感覚で美しいとは感じないけどね。
エルフは愛玩用に奴隷にされることが多く、それを嫌って魔の森の奥に里を作って、めったに森の外に出てこない。里を離れることはまずない。里を捨てたエルフはダークエルフと呼ばれて、エルフの仲間ではなくなる。
特にエルフ以外と性的交わりを持つことはタブーで、もうダークエルフでさえなくなるらしい。それにエルフは長命種で300年生きる。里を離れて生きても、人などは50年程しか生きないから、長命種は孤独になる。特に結婚生活はパートナーが死んでも、自分だけが残ってしまう。
エルフやドワーフなどの長命種は普通3回結婚する。成人した最初は200歳以上の異性と。100歳を目処に別れて、同年代の相手と自由恋愛をする。200歳になって、3回目の結婚。相手は成人したばかりの少年、少女だ。
別に法律でも宗教的戒律でもないから守らない人もいる。でもこの仕組みが便利なことも事実だ。
最初の結婚でベテランの異性から、職業的スキルや社会的知識を教え込まれる。学校など必要ない。性的な訓練も最初の結婚で相手からされるのだ。
2回目に結婚するころは成熟し自分が何が好きかよくわかっている。考えの合う大人同士で結びつくことができる。
3回目の結婚は若い異性に自分の学んだすべてを教え込む喜びがある。老いた自分の世話をしてもらえるという安心感もある。それにぴちぴちの肉体を性的に楽しむことは何よりの快楽だ。
3回の結婚で、それぞれ一人は子を作ることが推奨されている。
エズモンがエルフの里を逃げ出したのは170歳ころらしい。2回目の結婚の途中になる。両親、二人目の妻と子を捨ててまで、エルフの長となって権力を握ることが嫌だったのだろう。それに里を出ることは世界樹ユグドラシルへの信仰を捨てることでもある。
エルフの場合は血のつながった家族以外に、乳母と乳母子という特殊な関係がある。乳母は実の母以上に母的存在で、乳母子は血のつながった兄弟以上に幼馴染であり、近しい友人である。
エルフの乳母はドライアドと決まっている。長命なドライアドの乳母の保護は、エルフが死ぬまで続く。保護はある意味束縛でもあり、エズモンにとっての里からの逃亡は乳母からの自立でもあったようだ。
僕、ロングライトにも長明だった前世に、木の葉という乳母がいた。乳母子は鬼夜叉という兄貴分だった。前世の富裕層の乳母や乳母子との関係はエルフと近いからよくわかる。
僕の場合は妻を失う時に彼等に裏切られて、心の傷はさらに深くなったのだけどね。話したことのない相手だが、僕にはエズモンの気持ちが分かるような気がした。
ドーリッテはン・ガイラ帝国の出なのだが、ドワーフの争いによって故郷に居られなくなり、王国に流れてきたという。ドワーフは背が低くがっちりぽっちゃり体型で男は髭が濃い。器用で頑丈なので武器をはじめ魔道具などを作り出す才に長けている。彼等は酒が好きなこともあり、異郷の都市に住む事にもためらいはない。
ドーリッテが王国に流れてきたドワーフの争いは、一族がすべて殺されるほどの凄惨さだったようだ。ドワーフは基本的に善良なのだが、武器や魔道具の作成などにからむ技術的なことになると狂気に囚われる。
帝国に残った彼女の従兄弟が、何人か生き残ったらしい。でもドーリッテは過去を消し去りたいのか、一切の連絡を絶っている。
ドーリッテは鍛冶師として一流だが、それだけでなく彼女の一族は付与術で大きな革新を成し遂げたらしい。その革新技術を奪おうとして、他のドワーフたちが連合して襲撃を企て、ほぼ一族全滅の憂き目にあったという。
ドーリッテは160歳の若手だったために一族の長老の配慮で逃がされた。そしてその革新的技術について、決して誰にも見せないし教えていないそうだ。
ドーリッテも2回目の結婚の途中。夫は殺され、心に深い傷を負ってここへ逃れてきた。心の傷を癒したのが僕の笛の音だったらしい。
僕の笛の音はすべての人に聞こえる性質のものではなかった。ある種の心に傷を持つ存在にしか聞こえないらしい。偶然エズモンとドーリッテは近くに住んでいて、そして笛の音を聞くことで出会ってしまった。
二人は同じような心の傷を持っていたのだろうか。故郷を捨てた経歴も似ている。魂が共鳴し合い、恋に落ち結婚に至った。サガデの話ではそういうことらしい。
彼等の新居は、魔の森川の東岸に作られた。そこは僕が良く野営する魔の森側とアマンノ川の合流地点にほど近い場所だった。
エズモンとドーリッテのことを始めて聞いたのは、転生して35年目くらいのこと。二人が結婚したのは50年目くらい。出会ったのがいつかは知らないが、10年ぐらいは付き合っていたんじゃないかな。
結婚して10年くらいで男の子が生まれた。エズモンにとっても、ドーリッテにとっても3人目の子供だ。逃亡した二人は、他の子には会えない。
だからこの男の子、ガリウスは二人に溺愛された。
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