【アイテムボックス】が『ゴミスキル』と罵られ、追放された農民の俺、スキルが『無限成長&時間停止』のチートに覚醒したので、悠々自適に成り上がっていく件
第29話 価値なき砂粒と、灰色路地の星喰いポーション
第29話 価値なき砂粒と、灰色路地の星喰いポーション
最初の黒鉄砂を拾い上げてから、一時間。
「……おい、いつまでやるつもりだ、“英雄様”」
背後から、聞き飽きた皮肉が飛んでくる。
騎士団隊長バートンは、鎧の隙間を指でこすりながら、あからさまに不機嫌だった。
「ただの砂だの泥だのを追い回して。俺たちは掃除屋じゃないぞ」
「騎士団の仕事は、街を守ることだろう」
エルザさんが淡々と諫める。
「街路に残った呪詛の痕跡を放置すれば、いずれ被害になる」
「痕跡ねぇ……本当にあるのか? 俺にはただの汚れにしか見えんが」
俺はしゃがみ込んだまま、石畳の目地に詰まった黒い粒を指でなぞった。
ひんやりした感触。その奥で、胸の【アイテムボックス】だけが拾う、ざらついた“負の価値”のさざ波。
『対象:呪詛刻印済み黒鉄砂(微量)』
『汚染レベル:低/浄化:即時可能』
「【収納】」
呟くと、砂粒は指先から霧のように消えた。
また一つ、小さな呪いの種がこの街から消える。
「バートン隊長」
振り返る。
「疑うのは当然です。でも、“見えないからない”って決めるのは危ないですよ」
「ほう、“英雄様”のご高説か」
鼻で笑われる。
噛みつくのは簡単だ。けれど、それをやった結果はトレス村で嫌というほど見た。
(“見えてない側”ごと、切り捨てたら終わりだ)
「これ、グレンデル鉱山の第七坑道で見つかった黒鉄砂と、性質がほとんど同じです」
「どうやって分かる」
「スキルで」
「またそれか。便利な言葉だな、“スキルで”。何でも説明できる」
「事実を言ってるだけですよ」
壁にもたれていたカイが口を挟む。
「旦那のボックスは、価値とか呪詛に敏感でな。夢見の銀晶や黒鉄砂の“変な匂い”は、だいたい嗅ぎ分けられる。森と鉱山じゃ全部当ててみせたろ?」
「カイ」
エルザさんが低く名を呼ぶ。言い過ぎだ、という制止。
「事実を言っただけさ。隊長殿、俺は性格悪いけど嘘はつかない」
「信用できるか」
「信じるかどうかは、結果を見てからでいいですよ」
俺は立ち上がり、裏通りの奥を指した。
「この線の先、臭いが濃くなってます。ロデリック商会の倉庫街……だけじゃない。西地区の方にも伸びてる」
「“臭い”ねぇ」
バートンが舌打ちし、エルザさんを見る。
「隊長代理、これは正式な騎士団任務だ。子供の遊びに付き合う余裕はない」
「遊びではない」
エルザさんはきっぱりと言い切る。
「既に二つの“実験区画”を潰した彼の“眼”だ。私はそれを信じる。不満があるなら、ギルドマスターに上申しろ」
「……ちっ」
舌打ちしながらも、バートンは従った。
監視と侮蔑と信頼と興味。入り混じった視線を背中に感じながら、俺たちの「ロデリック商会調査」は、地味なガラクタ拾いから始まっていた。
◇
それからさらに一時間。
石畳の隙間の黒砂。
水路の縁にこびりついた濁った結晶片。
商会紋章が半分擦れた荷札の切れ端。
呪印が薄く刻まれた樽の箍。
俺が【収納】したそれらは、単体ではただのゴミだ。
だが【価値感知】を通して見ると、全部が細い黒い線で繋がっている。
(……やっぱりな)
黒い線はロデリック商会の倉庫街へ伸び、その一角で濃く渦を巻く。
同時に、別の束が、西地区の貧民街へとじわじわ濃くなっていた。
『傾向検出:呪詛タグの終点、貧困地区側に集中』
『仮説:高価販売ではなく“散布”/環境汚染目的』
(トレス村と同じパターンだ)
嫌な確信が喉に張り付く。
「カイさん」
「なんだ、旦那」
「この先の西地区で、最近何か変な噂ありませんでした?」
カイは「ああ」と顎を引いた。
「さっき、ウチの“耳”から入った話だがな。西地区の外れ、“灰色の路地”あたりで妙な病気が流行ってるらしい」
エルザさんの眉がぴくりと動く。
「症状は?」
「ひどい倦怠感と悪夢。咳、肌荒れ。中毒みてぇだってさ」
「中毒……」
鉱山で見た呪詛汚染が頭をよぎる。
「でだ」
カイが声を潜める。
「その原因が“アレン・クロフトが作ったポーションの失敗作”だって噂が、誰かさんの都合よく流れてる」
「なんだと!?」
エルザさんが鋭く声を上げる。
「あり得ない。彼の高等ポーションはギルド管理だ。勝手に流出など——」
「はっ、そいつはどうかな」
バートンが口の端を歪める。
「“英雄様”が鉱山で振る舞った品もあるだろう? 本当に全部“奇跡”で、副作用ゼロだった保証はあるのか?」
「バートン隊長!」
「事実を確認しているだけだ。街で被害が出てるなら原因を洗うのが筋だろうが」
(ロデリック商会……汚ねぇことを)
俺の評判なんてどうでもいい。だが、俺の名前を利用して毒を撒き、人を苦しめている。
それが、許せなかった。
「カイさん。病人が一番多い場所は?」
「“灰色の路地”の奥。医者にも行けねぇ連中が、安い“星喰いポーション”に飛びついてるってよ」
(やっぱり俺の名を使いやがったか)
「行きます」
即答だった。
「おい待て」
バートンが腕を掴む。
「任務の最中だぞ。捜査は倉庫街だ。“噂話”で勝手に進路を変えるな」
「人が倒れてるかもしれないんですよね」
振り返り、真っ直ぐ言う。
「それを見て見ぬふりしたら、“英雄様”だの“騎士団”だの笑い話です」
「それが罠かもしれんと——」
「単独じゃ行きません」
バートンの手を外す。
「あなたたち“護衛”が一緒なら、規約違反にもなりません」
「なっ……!」
言葉に詰まったバートンの肩を、エルザさんが叩いた。
「彼の提案に同意する。住民の健康被害は緊急案件だ。責任は私が取る」
「……好きにしろ」
バートンは苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てた。
「だが、ただの風邪だったら文句言うからな、“英雄様”」
「そのときは好きなだけどうぞ」
それどころじゃないはずだ、と喉まで出かかった言葉を飲み込み、俺は西地区の方角へ足を向ける。
◇
石畳が欠け、土がむき出しになり、建物の壁が煤けてくる。
空気は淀み、生活音は小さく、咳だけがやけに耳についた。
「ここが“灰色の路地”か……」
カイが呟く。
路地のあちこちで、人々が壁にもたれて苦しそうに咳き込んでいる。目の下の隈、荒れた肌、どす黒い唇。
『簡易走査:軽中毒・微量呪詛汚染 多数』
『原因候補:摂取物/吸入物』
(間に合う……まだ間に合う量だ)
そのとき、視界の端で小さな影がぐらりと揺れ、そのまま石畳に崩れ落ちた。
「おい!」
反射的に駆け寄る。
痩せた少女だ。十にも満たないだろう。
荒い呼吸。額の冷たい汗。唇は白く、指先は震えている。
「しっかり!」
肩を支えると、うっすら目を開け、焦点の合わない瞳が俺を捉えた。
「……ポーション……」
か細い声。
「“英雄様”の……ポーション、飲んだだけなのに……どうして……」
小さな手が震えながら持ち上がる。
握られていた粗末なガラス瓶の中には、濁った青色の液体。
ラベルには、歪んだ字でこう書かれていた。
『星喰いポーション』
「……」
喉の奥で、何かが切れる音がした。
『分析開始:偽ポーション』
『結果:低品質回復薬+微量興奮剤+呪詛性銀晶粉末』
『評価:長期摂取で健康被害/“星喰い”ラベルは意図的偽装』
(人を毒で遊んで、その看板に俺の名前を使ってんのか)
「隊長」
エルザさんの声は冷え切っていた。
「これは——」
「ああ、分かってる」
バートンもさすがに顔色を変える。
「アレン、お前はその子を診ろ」
「はい」
少女の額に手を当て、【アイテムボックス】に指示を飛ばす。
「さっきの瓶と中身、成分ごと【収納】」
『命令受諾』
『偽薬データ取得/解毒レシピ検索』
『簡易解毒剤:錬成可能』
内部で材料が跳ねる感覚。
「カイさん、水袋借りていいですか」
「ほいよ」
水をボックスに触れさせ、ごく少量の薬草粉末と合わせて【自動錬成】させる。淡い緑の液体が生まれた。
「これを少しだけ」
少女の口元に触れさせると、最初は反射で拒むように顔を背けたが、やがて喉がごくりと動いた。
数秒。
荒かった呼吸が、わずかに整っていく。
「……楽に……なった……」
か細い声。手にしていた偽ポーションの瓶が、からんと転がった。
「よし。あとでちゃんとした解毒薬を持ってくるから」
俺は少女を壁にもたせかけ、他の住民にも声をかける。
「すみません、“星喰いポーション”って瓶、持ってる人は全員見せてもらえますか」
「お、お前が……アレン・クロフトか……?」
疲れ切った中年男が、疑るように俺を見る。
「本物か偽物か、俺が確かめます」
それで十分だったらしい。
人々は次々と、歪んだラベルの瓶を持ってきた。
どれもこれも、濁った色の粗悪品だ。
「隊長」
カイが低く言う。
「これはもう、“噂”じゃねぇ。ロデリック商会の連中が“星喰いポーション”と称してクズをばらまいてやがる」
「……くそったれが」
バートンが忌々しげに舌打ちする。
さっきまでの俺への嫌味は消えていた。
「ここで暴れるわけにはいかんが、証拠は揃えさせてもらう」
「任せてください」
俺は偽ポーションの瓶を次々と【収納】した。
『偽薬サンプル数:増加中』
『因果タグ:ロデリック商会配下露店/特定倉庫番号と一致』
「この偽物を俺のせいにしてる連中には、本物を見せてやればいい」
静かに言うと、周りの住民たちがざわっとする。
「本物……?」
「そ、そんな高いもん、俺たちに……」
「金は要りません」
きっぱりと言う。
「偽物で体を壊された分くらい、取り返させてください」
【アイテムボックス】から、簡易回復と毒抜き効果を持つ軽いポーションをいくつか取り出す。高級品じゃない、でも確実に効くやつだ。
「順番に。飲みすぎないでくださいね」
不信と期待の入り混じった視線の中で、一人が恐る恐る飲み、次の瞬間、驚いた顔で肩を回した。
「……身体が軽ぇ……!」
「本物だ……!」
その声が広がり、安堵と涙が混じった喧噪が路地を満たす。
「アレン・クロフト、だよな……?」
「あんたが、助けてくれたのか……?」
「勝手に名前使われて迷惑してる側です」
苦く笑う。
「だから取り返してるだけですよ」
◇
灰色の路地を一通り回り、重症者には簡易解毒を施し、残りには後でギルド経由で本格的な薬を届ける手筈をカイと確認した頃。
バートンが俺の隣に立った。
「……さっきは悪かった」
「え?」
「お前のポーションを疑ったことだ」
視線は合わせない。だが、その声は騎士としての正直さを含んでいた。
「この偽物は毒だ。だが今、ここで助かった連中は、お前の本物のおかげだ。そこは認める」
「ありがとうございます」
『外部評価:更新』
『タグ:バートン/侮蔑 → 警戒+部分的信頼』
(ほんと仕事早いな、お前)
「で、旦那」
カイが空気を変えるように言った。
「偽ポーションの出所は?」
「ロデリック商会の倉庫街です」
即答する。
「さっき拾ってきた“砂粒”と、今【収納】した偽ポーションの痕跡、全部同じ線の上にあります」
『解析:偽薬瓶運搬経路=ロデリック商会倉庫№17・19付近と高一致』
「……なら、次はそっちだな」
エルザさんが頷く。
「人命救助は優先した。バートン隊長、正式な査察を」
「言われるまでもない」
バートンの目に、今度は獲物を睨む騎士の光が宿っていた。
「ロデリック商会の倉庫、全部洗う」
◇
倉庫街に戻る道すがらも、俺は要所ごとに黒鉄砂や結晶片を拾っては【収納】していった。
「それも“呪い”か?」
騎士の一人が、もう半分諦めたような声で訊いてくる。
「はい」
「マジかよ……」
笑いが漏れるが、もう最初のような嘲りはない。
やがて、目当ての倉庫の前に辿り着いた。
ロデリック商会名義。表向きは「空き倉庫」。扉には封蝋。
『扉隙間より微弱呪詛波検出』
『内部:黒鉄砂・夢見の銀晶密集反応/危険度 中〜高』
「ここです」
「また“臭い”か?」
「はい。でも今回は、帳簿も味方です」
カイが書類束を差し出す。
「この倉庫だけ出入り記録が飛んでる。空き倉庫のくせにな」
バートンが目を通し、舌打ちする。
「……騎士団権限で臨時査察を行う。封蝋記録しろ」
部下が迅速に動き、封蝋を写し取り、鍵を開ける。
扉が軋みを上げて開いた瞬間、むっとする甘い気配と鉄錆びの匂いが溢れ出した。
『呪詛濃度:急上昇』
『警告:無防備吸入は危険』
「下がれ!」
エルザさんの号令で、騎士たちが一歩退く。
「【アイテムボックス】、漏れ出した分だけ薄く喰って」
『命令受諾』
『外気中呪詛:選択吸収/安全値まで低減』
見えない黒煙が胸元に吸い込まれ、甘い嫌悪感が舌先に触れた瞬間に浄化されていく。
「……今のは?」
「埃っぽいのを少し吸っただけですよ」
ややこしい説明は不要だ。
視界の先、倉庫の中には——
黒鉄砂を詰めた樽。
夢見の銀晶の粉袋。
歪んだ符号入りの木箱。
簡易呪詛核。
そして、『星喰いポーション』と雑に書かれた瓶の箱。
「……」
エルザさんが無言で剣の柄に手を置く。
「ロデリック商会、真っ黒だな」
カイが低く笑う。
「第七坑道と同じ材料だ」
バートンの声から、とうに侮蔑は消えていた。
「本店と王都も巻き込んでの大事だぞ、これは」
「ええ。だからこそ——」
俺は倉庫の奥へ一歩踏み出そうとして、足を止める。
ひやりとした視線。
樽の影から、ひょいと一人の男が姿を見せた。
ロデリック商会の外套。その内側に覗く、歪んだ星と器の紋。
「こんな短期間で、ここまで辿られるとは」
細い目が俺を射抜く。
「ご挨拶が遅れました、“器”殿。星喰教団・観測局所属、“観測者”と申します」
胸の奥で【アイテムボックス】が震えた。
『警告:高位呪詛術者/言語トリガー検出』
『提案:即時警戒態勢』
「観測者?」
バートンが剣に手をかける。
「ロデリック商会の倉庫で何をしている」
「観測ですよ」
男は肩をすくめた。
「“器”を鎖で繋ごうとする者たちと、その鎖を自分の盾に変えようとする“器”本人を、ね」
「勝手な観察対象にすんな」
睨み返す。
「お前ら、偽物で人を殺しかけて、その罪を俺に着せて遊んでたんだな」
「事実を少し調整しただけです」
観測者は微笑む。
「ギルドも、王都も、公爵家も、皆あなたに首輪をかけたがっている。その中で、誰が一番まともに見えますか?」
(来たな。言葉で揺さぶるタイプ)
「まともな奴なんて、一人もいませんよ」
即答した。
観測者の笑みが、僅かに深くなる。
「では、あなたは誰を選ぶ?」
『内部警告:発言パターン=“星喰い起動句”類似/即答危険』
(黙れってことだな)
「質問の立て方が間違ってます」
ゆっくりと言い返す。
「俺は“誰の席に座るか”じゃなく、“どうひっくり返すか”で選びます」
観測者の目が、ほんの少しだけ細くなった。
「やはり、面白い」
その足元で、黒鉄砂と銀晶の粉がじわりと光り始める。
倉庫の床板、壁、梁。
歪んだ星の紋が、にじむように浮かび上がった。
『警告:広域呪詛術式 起動』
『推奨:全隊戦闘態勢/外部への波及阻止』
「拒むなら——」
観測者が囁く。
「この倉庫街ごと、“実験区画”に戻しましょう」
「全員、構えろ!」
バートンが怒鳴り、騎士たちが剣を抜く。
エルザさんが一歩踏み出し、俺の前に立った。
床の紋が黒く脈動し、空気がねっとりと変質していく。
さっきまでただの“価値なき砂粒”だったものが、今、街を呑み込む牙を剥こうとしていた。
(いいさ)
胸の奥で、静かに熱が上がる。
(ゴミも鎖も、まとめて“価値”に変えてやる)
俺は【アイテムボックス】に意識を沈めた。
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