魔王「娘さんを俺にくれ、お義父さん」神「お義父さんと呼ばれる筋合いは無い!」

黒川 遼

第1話 魔王天界に侵攻す

天界の白い回廊に、金属の悲鳴が響いた。


「ひっ……!」

「来る、来るぞ……!!」


 天使たちが布陣する大広間。

 そこは天界でもっとも堅牢な防衛線だったはずだ。


 だが今日──その誇りは粉々に砕かれていた。


 白い大理石の床に、深くえぐれた足跡が続いている。

 均等な間隔で、一歩ごとにまっすぐ前へと伸びている。


 敵の歩いた跡──それだけで空気が震えた。


「うそだろ……」

「全部、精鋭だぞ……?」

「五十人以上が……何があった……」


 広間のあちこちに天使が倒れていた。

 槍は折れ、盾は砕け、翼は力なく地面に落ちている。


 ほとんどが一撃で沈んでいた。


 そして──重い足音が響く。


 ド……

 ド……

 ド……


(……来る)


 天使たちは皆、同じ恐怖を共有していた。


「距離二十!!」

「魔力の濃度が……異常……!」


 天界の兵たちが、喉を鳴らして後ずさる。


(魔王……だ……!)


---


■ 第一陣:光槍隊


「光槍隊、構えッ!!」

「同時射撃、撃て!!」


 白い光の槍が十数本、魔王へ向けて一直線に飛ぶ。


 だが──


 魔王はただ、片手を上げただけだった。


 まるで虫を払うような気のない動作。


 ばちん。


 光槍が、音を立てて全て“消えた”。


「え……?」

「消えた!? 槍が……?」

「触れてすらいない……!」


 恐怖が広がる。


---


■ 第二陣:接近戦隊


「近づけるな! 突撃!!」


 二人の天使が翼を広げて高速で襲いかかる。


 しかし──


 魔王は外套を軽く払っただけだった。


 その瞬間、二人の天使は“弾かれる”ように吹き飛び、

 石壁に叩きつけられた。


「がっ……!」

「なに……っ、今の……!」


(動きが見えない……!)

(戦ってすら……いない……!)


---


■ 第三陣:封印陣


「封印陣展開!!」


 巨大な光陣が広がり、魔王を包み込む。


「閉じ──」


 ピキ。

 ピキピキピキ──。


 封印陣が割れた。


「嘘……!」

「最上位封印が……内部から……!?」


 魔王は静かに言った。


「……煩わしい」


 光陣が砕け散る。


(勝てない……!)

(戦いにすらなってない……!)


 天使たちが震える。


---


■ 道を開けろ


「退け」


 低く静かな声。


 その声だけで、天使たちの身体がびくりと震え、

 本能で道を開けてしまう。


「ひっ……!」

「う、動けない……!」


 魔王は武器を振らず、魔法も撃たず、

 ただ歩くだけで、天使全員を黙らせていく。


 その無慈悲な“静けさ”が、誰より恐ろしかった。


---


■ 本殿へ


 白い神殿の中心──玉座の前。


 最高神デウスと、緊張に染まった天使たちが武器を向ける。


「魔王ルシアン。貴様の目的は何だ。

 世界の破滅か。神殺しか」


 魔王は歩みを止め──


 ゆっくりと片膝をついた。


 天界全体が凍りつく。


「……神よ」


 顔を上げ、金色の瞳で告げる。


「娘さんを、俺にくれ」


 沈黙。


「……お義父さん」


 ぱきん、とデウスのこめかみの血管が音を立てた。


「お前に“お義父さん”と呼ばれる筋合いはない!!!」


 神殿が揺れるほどの怒声が響く。


 その背後で天使たちが震えながら呟いた。


「……天界を単独突破して……」

「目的、これ……?」

「戦争かと思ったら……これ……?」


 天界は、恐怖と困惑に包まれたまま静まり返った。

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