11 炎諏佐の王

 オシオは疲弊していた。


 炎諏佐の王となってから10年以上が経つ。先代の王はオシオの父にあたるが、戦争で命を落としたため、短命でこの世を去った。生まれて間もないオシオは神輿を担がれる形で王となった。周りにいる側近達は、これで炎諏佐の国を自由に操れると目論んだが、その目論見はすぐに外れることになった。


 オシオは先代の王から王たる資質に関する徹底した教育を受けていた。鞭で打たれ、拳で殴られ、体中痣だらけの毎日を過ごす。

 その結果、オシオは幼くして、強い決意と確固たる自我を持っていた。自身が王となった後、もう一度、過去の繁栄した炎諏佐の国を取り戻すために、粛清と褒美をうまく使い分け、国の全てのコントロールを我が物とした。

 

 炎諏佐えんずさの国では、食物が育たない。それは気温のせいでも、土壌のせいでもなかったが、只々育たないのだ。色々研究がなされたがその原因は不明のまま。そのような国で、民が根付くはずがなく、オシオにとって、食物を他の国から確保することが急務であった。

 

 オシオはすぐに略奪部隊を編成し、組織的に他の国から物資を調達する術を確立した。時には、他の国で作らせ、それをすべて炎諏佐の国に運ばせていた。もちろん、他の国もそれをただ見過ごすことはせず、対策を打って出たが、それの先を越す戦術眼がオシオにあった。

 そのようにして集めた食料を民に配給し、物資のコントロールに徹し、炎諏佐の国の延命を図った。

 

 その後、民の思考の統治にも着手をした。民には相互監視の義務を設け、炎諏佐に不利益となることをした者、炎諏佐に対する負の発言をした者を見つけた場合には、即座に密告をするように求めた。法律を設け、密告をされた者は即座に処刑され、密告をした者には褒美を与えた。


 オシオは、内政、外交、統治全てにおいて卓越した知識と知恵を有しており、他の国を圧倒していた。


 ただ、オシオはもう疲れ切っていた。 

 

 オシオは一度結婚をしたことがある。アリアという女性だ。アリアはオシオと同じ始原族で、王都で働いていた。オシオは初めて見た時からアリアの聡明な青い目に惹かれた。そして、何よりアリアはオシオのすることのすべてを肯定し、時には鼓舞し、時には歓喜してくれた。


 子も生まれ、その一瞬の間だけは初めて安らぎというものを感じていた。しかし、そんな日は長くは続かなかった。


 炎諏佐の国には、オシオを恨む者も少なくない。オシオは、そのことを全く気にはしていなかったが、その毒牙がオシオの家族に向かうことになった。


 ある日、オシオが2週間ぶりに自宅に帰ると、家族の気配が全くなかった。


 真っ暗の部屋

 無音の空間

 何かが腐ったような匂い


 オシオはすぐにその異変に気が付き、部屋の扉を1つずつ開けていった。しかし、何も異常が見つからない。


 最後の扉はベッドルーム。その扉を開けると、妻と子どもが血まみれになって倒れていた。


 腐敗も始まっており、見るからに生存の可能性は低かったが、オシオはすぐに2人の脈を確認する。当然のことながら、脈打つことはなかった。


 部屋を見渡す。この部屋の中だけ棚が倒れ、布団が切り裂かれ、争った形跡が残っていた。窓も開け放たれ、侵入の形跡があった。そして、壁の文字に気が付く。

 

 お前が未来を奪うなら、私達もお前から未来を奪う


 赤い字だった。妻と子どもの血で書かれたのだろう。

 

 オシオは生まれてから一度も涙を流したことがない。父から鞭で打たれた時も、父が亡くなった時も涙の流し方がわからなかった。


 ただ、この時だけは、オシオの涙腺が濡れるのを感じた。


 この悲惨な出来事があっても、オシオは、傍から見たら、何も変わっていないようにしか見えなかった。ただ一つ、この事件を起こしたと思われる人物はオシオ自らの手で全員殺した。少しでも疑いがある人物全てを。


 それ以降は今まで通り、食と民を支配し、炎諏佐の国の永続を目指していた。


 しかし、オシオは気が付いてた。胸の空白を。これを埋めないといけないことを。

 人知れず、国に関わること以外の時間を初めて取るようになる。まずは書物を読み漁り、一人研究を進めた。

 

 そして、一つの真理に気が付く。


――時を止めればいい。そうすれば、すべてが永遠となる。

 

 この世界、タカマノハラでは時間に対する研究が広くなされている。特に、天照の国が最先端で進んでおり、時間を止める術があると風の噂で聞いたことがあった。そして、それの鍵となるのが時織ときおりであることも。


 その日以来、オシオは時織を探している。


「オシオ王! 失礼いたします」

 炎諏佐の兵士が、オシオの許諾を受けて、部屋に入っていた。


「なんだ?」

 オシオは書類を見ながら尋ねた。一切兵士の方は見ない。


「時織が旧都ノクシアにいる可能性があるとの話がありました。どうやら、一人の男が時織はどこにいるのかと街中で聞きまわっているらしく......」


「ほう、そんな大胆なことをするやつがまだいるとはな」オシオはあごに蓄えた髭を触る。「ヴァースは今王都にいるな。ヴァースを向かわせろ」


「はっ!」

 炎諏佐の兵士が語尾強く返事をした。


「ちなみに、まだウラルフは見つからないのか? いつまで探しているんだ。必ず奴らは炎諏佐にいる。反乱の糸口を探しているような連中だ。尻尾の1つや2つぐらい、どこかに残しているはずだ。こちらも早急になんとかしろ」


「はっ!」

 炎諏佐の兵士はまた力強く返事だけをして、部屋を出ていった。


――時織がノクシアにか......。これまで天照の国にいるとばかり思っていたが、目と鼻の先じゃないか。まだ眉唾な話だが、先刻、光の柱が確認されている。もしかしすると、時間が動き出しているのかもしれない。


 オシオは部屋の窓から外を眺める。王都フレメルナが眼下に広がる。


 王都フレメルナは、地下の熱エネルギーを用いて、都市を動かしている。それでも、熱さを全く感じないのは、オシオがこの町全体に結界を張らせているからである。


――いよいよか。いよいよ、その時がきているのか。始まるぞ、アリア。

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