8 初めての遭遇
カイとリナは旧都ノクシアに歩いて向かっていた。リナが言うには、そう遠くはないということであったが、もう既に1時間ぐらいは歩き続けていた。
カイは短剣を渡されたこともあって、すぐに危険なモンスターと遭遇をするかと思っていたが、意外なことに襲ってくるようなモンスターとは会わず、一見危険に見えるモンスターも、カイたちと顔を会わすと皆逃げるようにその場を後にしていた。
「ここらへんに襲ってくるような生き物はいないのか? なんかさっきから、いかにも襲ってきそうな狼とか熊みたいな生き物がいたけど、みんな逃げていっていないか?」
カイはリナに尋ねた。
「そうですかね。私は外に出ることはあまりないんで、わからないんですよ」リナは人差し指をあごに添えながら答えた。「それよりも、カイさんはどこのご出身なんですか?」
カイはリナの質問にどう答えるべきか少し悩んだ。カイはリナに対してはアキとシホを探してウラルフに来たことは伝えていたが、それ以上のことは伝えていなかった。本当のことを伝えれば、タツみたいに怪訝な顔をされるかもしれない。表の世界の人にだって、私は裏の世界から来たって言ったら、次の日から誰も声をかけてはくれないだろう。
「......。そうだな、実は自分がどこから来たかあまり覚えていなんだ。光の柱に包まれたと思ったら、気が付いたら炎諏佐の砂浜にいて、一緒にいたはずのアキとシホがどこに行ったかもわからないんだ。だから、ずっと探しているんだけど、ご存知のとおり全く見つからない」
「そうだったんですね。何もわからないのはつらいですね。でも、これで納得しました。だから、モノリスのことだったり、町のこととか色々知らないんですね」リナは眉間に皺を寄せて、本心から同情の目で見ていた。
カイはリナの表情を見て、噓をついていたことが心苦しくなって、話題を変えた。
「リナはどこの出身なんだ?」
今度はリナの口が止まった。何かを少し思い詰めているように見えた。
「カイさんだから、正直に話をしますね。少し話が長くなりますけど、いいですか」
カイが小さくうなずと、リナは話をしだした。
「私、炎諏佐の出身じゃないんです。生まれは天照の国で、小さい頃に、両親とともにこの炎諏佐に来ました。黙っていましたが、実は今から行く旧都ノクシアが私が育った町なんです」
「そうなのか。今まで一度も行かなかったのか?」
「行きたかったのですが、影の子がいると近づけないので。私がいた頃の旧都ノクシアはウラルフの町よりだいぶ発展していて、その頃はまだ3国の間で交流があったので、町も賑わっていました。私の父は医者をしており、母も看護師をしていました。一緒の職場で働いて、私は学校帰りに一人で家にいることも多くありました。ただ、そこには幸せがありました。母は、帰りが遅くなる日は必ずパンケーキを用意をしてくれていました。私は冷蔵庫からそれを取り出して、レンジで温めて食べました。パンケーキには、はちみつを......」
「ちょっと待ってくれ。ごめん、話をさえぎって。ただ、どうしても気になってしまって。さっきから自然に冷蔵庫とか、レンジとかという言葉が出るんだが、この世界にそんなものがあるんのか。いや、どんな物かはもちろんわかってはいるんだが」
「ああ、今のウラルフにはないですからね。もちろん、私がまだ47歳の頃ですから、大体30年ぐらいも前の話ですからね」
リナの話を聞いて、カイの頭がさらに混乱をしていた。リナは冗談で言っているんじゃない。本気で言っている。30年前? 47歳の頃?
――30年前が47歳? どうゆう意味だ。
「リナ、今たしか、17歳なんだよな?」
「ええ、そうですよ。それがどうかしましたか?」
「それで、30年前が47歳って言ったよな」
「ええ、言いましたよ」
カイの頭に一つの推察が浮かぶ。その答えを得るために聞く質問は一つしかない。
「変なことを聞くかもしれないけど、リナは生まれたときは何歳だった?」
リナは、蝶が笑うかの如く静かに笑った。
「計算の問題か何かですか? むしろ常識クイズみたいなものですね。正解は60歳です」
――やはりそうか。前から少し違和感があった。リナは17歳とは思えない落ち着きと上品さを持っていた。高校の時に周りにいた女子と比べて、大人の女性に見えていたが、この世界では色々なことを経験しているが故かと思っていた。
カイは頭の中で計算をする。生まれた時が60歳で、今は17歳だとすると、リナはこの世に生まれてから43歳になるということ。ただ、リナの見た目は高校生そのものだった。そうすると、見た目もだんだん若返っているということを意味する。
「また、変なことを聞くことになると思うんだけど、生まれたときは、その年老いた、いや、年は取っていないのか......。どう聞けばいいのかわからないけど、生まれたときは、おばあちゃんの姿ってことか?」
「おばあちゃん......。ああ、
――そうか、この世界では年齢が逆に進んでいる。
――サカサマなんだ。でも、そうすると、次の疑問が......。
「......リナ、子どもはどうやって生まれてくるんだ?」
リナは、突然、立ち止まり、顔を真っ赤にしていた。
「......。なっ、何を言わせようとしているんですか! いくら私が適齢期だからって......。えっ、もしかして......。えっ、カイさん。こんな場所ではだめですよ......。危ないですし、私まだ心の準備が......」
カイも顔を真っ赤にして両手を振って否定した。「違う、違う。誤解をしないでくれ。すまん、そう意味じゃないんだ。それの反応だけで、その意味はわかったよ」
「何がわかったんですか! もう、知りません!」
リナは語気強くそう言うと、見たこともない速さで、一人で先に行ってしまった。
――リナに対してこの話はもうやめよう。
カイは空を見上げた。最初に見たときと同様、空には海が広がっていた。この空は見る度に、この裏の世界が自分達とは違う世界であることを思い知らされる。今、表の世界はどうなっているのだろうか。突然、あの町で3人の子どもが行方不明になっていることになる。いや、銃で撃たれたから、死体は残っているのだろうか。もし死体が並んでいたら、それこそ、大事件だ。
3人の突然の死に悲しむ人はそう多くはない。シホは分からないが、僕とアキについては自分でよくわかっている。テレビを通して知るどこかの殺人事件を見たときの感情と変わらない。
ああ、かわいそうだな。
結構近くだな。
犯人捕まったのか。ああ、捕まってるのか。
今日の予定は何があったかな。
そう、誰も悲しまない。そのことが悲しいわけではない。むしろ、カイにとってはそれだけで少し心が救われていた。だって、何かを背負っている人ほど身動きがとれないのだから。
――アキとシホはどこにいるのだろうか。
「おい!」
突然、カイの後ろから声が聞こえる。カイが振り返ると、赤い鎧を着た始原族の兵士が立っていた。その男は、剣を構えて、こちらに睨みをきかせている。30代後半ぐらいか。カイよりもはるかに体格がよく、その構えにも隙がなく、傷だけの顔には髭を蓄え、カイからみると、歴戦の猛者を思わせる風貌だった。
カイは、身がすくんでいた。体も震え、心臓の音が耳元で聞こえるほどに。初めて会う明確に敵意を持った存在だ。表の世界で、蔑んだ目で見られていたことはよくあった。ただ、ここまで明確な殺意を持った存在と対峙したことはない。
カイは、何か言わなければと思いながらも声が出ない。言葉が喉に詰まる。カイは一歩後ずさりをするだけで、何も言えなくなっていた。
「こんなところで何をしている!?」
その男はカイの方に一歩ずつすり寄る。手に持った剣を力強く握っている。2人の距離はあと一歩前に出れば、剣が届く距離まで来ていた。
カイは左腰に携えた短剣に右手を添えた。これで戦う? 何ができるわけでもない。
――いや、リナからもらったメモリス......。
カイはどこにしまったか思い出した。そう、リナが持っている。あまり使って欲しくないからとリナが鞄にしまっていた。くそっ。
「お前、反乱軍だな。それなら、ここで死んでもらうしかない。いや、そんなことはわかっているか。お前たちはいつも亡骸を並べるのが仕事だもんな」
男はそう言うと、剣を強く振りかざして、カイに迫った。
カイはとっさに右手に添えた短剣を取り出して、男の剣をカイの額の上あたりで受ける。
金属音が打ち付けるガチンという強い音が鳴り、カイの短剣と男の剣で鍔迫り合いの形になった。
「なっ! 力だけはあるようだな」男は少し驚いていた。カイが片手で、その男の剣を受けていたからだ。「ただ、技術がない!」
男は力を一瞬緩め、カイの短剣が浮わついた隙を見逃さなかった。男は、内側に剣を差し込み、外側に力強く押し出して、カイの短剣をすかさず払いのけた。
カイの短剣は空を舞うように、くるくると回転をしながら虚空を舞い、カイから3メートル離れたところに剣先が地面に突き刺さった。
カイが短剣を取りに行こうと、動こうとしたが、すぐにその男の剣がカイの方に向けられた。
「さあ、炎諏佐の兵士として問う。貴様はこんなところで何をしている?」
「お手上げだ」カイは両手をあげた。さっきよりも少し冷静になっている。なぜか力で負けていなかったからだ。
――あとはメモリスさえあれば......。
――今、できることは......。
「ただ、キノコを採りに来ただけだ。見逃してくれ」
「キノコ? ふざけるな! こんなところまでキノコを採りに来る奴がいるか。お前ら、ウラルフから来たのだろう。炎諏佐の兵士が、どこにウラルフがあるか必死になって探しているのは知っているはずだ!」
男は顔を真っ赤にして、剣先を震わせていた。
「わかった。わかった。本当のことを話すからちょっと待ってくれ。そんなに怒られると話したくても話せなくなるだろう」
カイは両手を振った。理由はわからないが、この男も必死なのだろう。
「それじゃあ、さっさと答えろ」
――もう少し。
「わかった。答えるさ。ただ、その前に1つだけ聞かせてくれ。お前たち、炎諏佐の兵士はなんでそんなに必死になって、俺たちのことを探すんだ?」
「そんなくだらない質問を。もう答える気はないということだな。それじゃあ、ここで死ね!」
男は剣を振り上げた。
「カイさん!」
リナの声が響き渡る。
――間に合った。
カイがリナの声がした方を見ると、リナはすでに投げた後で、メモリスがこちらに向かって飛んでくるのが見えた。
――あれさえ、あれば。
カイは、男がリナに気を取られた一瞬の隙で走り出した。メモリスの方に向かって。
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