7 メモリス
カイは、タツに連れられてウラルフに来てから、既に1週間が経過していた。カイは、タイガに用意をしてもらった宿で寝泊まりさせてもらっている。
宿といっても、ベットが一つ置かれただけの馬小屋を思わせる造りではあったが、雨漏りがしないだけで、カイにとっては十分だった。食事もお世辞にも豪華は言えなかったが、毎日食べるものがあるだけで、ありがたかった。後でわかったが、この食事もタイガの計らいだった。この町では毎日の食事も手に入らない人も少なくない。
ーーこんなところで、自分の世界での過酷の生活が活きるとはな。
タイガがいう条件は未だに何もわかっていない。この間、タイガから連絡はなく、この町で寝食をするだけの生活が続いている。ただ、この町に来て色々わかったことがある。
まず、この町には、カイたちと同じような普通の人間も多く生活をしているとのことだ。顔立ちは西洋のそれを思わせる、鼻筋が通り、色味がかかった瞳をしていたが、間違いなく、普通の人間だった。この普通の人間のことを、意味はよく分からなかった始原族ということのだ。
それに対して、タツをはじめとするトカゲのような顔立ちの種族を
また、このウラルフがある国は
そして、もう1つ分かったことがある。カイたちみたいに、別の世界から来た人間はこの町にはいないということだ。タツにその話を一度したことがあったが、怪訝そうな顔を浮かべた後、「そうゆうことあるよな!」と何も理解をしていないことが丸わかりの返答しか返ってこなかった。それ以来、別の世界の話を持ち出すのはやめることにした。
――アキとシホは大丈夫だろうか。
アキとシホの手がかりは未だ掴めていない。最初は町の人に聞いて回ったが、一様に見た人はいなかった。カイたちを裏の世界に連れ来たあの女性についても、カイは名前すら知らなかったので、調べようがなかった。この間、かなり手詰まりな状態が続いている。
ただ、カイはどこかでアキとシホが生きていることを信じるしかなかった。そうじゃないと、カイの心が本当に壊れてしまうような気がしていたからだ。
「起きましたか?」
扉の向こうから声が聞こえた。この宿に来てから、この声が聞こえるのが毎朝の恒例になっていたので、カイは誰が来たかわかっている。
「起きてるよ」
カイが返事をすると、扉がゆっくり開いた。
「おはようございます」とリナは頭を下げて言った。頭を起き上がらせると、リナの銀に近い灰色の髪がふわっと後ろに流れていった。
「おはよう」とカイはベッドに腰掛けながら答えた。カイが立ち上がる頃には、リナはいつも通り手に持っていた花を、窓際に置いてある花瓶に昨日さした花と差し替えた。
その1つ1つの所作の美しさから光を放つように見えた。リナの肌は透けるように白く、昨日の花の赤い色を映えさせる。
リナはこの宿で働いており、毎朝こうやって花を変えにくる。何もこんな朝一で変えなくてもと最初こそ思ったが、この毎朝の光景がカイの心を落ち着かせて、何も言わなかった。
「昨日はよく眠れましたか?」
「ああ、寝られたよ。それよりも、そろそろ敬語は止めません? 前も言ったけど、リナも同じ17歳じゃないか」
リナは、はっとした顔を一瞬した後、「もう少し慣れたらそうします」と言い、話題を変えてくる。「それよりも、妹さんとお友達について、何か手掛かりは見つかりましたか?」
「何も見つかってないよ。色々な人に聞いて回ったけど、手掛かりなし。そもそも、この町に新しい人がいたら、すぐにわかるからね。この町に来ていないのは間違いないし、他の場所にいたとしても、誰もわからないだろう。なんか最近はどうしたらいいかわからなくなってきたよ」
「そうですか……」リナは手を顎に載せて、何かを考えている様子だった。「それじゃあ、町の外になりますけど、心あたりのある場所が1つあります」
「どこだ、それは?」カイは少し前のめりになった。
「この町の近くに闇を宿す旧都ノクシアという場所があり、そこには始原族のおばあさんがいると言われています。影の子とか危ない生物とかがでるので危険な場所ですが」
「そのおばあさんが何か関係あるのか?」
「そのおばあさんは時織ですの」
カイが「
「時織は、過去と未来の記憶を糸にして織物を作っています。だから、その布には、この世界の出来事が刻まれていると言われています。私も見たことはないのですが、もしそれが本当なら、私も……」
「それなら早速行こう」カイはベッドから立ち上がった。
「ちょっと待ってください。あくまで噂です。そんなおばあさんが本当にいるかもわかりませんし、そこに行っても手掛かりがないかもしれません」
「何を言っているんだ、リナ。俺は、この世界に来てから、ずっと手掛かり1つないことが続いているんだ。今更、空振りだったとしても、何も思わないよ」
「……わかりました。ただ、準備だけはさせてください。手荷物1つなしで行ける場所じゃありませんので」
「ん? 一緒に来るのか?」
「もちろんです。まずはお買い物です」
窓から差し込み光以上に、リナの笑顔がまぶしかった。
カイはリナと町に出ると、リナは順序よく町を回って行った。カイはただついていくことだけしかできなかった。
武器屋、雑貨屋とおよそ現実の世界にはない品物が並ぶ店ばかりだったが、その中に置いてある物は、ゲーム内でよく見るようなものが並んでいた。
リナがすべての支払いをしており、カイは「ここは俺が払うよ」とかっこつけたいところだったが、あいにくカイは一銭も持ち合わせていなかった。
すべての店を周り終わった後、カイは、リナから「護身用です」と短剣1つを手渡された。
「さすがに、これは使ったことないな」
カイはまじまじと受け取った剣を見ていた。
「それなら、大丈夫です。こっちは買ったものではないですが、私がこれを持っていますので」
そう言うと、リナはカイに手のひらサイズの丸い石を手渡した。
「なるほど。剣が使えない場合には、この石を投げて戦えばいいんだな?」とカイは石を上に軽く投げながら言った。
「違います」リナは少し焦っていた。「落としたらどうするんですか。それ、本当に貴重なんですよ。そこらへんで売っているものではなくて、メモリスという物です」
「メモリス?」
「メモリスはそれを強く握ると、メモリスに宿った過去の記憶を自分のものとして使うことができます。効果は一時的な物ですが、そのメモリスには、短剣使いの記憶が宿っていますので、それがあれば、短剣を扱うことができます。ただ、使うと、色々影響もありますので、使わないで済むならその方がいいですが」
「影響って?」
「言葉では説明をしにくいですが、その者の記憶が頭に流れてくるんです。だから、なるべく使わないようにして下さいね」
カイはリナのその話を聞いて、メモリスをよく観察した。たしかに、丸い石のような形の真ん中に、短剣のマークが施されていた。
――誰の記憶なのだろうか。
――そもそも、これはどうやって作るのだろうか。
「そんなことができるのか。リナも何かメモリスを持っているのか?」
「ええ、一応持っています」
「何を?」
「それは内緒です」リナは笑ってごまかした。
カイとリナは準備を終えて、旧都ノクシアに向かうことになった。カイはウラルフを出る時にふと思った。
――タツぐらいにはノクシアに向かうことを言うべきだっただろうか。
カイは、まあ大丈夫だろうと思い直し、リナと一緒にウラルフを出た。
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