第22話 君よ知るや北の大地
女性の特権みたいなものを使ってみようとは思ったものの、今は使いようがない。メグやチョコと較べたら幼稚園児みたいなもので修練が必要かもしれぬ。いきなり走ってコケてはまずい。実を言うと好んでやりたいことでもないから先延ばしだ。というわけで当初の予定通り、Eブロックの歴史館とテーマ館に行くことにした。
日本政府出展の歴史館は博物館みたいな雰囲気でだだっ広く、日本初の国産蒸気機関車(国鉄860形蒸気機関車)が展示されていた。博物館は大好きだ。蒸気機関車はもちろん大好きだ。田舎之女子高で蒸気機関車が好きという子は見たことがないけど、実はひっそりといるのかもしれない。可愛い蒸気機関車やゴツい発電機を見ていて、カメラを持ってこなかったことに気づいた。ぬかった。父に借りればよかった。しょうがない、自分の目に焼き付けておこう。
歴史館には機関車の他にもう一つ見たいものがあった。永代たたらである。初めて見るたたらは、鉄を作り出す道具というよりは重厚な遺跡のように感じられた。ヒトはヒトの手でこういうたたらを作って、汗をかきながらこのたたらを踏んで、鉄を作ったのだ。鉄の臭いは大昔も今も変わらないだろう。動かないたたらを見ていると、幻の足がたたらを踏んでいるのが見えるような気がした。
次はテーマ館だ。どでーんと高い鏡張りのシンボルタワーがテーマ館の目印である。テーマ館には映像展示があったけど並ぶ気になれず、展示を見学することにした。
まずは楽譜を見てエレクトーン演奏をするロボットWASUBOT。顔に当たる部分に取り付けられたカメラで楽譜「見る」。見た情報を解析したデータを指に送って弾いてるとしたら、プレーヤーピアノとは違うものだ。WASUBOTのデザインは配線や機構を隠さない無骨なもので、芙蓉ロボットシアターの可愛いロボットより私の気に入った。日立グループ館の氷彫刻ロボットと違い、人間と同じような5本指が人間と同じように鍵盤を押してゆく。足のほうはきちんとペダルを踏む。丁寧に弾くけど、難しい曲は弾けないらしいのがなんとなく可愛い。
テーマ館の温室にはトマトとキュウリとメロンとサトウキビがあった。サトウキビはバカでかいだけである。メロンは一株から90個もなっていて、キュウリは3000本、トマトときたら10000個が一株になっている。アホじゃないかと思う豊穣さだ。すごいとは思うんだけど、一株からこんなに実らせる必要ってあるの? ……私は自分の身体が女性のものであることを思い出し、居心地が悪くなった。一人の女性に過剰なほどの出産能力を与えることが、もしかしたら将来的にはできるのではと考えてしまった。うん、もうここは出よう。
テーマ館を出て、こども広場を眺める。これも政府出展だ。見たところ斬新で面白い公園といった趣。鏡があったりドアだらけの場所があったり、タイルで日本地図が描いてあったり。いま私が小学校低学年か幼稚園児だったら夢中になって時間を忘れて遊ぶだろうな。
のんびり見学していたらそろそろ夕飯の時刻だ。時間を忘れてるの私じゃん。夕飯はスリランカでゴダンバロティを食べた。これおいしいんだ、自分でクレープ焼いてカレーを包んだら……スパイスが全然違うからきっと似て非なるものができるであろう。やめとこう。
お腹がくちくなったところでFブロックに移動する。実は入りたいパビリオンがあって気になっていたのだ。でもなんか入りたいと言いにくくてね。そのパビリオンは〈詩人の家〉の隣にある。Fブロックってマイナー路線なのかしら。
そのパビリオンの建物自体は普通なデザインだったが、中に入ったら、それらしすぎて笑ってしまった。宇宙をイメージしたのか黒地にド派手な赤や緑や黄色のステンドグラスを背にして、アホのように激しく存在を主張するレーニン像。そう、ここはソビエト連邦館である。ソ連の横にはアフリカ館があってそっちも派手なんだけど、デザインセンスや色彩感覚がだいぶ違う。ソ連のデザインは、昔のモダンな雑誌のグラビアのような雰囲気があって嫌いじゃない。レーニンは要らん気がするがレーニンがあるからこの味が出るのかも。なんとなく古めかしさを感じるけどレトロとは違うなあ、これ現代のデザインだもんね。中国もこういう感じのデザインあるよね。こういうデザインなんていうのかなあ。
子どものころ叔父さんに「ソ連の店白樺」のお土産をときどきもらった。白い紙袋に赤いマトリョーシカの絵が描いてあって、異国の香りがした。中身はウエハースチョコだったりキャンディだったりした。それを思い出すからなんとなくソ連ぽいデザイン好きなんだ。ガチガチ保守のメグにもガチガチ革新の叔父さんにも怒られそうだから、人には言わない。今のソ連に住みたいかというと全然全くかけらも住みたくない。共産党もどうでもいいよ。市議会に一人くらいいるのがちょうどいいって父はいうけど、ふうんと思うだけ。
レーニン像があっただけではなく、もちろん科学万博らしくサリュート6号が置かれていた。宇宙ステーションだ。三菱未来館の空想宇宙ステーションより宇宙ステーションらしくてわくわくする。本物ではなく縮尺模型だから正しいスケール感はわからないけど、この中に百日以上も住むって閉塞感がすごいだろうな。
医療機器などの科学的な展示を一通り見て、今度はソビエト連邦物産コーナー。缶詰とホーロー鍋と穀物の入った袋とマトリョーシカが並び、ショーケースにはイースターエッグ、白樺細工のベレスタやアクセサリー。繊細な細工のバレッタが可愛い。お金があったらオードリーにプレゼントしたいけど、お金ないし。お金があってもやめておくほうがいい。たぶんきっとそのほうがいい。ショーケースから目を離し壁を見るとバラライカが飾ってあった。音楽は流れてないけどBGMは「長い道を」でお願いします。ダローガイ・ドリーンナィユ。
ソ連だけじゃなくて外国館にはたいてい物産コーナーがあって、こういうの意外と面白いんだよ。ジュースの試飲なんかもあるし。ここでも小さなテーブルにとても小さな紙コップを並べて、ソ連人らしい女性スタッフが配っている。「くださーい」とお願いしたらもらえた。ほんの少しの量だから一息で飲む。
レモンの香り。それ以上に強い酒の匂い。スタッフが持っている瓶、レモンの絵が描いてあるけど、これはジュースじゃない……
ウォッカだ。
★★★
タイトルはゲーテ「君よ知るや南の国(ミニョンの歌)」のオマージュ。
イデオロギーと無関係に共産主義的なデザインを面白がるささほの趣味は、今なら共産趣味と呼ばれるものに近いです。もちろんこのころ共産趣味という言葉はありません。
「ソ連の店白樺」はかつて東京に実在した店だと思うのですが、詳しくは知りません。なにしろ土産もらっただけなので。
ささほが飲んだウォッカはリモンナヤです。試飲があって高校生が飲めたのは私の実体験です。ソビエトの人が日本人の年齢を見た目で判断するのは難しいのだろうと当時思いました。酒を飲むのは20歳からでしたが、飲み屋でのチェックは甘く、18歳を過ぎたら普通に酒を飲んでいました。酒屋では小学生にも酒を売りました。
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