乙女ゲームの世界で生きると決めた

赤戸まと

第1話 プリンセスロード

 

 デビュタント前の令嬢たちが、王宮に集合している。


 皆、着飾って華やかに談笑しているけれど、どこか緊張をにじませた様子で、そわそわと落ち着きがない。これから行われるイベントに意気込んでいたり、萎縮していたり。


 この王国には、『プリンセスロード』と呼ばれる存在がある。

 厳しい基準を満たした者の中から選定される、淑女、令嬢たちの頂点。王国の象徴として称えられる栄誉だ。

 プリンセスロードは王国中の女性の憧れであり、そのまま王子妃に選ばれることも珍しくはないという。

 現在のプリンセスロードも選出された当時、その時の王太子と婚姻を結んだ。今は王妃でもある。


 そして――本日これから行われるのが、そのプリンセスロードを選出するための選考会なのだ。


 令嬢たちはいくつかのグループに分けられて、指定された部屋へと案内されていく。

 そんな様子を、私、リズリー・アマンダルムはじっと眺めていた。公爵令嬢として厳しく育てられただけあって、緊張はしていない。そう思い込もうとして、何度目かの深呼吸をした。

 幼い頃から聞かされていた憧れの存在になれるかどうかの機会。それが、とうとうやって来たんだ。多少落ち着きがなくなるのは仕方ないよね、と自分に言い聞かせた。


 お父様もお母様も、気負わずに楽しんできなさい、と送り出してくれたわ。我がアマンダルム公爵家は、かつて歴代で二人もプリンセスロードを輩出した名門なのだ。その栄誉も地位も十分にある今、無理に選ばれようとしなくても構わないんだとおっしゃってくれた。だけど、やっぱり期待はしてくれていると思う。それに応えたい。

 王子との婚約とかよりも、両親を喜ばせたいという気持ちで、私はこの選考会に臨んだんだ。


 そうして私も、知らない令嬢たちと一緒に王宮の一室へと導かれた。


 デビュタント前ということもあって、顔見知りの令嬢なんてほとんどいない。とたんに不安な気持ちがよぎってくる。

 物静かな王宮の室内に並べられた机とテスト用紙。一日目は筆記試験だった。


 家庭教師の先生は私のことを優秀だなんて褒めてくれてたので、少しは自信があった。だけど、やっぱりお世辞だったのね。半分くらいしか解けなかったわ。

 語学、歴史、算術、政治、経済、魔法学など科目も多岐にわたり、それだけでくたくたになった。解けなかった問題は帰ったら復習しなきゃね。でも算術だけは結構できたのよ。


 浮足立っていたほかの令嬢の皆さんも、帰る頃には真っ青になって、足取り重く馬車へと消えていった。


 二日目はマナー試験。

 昨日とは別のグループ分けで臨む。貴族名鑑で見た重鎮の方々がずらりと並んだ厳かな室内は、すでに息苦しい空気が充満していた。

 試験は実践形式で、王族、上位下位に対して、他国の賓客などあらゆる相手を想定して査定された。一通り覚えていたつもりだったけど、想定外のシチュエーションや意地悪な質問をガンガン突っ込んでくる。

 終わった頃には精神がへとへとになって泣き出しそうだった。実際に泣いている子も結構いた。


 三日目の午前は魔力検査から始まったわ。民を守るための魔力も強くないといけないんだって。実践的な魔術はこれから覚えておけばいいということで、それよりまず基礎的な魔力量を備えているかを試された。私は割と多い方だと聞かされていたけど、どうなんだろう。


 魔力検査はすぐに終わった。結果も聞かされないまま別室に移動して、次は面談が行われる。

 自己紹介から始まって、どのように王国に貢献したいか、将来の目標、現在取り組んでいることなど。昨日の重鎮の方々に囲まれて、居丈高に問い詰めてきたわ。でもね。私は公爵であるお父様に連れられて、それなりに偉い方とも面会した経験は割とあるのよ。少なくとも怯むことはなかったわ。

 と思っていたけれど、孤児院でボランティアがしたいと答えた時には、馬鹿にしたような笑みを浮かべられて、貴族のお嬢さんに務まるのか、などとなじられてちょっと泣きそうになった。


 時間にすると五分か十分程度だったけれど、永遠に続くかのような息苦しさだった。

 ようやく終わって戻ってきた控室は明かりも弱々しく、令嬢たちのすすり泣く声だけが聞こえていた。令嬢たちは皆、涙をこらえたり、緊張が解けてぐったりしていたり。初日の賑やかさはすっかり消え去っていた。


 そこへ王宮の女官が現れて、私たちを連れて王宮のガーデンへと案内した。


 柔らかな陽射しが降り注ぐ、アフタヌーンティーにちょうどいい時間帯。

 そこでは色とりどりの薔薇が咲き誇り、青空の下、たくさんの丸テーブルとスイーツが並んでいた。


「わああ~!」

 令嬢たちの歓声が上がる。選考を終えた私達に、慰労会と称したお茶会が催されたのだ。さっそく、令嬢たちはそれぞれ席につき、お茶とおしゃべりを堪能し始めた。私も指定された席につき、紅茶をいただこう。


 各テーブルの間には、背筋がピンと伸びた厳しそうなご婦人方が、令嬢たちの様子を観察しているわ。そして時折、手元の用紙に何かを記入している。

 これって……まだ試験が続いているんじゃないかしら。意地悪ね。だったらもう一度、気を引き締めて社交の意欲を見せなければいけないわね。


 私のいる丸テーブルには、六人の令嬢が座っている。皆様、私と同じ十歳くらい。


 左隣には、ずっと本を読んでいる黒髪の方。

 右隣には、ひたすらスイーツを食べているオレンジ色の髪の方。

 お二方とも、どこかで見たような気がするなあ――なんて考えていたら、ピシリ、と軽く頭に痛みが走った。


 なんだったんだろう。

 気を取り直して、まず左隣の令嬢に話しかけてみたわ。そうしたら。


「わたくし、本を読んでますの。話しかけないでいただける?」

 とピシャリ。


 厳しそうな方ね。読書の邪魔をしてしまったことを詫びようと目を向けると、彼女が手にしていたのは私も読んだことがある本だった。ためになる教訓が盛り沢山なのだけれど、小難しい言い回しを好む方の著書で、同じ年頃の令嬢が読んでいるとは思わなかったんだ。


「まあ! テセーナ夫人の手記ですわね」

 と、つい再び干渉してしまい、しまったと思った。黒髪の令嬢は、本から目を上げて、じい、と私を見つめてきた。というか凝視している。

 何度も邪魔をして気に障ったのかも?


「ご、ごめんなさい」

 と、読書を邪魔しないよう、今度は右隣の令嬢に話しかけることにした。


「おいしいい。お城のすいーつすごい!」

 オレンジの髪の令嬢は一心不乱にケーキスタンドに手を伸ばしていた。幸せそうでいいんだけど、後ろの御婦人がチェックを入れてますよ?


「お口にクリームがついてますわ」

 彼女の口の食べかすをハンカチで取ってあげたら、食べる手を止め、はっと気づいたように顔を赤らめた。マナーを忘れていたことを思い出したようだ。

 あわあわと焦りだして、どうすればいいかときょろきょろしだしたので、つい口出ししてしまった。


「こちらは、下段からお召しになるとよろしいですわ」

 令嬢はこくこくと頷いて、改めて下段のセイボリーに手を伸ばす。確認するように私を見てきたので、にっこりと微笑み返してあげた。

 すると、彼女もキラキラした目で私を見てきた。それがとても愛らしい瞳で、くすりと笑みを返した。


 そんなふうにゆるやかな午後を過ごしていると、突然会場の空気が引き締まった気がした。


 令嬢たちは自然とおしゃべりと食べる手を止め、背筋が伸びた。

 圧倒的な存在感が、その場を支配していくのを感じる。


 ――現れたのだ。


 淑女、令嬢たちの頂点。現プリンセスロードである、キャサリン・ケラ・ヒューグリフェン王妃が。


 清浄な空気を纏った妃殿下は、ゆっくりと会場の中央へ歩を進め、慈愛に満ちた笑みで私達を見渡した。美しい金髪は陽の光を受け止め、それ自体が輝きを放っているかのよう。まさか今日姿をお見せいただけるとは思わなかった。


「皆さん、楽しんでいただけているかしら。本日はこんな愛らしい皆さんにお会いできて嬉しいわ。この中から、私の次のプリンセスロードが誕生するかもしれないのね。その日を楽しみにしているわ」


 まるで無垢な少女のようでもあり、威厳のある支配者のようでもある、茫漠たる声で放たれた一言。それだけで会場の令嬢たちを一瞬で虜にした。

 会場の誰もが『私もああなりたい』という思いを強くする。感極まって涙を流す子もちらほら。

 私も例外ではなく、王妃の存在感に惹き込まれていった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る