2−2. 集められた理由

 体育館の空気は、外よりも冷たかった。

 照明は点いているはずなのに、天井から落ちてくる光はどこか薄く、粒子のひとつずつが欠けているように見えた。

 床に座り込んだ生徒たちの影が、いつもの半分ほどの濃さしかない。


 僕は自分の影を見た。

 足をずらすと、その影は少し遅れて追いかけてきた。

 今日に限っては、それすらもう驚きではなくなっていることに、自分でぞっとする。


「名簿、準備できたぞ」

 滝本が、浜田先生にバインダーを手渡した。

 ページがめくられる音だけがやけに響く。

 体育館の天井は広いのに、音が逃げずに戻ってくる感覚があった。


「これから点呼を始める。落ち着いて返事をするように」

 浜田先生が名簿を開き、途中の番号から読み上げ始めた。


    ◇


「十六番、滝本」

「……はい」


「十七番、橘」

「はい」


「十八番、田所」

「いる……」


「十九番——田村」


 返事がなかった。


 ほんの数秒の沈黙。

 照明が一瞬だけ明滅し、その“間”に、

 誰も座っていないはずの場所へ、薄い影がひとつ落ちた。


(……見えた)

 胸がざわつく。


 美咲が袖をきゅっとつまんだ。

「……柊君。いま、影……あったよね」


 僕は小さく頷いた。

 影は、次の瞬間には床の模様に溶けて消えた。


「十九番、田村……返事なし」

 浜田先生が名簿を睨みつけたまま言う。

「補講組の名簿にもいない……。

 ——現在、不在だ」


 体育館の空気がすっと冷えた。


    ◇


「二十番、成瀬」

「はい」


 そこから先、

 二十一番の西尾、二十二番の僕・柊、二十三番の氷室——

 三十番の山中まで、返事は滞りなく続いた。


 つまり、

 不在は十九番・田村 拓海ただ一人。


    ◇


 浜田先生は名簿を閉じ、全体に向かって言った。

「返事は二十九名。

 生徒は三十名いる。田村を“見失った”のは体育館へ来る前だ」


 体育館の照明が、芯だけ薄くなるように明滅した。

 扉の向こうでは、霧が床を這っている。

 その動きのほうが、光よりも滑らかだった。


 誰かが息を呑む。

 僕も、その音を聞いた。


「田村を探さなければいけない。

 だが、生徒だけでは絶対に動くな」

 浜田先生の声は強張っていた。

「これから——“教師だけで”校舎内を確認する。

 生徒は複数で固まること。一人にならないように」


 一人にならないように。


 その言葉が体育館に落ちた瞬間、

 天井スピーカーが“ジ……”と湿った息をついた。


 全員が、一斉に天井を見上げた。


 まだ誰も知らない。

 この“人数のずれ”が、これからの夜のルールになることを。


 その予兆は、すでに始まっていた。

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