浪速陰陽師、花嫁にこける? ~ 恋とグルメと陰陽師!浪速カップルの珍道中 ④ 、茨城編! ~
月影 流詩亜
第1話 発端は「嫁入り舟」
うららかな初夏の昼下がり。
大阪某所、安アパートではあるが、几帳面に片付けられた一室。
その部屋の
発端は、こけるが「東北の霊気が乱れとる!」と、もっともらしい口実をつけて出かけた、宮城・山形への「出張」である。
結果、霊気の乱れなどという大層なものは影も形もなく、ただこけるの浪費癖だけが猛威を振るった。
「あ~……ワイの虎の子、ヘソクリ・Cが……
山形の米沢牛と高級さくらんぼに化けて消えてもた……」
万年床と化した布団の上で、こけるは畳に「の」の字を書きながら、この世の終わりのような声でうめいた。
つい先ほど、海里による厳正な「家計聴聞会」が閉会したばかりなのだ。
『ワイの才能への投資や!』
『ただのナンパ遠征やろ』
『現地の邪気払いもした!』
『あんたが
こけるは、一応、平安の昔から続く陰陽師の家系の
その力は確かで、時折舞い込む「本物」の依頼を解決しては相応の報酬を得るのだが、いかんせん金遣いが荒い。そして、なによりも
力の大半を「いかに楽して生きるか」「いかに美女にモテるか」に注ぎ込む、残念な男なのである。
「ヒマや~……海里~、なんかオモロいことないんか~」
「……うるさい」
キッチンから、包丁がまな板を叩く、小気味よい音だけが返ってくる。
今夜の晩ごはんは、こけるへの懲罰的な意味合いを込めて、冷蔵庫の残り野菜をすべて投入した「具だくさん味噌汁」と「塩サバ」に決定していた。
こけるが「肉がええ~」と泣き言を言おうものなら、その塩サバで往復ビンタを食らわせる準備は万端である。
「アンタがだらしなく転がるせいで、ホコリが舞うねん。 こっちは晩ごはんの準備で忙しい。 邪魔やから、そこ掃除しとき」
「ひどいわ~! ワイは世紀の陰陽師やで? 雑巾がけなんかさせたら、その繊細な霊力が……」
「へえ~、その繊細な霊力(笑)とやらで、米沢牛の脂は消化できたんやな」
「うぐっ……」
海里の正論という名の皮肉に、こけるはぐうの音も出ない。
彼はしぶしぶと畳の上を転がり、惰性でつけっぱなしにしていたテレビに視線をやった。
ちょうど、午後のワイドショーの、旅特集コーナーが始まったところだった。
『さあ、本日は茨城県の紹介です! いやあ、一部では魅力度ランキング最下位などと不名誉なことを言われますが、とんでもない! ご覧ください、この風情あふれる水郷の景色!』
画面が、大阪のコンクリートジャングルとは別世界の、穏やかな水路の風景に切り替わる。
柳の木が風にそよぎ、小舟が水面を滑っていく。
『こちらは、水郷・
『そして、この祭りの目玉がこちら! 伝統の「
アナウンサーの弾んだ声と共に、ゆったりとした雅楽のBGMが流れ、主役が登場する。
美しい
『花嫁さんは、こうして舟に乗って、お婿さんの待つ対岸へと渡っていくんですねえ……いやあ、情緒がありますねえ! まるで絵巻物のようです!』
こけるの動きが、ピタリと止まった。
その目は、テレビ画面に釘付けになる。
彼のだらしない脳内で、普段は妖怪退治にしか使われない「閃き」の回路が、ありえない速度で接続を始めた。
(嫁入り……よめいり……『
(舟……ふね……?)
脳裏に、白無垢の花嫁の姿がリフレインする。
そして、地名……
(潮来……いたこ……? 『
こけるの頭の中で、世にもアホらしい方程式が、雷光のごとき速さで組み上げられた。
(せや! そういうことか!)
ガバッと、こけるは畳の上から飛び起きた。
その両目には、先ほどまでの怠惰な光とはまったく違う、ギラリとした野生の……いや、下卑た欲望の光が宿っていた。
(茨城の
(しかも、わざわざ『嫁入り』いうてくれとる!
つまり、向こうから「嫁にもらって」と、ワイみたいなイケメンを探しに来とるんや!)
なんという、お嫁さんパラダイス。
なんという、男の桃源郷。
山形で米沢牛に
真の楽園は、北関東にあったのだ !
「海里! 緊急事態や! 急用思い出した!」
「はぁ?」
キッチンから、お玉を持ったまま、海里がひょっこりと顔だけ出す。
そのいぶかしげな視線を、こけるは真剣のフリをした顔で受け止めた。
「茨城や! 茨城の『水の霊気』が、今、猛烈に乱れとる!」
「……はぁ?」
「なんか知らんけど、強力な邪気が、北関東の方角からワイを呼んどる! これは、ただごとやない!」
「どの口が言うてんねん」
海里は、心底アホを見る目でこけるをにらんだ。
「あんた、昨日テレビのグルメ番組見ながら『あー、冬は茨城の
「ちゃうわ! 邪気や! ほら、水郷とか言うてたやん! 水のあるところに、邪気は溜まりやすいんや!」
「とにかく急用や! 悪霊退散、邪気払いのボランティア! 陰陽師・道頓堀こける、これより緊急出動する!」
こけるは、海里の返事も聞かず、リビングの隅に置かれた民芸品の「だるま」に突進した。
それは、数週間前の宮城遠征の折、海里が「あんたの散財癖を戒めるためや」と、こけるに買わせたものだった。
(へへん。まさか海里も、この「戒め」のだるまの底に、ワイのなけなしの『ヘソクリ・E』を隠してるとは思うまい!)
これは、先の「ヘソクリ・C」とは別口の、緊急脱出用資金である。
こけるは、だるまの底にガムテープで貼り付けた封筒をひったくり、即座に
「ほな、行ってくるで! 日本の平和はワイが守る!」
「あっ、こら! わけわからんこと言うて! 晩ごはんどうすんねん!」
海里の呆れた声を背中で聞きながら、こけるは玄関を飛び出す。
目指すは新大阪駅。
その胸は、まだ見ぬ茨城の「お嫁さん」たちへの期待で、風船のように膨れ上がっていた。
バタン!
嵐のように騒々しい男が去り、アパートに静寂が戻る。
残されたのは、やり場のない塩サバと、虚しく音を流し続けるテレビだけだった。
「…………」
海里は、手に持ったお玉をコンロの脇に置くと、こけるが付けっぱなしにしていたテレビを、ジト目で見つめた。
旅番組は、ちょうど次のコーナーに移っていた。
『いやー、潮来で情緒あふれる嫁入り舟を見た後は、茨城が誇るブランド牛、「
ご覧ください、この見事なサシ! ジュ~ッという音がたまりませんねえ!』
画面には、鉄板の上で焼かれる極上の霜降り肉が、これでもかと映し出される。
海里は、ゴクリと喉を鳴らした。
「……常陸牛」
海里は、この世の終わりかのようなどす黒いため息を一つ吐いた。
そして、全てのパズルが組み合わさった。
「……アホや」
呟きは、確信に満ちていた。
「100パーセント、1000パーセント、『嫁入り舟』を『お嫁さんが舟で待ってる』かなんかと勘違いしとる」
ウチを置いて、一人で茨城?
しかもウチがあげただるまに隠したヘソクリで?
常陸牛とアンコウ鍋(と、お嫁さん)目当てで?
海里はフン、と鋭く鼻を鳴らすと、キッチンの棚、こけるがさっきまで見ていた場所とは別の場所に置かれた、全く同じデザインの「だるま(二号機)」を手に取った。
「ウチを誰や思てんねん」
海里は「本物」のだるまをひっくり返す。
その底には、こけるが『ヘソクリ・E』と呼んでいたものより、明らかに分厚い封筒が貼り付けられていた。
こけるのヘソクリは、その金の出所(依頼料)から隠し場所のパターンまで、すべて海里に把握されている。
これこそが、こけるが『ヘソクリ・E』を「本命」だと思い込んでいる、さらにその裏をかいた『ヘソクリ・F』。
海里が管理する、二人のための(という名目の)真の緊急資金であった。
「あんたが隠した思うた『E』は、ウチが仕掛けたダミーや。わざと少額にしといたったわ。こっちが本命」
海里はそこから、自分の旅費交通費と、ついでに「(特上)常陸牛代」と「アンコウ鍋(どぶ汁)代」を、きっちり抜き取った。
「さて……」
手際よく荷物をまとめながら、海里はスマホを取り出す。
こけるのスマホには、万が一の「本物の」事件に巻き込まれた場合に備え、海里特製の
画面には、こけるを示す光点が、すでに新大阪駅へ向かって猛スピードで移動中であることが表示されていた。
「(ニヤリ)……ウチも『アンコウ鍋』、食べに行くか」
海里の目が、獲物を狙う肉食獣のそれに変わる。
「ていうか、
あそこ、確か
ちょうどええわ。あのアホ(こける)のことや、どうせ
ウチも合流したろ」
かくして、こけるの「お嫁さんパラダイス計画」は、開始五分にして、最強の恋人とその友人たちの完璧な監視下に置かれることとなったのである。
こけるの『ヘソクリ・E』の運命や、いかに……
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