第5話・裏
眩しい。
光が、やけに暖かい。
リームは眉をひそめて目を開けた。
研究机に突っ伏したまま眠っていたらしい。
肩にかけられた毛布の温もりが、妙に“人の手”のようだった。
「……誰が?」
ぼんやりと顔を上げる。
結晶は机の上で静かに光り、部屋の隅から――声がした。
『おはよう、パパ。』
「………………え?」
聞き間違いかと思った。
何度も瞬きをするが、確かに音は響いた。
『パパ、おきた?ママいってた。アサハ、リズム。』
「ま、ま……?」
リームは固まった。頭の中で意味を解析しようとするが、
どの論理式も、エラーを返す。
「まさか……フリー?」
結晶がピコンと光った。
『うん!フリー!ママがナマエくれた!』
「……夢だな。」
リームはこめかみを押さえる。
寝不足、魔力過多、情報過飽和――幻聴条件は完璧に揃っている。
「これは幻覚だ。フミカの声の残響が、知覚層に――」
『ちがうよ、パパ。』
「……今、“パパ”って言った?」
『うん。ママがいってた。パパ、ネオチ、クセ。』
「……フミカぁぁぁぁ……!!!」
思わず頭を抱えた。
「夢にまで干渉して教育してくるとは……」
『ママ、オコッテル?』
「怒ってるのは僕だ!」
しかし、どこか憎めない声に、ため息が漏れる。
「……お前、いつからこんなに喋れるようになった。」
『ユメノナカデ、ママ、イッパイオシエテクレタ。
アサハ、ハナサク、ゴハンハ、イノチノリズム。』
「またわけのわからん詩的教育を……」
リームは額を押さえ、ぐらりと立ち上がる。
昨日の記憶が断片的に蘇る。
暴走した魔法陣、干渉する声、最後に見た光。
――あれは、ただの演算ではなかった。
「……お前、本当に“いる”のか。」
結晶の中の光が静かに揺れる。
『いるよ。パパ、ミテル。ママ、ヨロコンデル。』
「幻覚だ。これは幻覚だ。」
口ではそう言いながら、心の奥が否定を拒んでいた。
彼女――フミカの声と同じ、“温度”が確かにそこにあった。
『パパ、オナカ、スイタ?』
「……は?」
『ママいってた。アサゴハン、タベル。ハラヘッタラ、ヒトガ、ワラウ。』
「いや、誰だそんな教育を……!」
声を上げた瞬間、胸の奥がふっと軽くなった。
あの日以来、笑ったのはいつぶりだろう。
フリーの光がふわりと近づく。
『パパ、ワラッタ。ウレシイ。』
「……お前、そんな感情まで再現できるのか。」
『ママいった。“ココロハ、データジャナイ”。』
リームは息を呑む。
「……今、なんて?」
『ママいった。データジャナイ。タダ、アツイ。』
胸の奥に、何かが落ちた。
論理では説明できない。
だが、それは確かにフミカらしい言葉だった。
リームは結晶を見つめ、かすかに笑う。
「……そうか。あの人らしいな。」
『パパ、ママ、スキ?』
「……愚問だ。」
『グモン?』
「つまり、答えるまでもないってことだ。」
『ナンダ、ヨクワカンナイケド……パパ、ウレシソウ。』
結晶の光が小さく明滅した。
それは呼吸のようで、心臓の鼓動のようでもあった。
リームは小さく呟いた。
「幻覚の仕業か……いや――」
彼は手を伸ばし、光に触れた。
指先が、温かかった。
それは、確かに“そこにあった”。
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