第2話・裏

白い。

真っ白。

なんというか、ビジュアル的に手抜きな空間だ。


フミカは眉をひそめ、ぐるりと辺りを見回した。

地面らしいものもなければ、空もない。

ただ、自分の輪郭だけがやけにくっきりしていて、他は全部、真っ白なキャンバスに落ちた影のようだった。


「……あたし、死んだよね?」


口に出しても反応はない。

天国か地獄か、判断材料がゼロなのが腹立たしい。


「せめて受付とかないの?あの世初心者に不親切すぎでしょ。」


文句を言いながら歩いていると、空間の中心に黒い点がぽつりと現れた。

それはゆっくりと広がり、人の形を取っていく。


「君は……データの消し忘れか。」


現れたのは、男とも女ともつかない声の持ち主。

中性的な顔、感情の読めない瞳。

黒い衣を纏っているが、その布地は細かいノイズでできていた。


「え、消し忘れ!?なにそれ!?」


「通常、戦闘データは破損とともに消去される。

だが、君はなぜか残留していた。バグのような存在だ。」


「ば、バグ扱い!?ひど!」


無表情のまま、相手は首を傾げる。

「私はオルタナ。この世界の構造を維持する観測者だ。」


「観測者……つまり、神様ポジ?」


「呼び方は任せる。」


神様(仮)は淡々と告げた。

「不要なデータは削除する。君もその対象だ。」


「まっ!?待った待った待った!!」

フミカは全力で手を振った。

「違う違う!そのぉ……なんていうか……リーム、って人の心の傷、みたいな?」


「心の……傷?」


オルタナの眉が、わずかに動いた。

理解不能、という顔。


「そうそう!ほら、大切な人を失ったときに残るやつ!記憶とか後悔とか……。

あーもう、言ってて恥ずかしくなってきた……」


「心とは、傷がつくものなのか?」


少し興味を示したように、オルタナが顔を上げる。


「そう!それが面白いんだよ!」

フミカが勢いよく詰め寄った。

「だって、科学的に証明できないの!心って、データにできないの!」


オルタナの瞳に、微かな光が灯った。

「……面白い。」


「でしょ?」


「削除するのは百年後でもいいだろう。」


「はっ?」


「見届けさせてもらうぞ、その物語の果てを。」


「え?待っ、なにその急展開――!」


返事を待たず、足元が抜けた。


「ぎゃーーー!あっさり!!百年って長いけど、落下は一瞬!?」


叫びながら、視界が暗転する。


――そして。


目を開けたとき、そこは見慣れた風景だった。

崩れた天井、焦げた壁、散乱した書類。

あの、リームの家。


「きたな!?片づけくらいしなさいよ……」


鼻をつく埃の匂い。

けれど、それが懐かしい。

帰ってきた、そんな安堵が胸を温めた。


机の前では、リームが何かを書いていた。

灯りの下、震える手。

沈黙の中、ペン先が震える。


「……まだ、書いてるの?」


その声は、思わず零れた。

次の瞬間、空気が震える。


リームが顔を上げた。

光の中で、涙の跡が静かに光っていた。


――その瞬間、フミカは確信した。

ここは天国でも地獄でもない。


“リームの心の中”。


そして、その中心に、自分がいる。


「……バカ。泣いてんじゃないよ。」


微笑みながら呟くと、風が吹いた。

焦げた家の中に、ほんの少しだけ春の匂いが混ざる。


リームが振り返る。

その声が、やわらかく震えた。


「フミカ……?」


フミカは笑った。


――こうして、あたしはリームと再会した。

一人は現実に、一人は心の中に。

どちらも確かに、ここにいる。

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