第3話 鳳条蓮

翌朝。


目が覚めてからというもの、ゆりの脳裏には昨日の出来事が浮かんでは消え、何度も同じ映像を繰り返した。


ラウンジの照明。

皮張りのソファ。

息を荒げる男たちの影。


胸の奥がひりつくように痛み、胃の底が重く沈む。


(…仕事行きたくない……)


その思いが頭を満たした瞬間、今度は現場のスケジュールが浮かぶ。

今日の担当エリア、入っているゲストの予約、フロアのスタッフたちの顔。

責任感が、背中を押す。


(私がいないと…みんなに迷惑が…自分の甘えで穴を空けるなんて…できない……)


けれど心は悲鳴を上げていた。


今日を逃げても、明日は必ずやってくる。

今日を逃げたら、明日はもっと苦しい。


いっそこのまま全部を投げ出してしまえば楽になれるのか。

そんな衝動が胸をかすめる。


だが、不意に浮かんだのは遠い日の記憶だった。

幼い頃、父に連れられて訪れたパークで、眩しい笑顔を浮かべるキャストのお姉さんを見て「なりたい」と夢見たあの日。

内定をもらった日、誰よりも喜んでくれた父の顔。


(……そうだ…私は夢を叶えたんだ……)


その記憶が、わずかな支えになる。

しかし、すぐにまたラウンジの光景が脳裏をよぎるが、ゆりは唇を噛みしめた。


あれは“仕事”だった。

うん、接待。

そう思えばいい。

与えられた業務の一環、役目だった。


そう自分に言い聞かせなければ、心が壊れてしまう。

吐き気にも似た痛みを抱えながらも、ゆりは深く息を吸った。


そして、意を決して布団から起き上がると、早々に支度を済ませて仕事へと向かった。




キラキラしたゲストの笑顔。

汗を滲ませながらも輝きを失わないキャストたちの姿。


あれからの一カ月、ゆりは悪夢を振り払うかのように、ただ目の前の仕事に没頭した。

余計なことを考えないように。

心を空白にして、現場に身を溶かし込むように。




その頃、支社本部ビル最上階の代表取締役室。


重厚なドアで隔てられたその空間で、蓮は社長椅子に腰を預け、パソコンの画面を開いていた。

新年度に向けた社員の配置とシフトスケジュール。

その一覧に視線を滑らせていた彼の目が、ある名前に止まる。


「ん?あれ…早瀬ゆりって……」


画面には、今月も来月も埋め尽くされた勤務シフト。

遅番、早番、早番。

並んだアルファベットの文字が、確かに彼女の勤続を示していた。


「……へぇ、辞めてないじゃん」


ゆっくりと笑みが浮かぶ。


「今日は…遅番か」


蓮の瞳が妖艶に光り、静かな取締役室にカチリとマウスを叩く音が響いた。




一方その頃、パークの現場は春休み真っ只中。

学生たちのグループで溢れ返り、フードエリアは昼間を思わせる熱気に包まれていた。


「すみません、あちらのダストボックス、トレーがいっぱいなのでお願いします!」


「ドリンクマシーン、補充お願いします!」


ゆりは担当エリアの店舗を回り、到着したレストランのフロアや厨房の状況チェックや在庫チェックをして次々に指示を飛ばし、スタッフを動かしていた。

その過程で人手が回っていない時は臨機応変にフロアや厨房にヘルプに入る。


積まれたトレーの山、絶え間なく押し寄せる制服姿の学生ゲスト。

フロアを一望したゆりはすぐに状況を飲み込み、矢継ぎ早に指示を飛ばす。

キャストが「はい!」と返事をして散っていくと、無線から新たな声が入った。


《……早瀬さん、至急キングダムカフェにて一件対応依頼です。こちら向かえますか》


「了解」


ピッ。


「すみません!私、別件対応で今からキングダムカフェに移動します。何か困っていることないですか?」


「大丈夫です!」


「では後ほどまた回ってきますね!」


軽快に声を残し、ゆりは足早にエリアを後にした。


エリアからエリアへ移動し、ようやくキングダムカフェに辿り着いた瞬間。




ドクンッー


…え……なんで……。



視界に入ったその姿に、背筋が凍りつく。

溢れ出る汗。

湧き立つ鳥肌。

蘇る悪魔の記憶。

見ないように、蓋をしていたのに。

一気に息が浅くなり、足がすくむ。


カフェの入口中央。


両脇にスーツ姿の部下を従え、フード責任者の社員と談笑している鳳条蓮。

まだこちらに気づいている様子はなかった。


「……っ」


ゆりは咄嗟に柱の影へ身を隠す。

心臓がドクンドクンと音を立て、耳の奥が熱を帯びる。


(どうしよう……どうしよう……)


突然の出来事に固まり、時間が止まっていたかのようなゆりは、どれくらいの時間が経過しているかの感覚を失っていた。

そこへ、無線のノイズ混じりの声が響いた。


《…早瀬さん、現在どちらですか》


「……」


目の前に広がるパークの光景は、次の目的地へ向かおうと沢山のゲストが行き交い、沢山のキャストが次から次へと話し掛けられるゲストに笑顔で対応をしていた。


ゆりの頭に現場の光景がよぎった。

春休みでゲストは押し寄せ、キャストは休む間もなく必死に動いている。


私がここで立ち止まっている間にも。


《……ジジ……早瀬さん、応答願います……》


少しの格闘を得て、覚悟を決めた。


ピッ。


「申し訳ありません、現在ゲスト対応中でした。間も無く到着します。」


震える声を押し殺し、悪魔の記憶を振り払う。


(これは仕事…ただの業務。大丈夫、大丈夫……)


必死にそう自分に言い聞かせ、意を決してカフェの入り口へと歩を進めた。


「申し訳ありません、到着が遅れました!」


声を張った瞬間、現場責任者がぱっと振り向き駆け寄ってきた。


「あ、早瀬さん来た来た!ちょっとこっち!」


――あー…最悪。


気づけばその腕に導かれ、強制的にフロア中央へ。

待ち構えていたのは、スーツの部下を両脇に従え、圧倒的な存在感で場を支配する男だった。


「経営戦略部の方が視察に来られてるから、対応お願いね」


「…私…ですか。」


「現場の前線の社員から、ちょっとだけお話しを聞きたいって。新人目線の!」


フード責任者が小声で囁く。


「この方、CEOの鳳条代表…トップの、さらにその上の……絶対に失礼はできないから!しっかりね!」


そんなことは、もう嫌というほど理解している。

この身をもって、抗えない力を刻み込まれた。

屈服させられ、その強大さを骨の髄まで知っている。


「ちゃんと挨拶して」


困惑で体が強張るゆり。

その様子を、蓮はおもしろそうに目を細めて見つめていた。


「早瀬です。よろしくお願い致します」


「〝はじめまして〟早瀬さん、急に呼び立ててごめんね。よろしく!」


蓮はにこやかに微笑み、その声音は穏やかだが、瞳の奥に光るのは、ゆりが知る“悪魔”の色だった。


――ー。


「そうですね、イベント限定品のフードは大変人気がございますので、それだけを目的でお越しになるゲストと、お食事全般を希望されるゲストとで、現在このようにラインを分けていますが、こちらの対応が追いつかず、どうしてもゲストの皆さまにお待ちいただく時間が長くなり、滞在の価値を損なってしまうケースが見受けられます。なので混雑状況に応じて一時的にワゴン販売などの臨時対応ができれば良いな、と個人的に感じる時があります。それと、将来的には、モバイルオーダーシステムの導入なども視野に入れていただければーー……」


言葉を紡ぐゆりの隣で、重役のひとりが「なるほど」と小さく頷きながら、手元のメモ帳にペンを走らせていた。

勢いあまってインクが紙を擦る音がやけに大きく響く。

必死に書き留める仕草が、その言葉の価値を雄弁に物語っていた。


蓮のからかうような視線を意に介さず、ゆりは淡々と話し続ける。

声は落ち着き、言葉は整理され、真剣そのもの。

その表情には迷いも怯えもなく、目の前の問題に正面から向き合う誠実さが宿っていた。


蓮は戸惑った。


先日のラウンジで見た姿。

必死に抗い、やがて屈服させられた無力な女。

その印象が強すぎたせいで、今の光景はあまりにもギャップがありすぎた。


蓮を前にし、重役相手に尻込みするどころか、むしろ堂々と、現代人ならではの斬新なアイディアを投げかける。

次から次へと口をついて出る意見は、机上の空論ではなく、現場を知る者の的確さを持っていた。

ゆりの瞳は真剣で、そこに媚びや飾りはひとつもない。

まるで先日の出来事など存在しなかったかのように。

いや、それを押し込めてなお、プロとして立っている姿。


権力で無理やり膝を折らせた女が、別の場ではこれほどまでに毅然と立っている。

そのギャップに、蓮の胸の奥で何かが疼き、蓮のゆりを見る目が変わった。


「いやー、貴重な意見を聞けたよ。忙しいなか本当にありがとうね」


経営戦略部のスーツの社員が声をかけると、ゆりはすぐさま柔らかなビジネススマイルを浮かべた。


「いえ、またいつでも!お役に立てれば光栄です」


丁寧に会釈し、足早に店を後にする。

その後ろ姿は、現場を背負う覚悟に満ちていて、眩しいほどに真っ直ぐだった。


(……おいおい。只者じゃねぇな)


蓮はその背を、視線で追い続けた。

昨日までの「一度壊した女」という認識は、もはや霞んでいた。

今の彼に映るのは、現場で輝くひとりの強い女の姿だった。




終電間際。

遅番を終えたゆりは、関係者ゲートを出て目の前の大通りの直線の道を歩いていた。

冷えた夜風が頬を撫でる。

疲れ切った体を引きずり、足早に駅へと向かう。


そのとき。


シュッ、と音を立てて黒塗りのリムジンが横付けされた。

まるで待ち伏せしていたかのように。

後部座席の窓が静かに開き、声が響く。


「お疲れさん」


…………っっっ!!!!


全身から冷や汗が噴き出す。

現れたのは鳳条蓮。


(なんで……ここに……!)


リムジンの扉がゆっくりと開いた。


「送ってくよ、乗って」


「いや…電車で帰りますので……!」


オドオドと声を震わせながら、動揺を隠せないゆり。

蓮は涼しい顔で言葉を重ねた。


「今、電車動いてないらしいよ」


「えっ!そうなんですか?」


思わず足を止めてしまう。

その一瞬の隙を、蓮は逃さなかった。


「うっそぴょーん」


にやりと口角を上げたその瞬間、ゆりの腕を優しく、けれど決して逃れられない強さで掴み、リムジンの中へ引き寄せた。


「……は!?」


動揺とパニックのまま、体勢を崩し車内へと傾れ込む。


「ちょ、待っ――」


「いいからいいから。送ってくだけ」


言葉に逆らう隙もなく、シートへ押し込まれる。

蓮が指先でピストルの形を作り、前方を指し示した。


「ゴー!」


その合図とともに、リムジンは静かに動き出した。

夜の闇の中、逃げ場のない車内へと。


「降ろしてください!」


声を張った瞬間、自分の声がやけに狭い車内に響いた。

中は薄暗く、ふんわりと漂うバニラの香りが鼻を刺す。

その甘さとは裏腹に、ゆりの全身は恐怖でぎゅっと締めつけられていた。


「なに動揺しちゃって。さっきは全然余裕そうにしてたくせに、今全然違うじゃん」


低く響く蓮の声。

ゆりは喉を鳴らしながら、必死に返す。


「……それは、業務中でしたので」


「へぇ。お前さぁ……結構肝座ってんのね」


蓮がすっと距離を詰めてくる。

夜の闇より濃い視線に射抜かれ、ゆりは思わず目を逸らした。


「……なんで来たんですか」


問いかけは、消え入りそうな声になっていた。

蓮の目は強く、まるで逃げ場を与えない。


「いや、とっくに辞めてると思ってたんだけどまだいたからさ」


「は…辞めさせたかったんですか」


呆れと苛立ちが混ざった声。

その刹那の強気すら、蓮には面白がられている気がした。


「そんなつもりないよ。むしろ、その逆」


グイッ――。

蓮の手が伸び、強引にゆりを引き寄せる。

顎を掴まれ、顔を固定される。


「居てくれて、嬉しかったよ」


吐息混じりの声に、全身が総毛立つ。


「やめてください!!!!」


ドンッと渾身の力で突き放した。

シートにぶつかる鈍い音が響き、息を荒げるゆりの肩が大きく上下する。


「おっと…はは、冗談だよ冗談。そんな怒んないでよ」


両手のひらを上げ、降参ポーズを取る蓮。

その仕草は軽い冗談めいているのに、眼差しの奥には相変わらず余裕と挑発が混じっていた。


「まぁゆっくり寛ぎなよ。ワイン?ウィスキー?仕事終わりならビールか」


「いりません」


ピシャリと言い切ったゆりの声音に、車内の空気が一瞬止まる。

冷蔵庫に手を伸ばしていた蓮は動きを止め、肩をすくめた。


蓮はリキュールの瓶を取り出し、キャップを弾く。

琥珀色の液体を一口含むと、口角を上げて呟いた。


「本当、真面目だよね」


「…………」


ゆりは応じず、反抗的に窓の外へ視線を向けた。

街のネオンが流れていく。

その無言すら拒絶の意思表示だった。


「真面目、誠実、仕事にも一生懸命、有能なしごでき女」


からかうように並べ立てながら、蓮はゆっくりと距離を詰める。

熱い吐息が耳元をかすめる。


「…………だけど、この前は可愛かったね」


「……!!!!」


ドクンッ。

瞬間、心臓が跳ね上がり、冷たい汗が背を伝った。


「やめてください!!その話は!!!」


声は裏返り、パニックに近い響きになっていた。

蓮は肩を揺らして笑う。


「照れてんの?可愛いー」


「もう降ります!本当にここで!!」


声は掠れ、ほとんど悲鳴に近かった。

トラウマを抉られたゆりは半ば錯乱したように、走行中のリムジンのドアノブをガチャガチャと乱暴に揺さぶる。

だが当然、厚い扉はびくとも動かない。


その瞬間、腕を掴む強い力。

そんなゆりに蓮が飄々と言う。


「落ち着きなよ」


「いやあぁっ!!!空けてくださいっっ!!」


掴まれた腕とは反対の手で、なおも必死にドアを叩き続ける。

パニックの音が狭い車内に響いた。


「空けたらケガするよ?」


ハッ。

言葉に縫い止められたように、ゆりの手が止まった。


“この前は可愛かったね”の、たかがそんなひと言に対するその過剰さに、蓮はひそかに愉快さを覚える。

怯えれば怯えるほど、その姿は逆に可愛く見えてくる。

彼女が見せる震えや焦りは、まるで獲物が逃げ場をなくしてもがく瞬間のようで、蓮にとっては、いっそう追い込みたくなる衝動を掻き立てるものだった。


おもろー。

もっと虐めたくなっちゃうー。


「この前、最後の方は…良かったでしょ?」


口元に浮かぶ笑みには、悪戯な光が混じっていた。


「もう…その話はしないで下さい…っ」


「なんで?」


ゆりは視線を逸らしたまま、掴まれた腕を必死に振り払おうとする。

だがその仕草には力がなく、声も今にも泣き出しそうに震えていた。


蓮の手は決して離れない。

むしろその抵抗を楽しむかのように、強引にゆりの身体を自分の方へ向けさせる。


そして――目が合った。

潤んだ瞳、今にも涙がこぼれそうな顔。


「……そんな顔されたら、俺が悪者みたいじゃん。ま、悪者か」


その余裕ある口調が、かえってゆりの胸を締めつける。


「…鳳条代表は…ゲストに純粋な夢を与えるパークの、一番偉い人ですよね…?私たちキャストは、どんな時でもゲストに夢と最高のひと時をお届けするために…日々、必死に奮闘しています。…なのに…その裏側で……あんなことしてるなんて…本当に…最低です」


声は震え、言葉は途切れがちだった。

それでも、ゆりは恐る恐る顔を上げ、潤んだ瞳で真っ直ぐに蓮を射抜いた。

恐怖と怒りと正義感。

そのすべてを宿した視線だった。


「へぇ…俺に説教たれてんの」


蓮の瞳が細く光り、悪魔のような色を帯びる。

その視線は、彼女の純粋な想いを一つひとつ踏みにじるようだった。


こいつの真面目さ、潔白さ、必死に守ろうとする純粋さ。

どうしてこうもこんなに、虐めたい衝動を擽ってくるのか。

壊して、汚して、抗えなくさせて…それでもまだ光を失わない姿を見たくなる。


「上等じゃんね」


蓮の声が落ちた瞬間、ゆりの身体は強引にソファへと押し倒される。

影が覆いかぶさり、耳元に熱い吐息が落ちる。


「その汚れのない綺麗な心…純粋すぎる目…また、めちゃくちゃにしてやろうか」


「…くっそ…!……最っっっ低……!!」


涙をにじませながらも、唇を噛み締めて吐き出したその言葉は、最後の抵抗だった。


吐き出した瞬間、蓮の手がゆりの両腕をがっしりと掴んだ。

逃げ場を失わせるように押さえ込むと、そのまま強引に唇を奪う。


「んっ…っ…やめ…っんー…ん!離し…っ」


塞がれた唇の隙間から声がかすかに漏れる。

ゆりは足をバタつかせ、全身を右へ左へと必死に捻る。

それでも両腕は鋼のように押さえつけられ、唇は何度背けてもすぐに覆われる。

息を奪われ、言葉を奪われ、抗いの余地すら飲み込まれていく。


濃く、長く。

執拗に絡みつく舌が、逃げ場のない密室で彼女の抵抗をじわじわと溶かしていった。


ゆりは次第に、自分の身体が熱を帯びていくのを感じていた。


恐怖や嫌悪とは裏腹に、下半身からお腹、胸へと這い上がってくるような熱が、じわじわと全身を侵していく。


脳裏に、あの時の感覚が蘇る。


頭が真っ白になり、波のように電流が全身を突き抜けた瞬間。

その記憶が呼び水となり、ゆりの心拍数はさらに上がった。

その瞬間――。



――ゆりの目が変わった。


恐怖に怯えていたはずの目が、とろりと揺れ、熱を帯びる。


それにハッと気づいた蓮は、時間を忘れるように続けていた長いキスをふと止め、唇を離した。


そして確認するように、じーっと、ゆりの目を見つめる。


「……はぁ………はぁ………はぁ………」


赤らんだ頬。

涙に濡れて潤む瞳。

今にも溶けそうな、抗えぬ熱を宿した表情。


ドクン――。


その顔を目にした瞬間、蓮の心臓が大きく跳ねた。

先ほどまで必死に抗っていた姿とは別人のような、蕩けるゆりの顔。


「……やべぇな…」


低く呟いた声には、抑えきれない熱が滲んでいた。


「…前言撤回。今日は送れねぇ」


獲物の変化を見逃さない捕食者のように、蓮の目がぎらりと光った。

スイッチが入ったように、蓮は容赦なくゆりの身包みを剥いだ。

逃げ場を失った身体を野獣のように貪る。


「……嫌…っはぁ…やめて…」


必死の声は拒絶を訴えるはずなのに、その吐息は甘く震えている。


「拒否ってるわりに…声が甘いよ」


挑発するように耳元で囁くと、ゆりは全身をよじらせながらも抗えず、熱を宿した声を漏らす。

拒否と昂ぶりが交錯する、アンバランスな仕草。

蓮には、その矛盾が堪らなかった。


淫らで妖艶に崩れていく目の前のゆり。

その光景と重なるように、蓮の脳裏に先ほどの情景がよぎる。


重役たちの前で、堂々と意見を述べていたゆり。

若手でありながら斬新なアイディアを示し、毅然と、丁寧に言葉を紡ぐ姿。

あのときの彼女は、隙一つ見せない“プロ”だった。


いま目の前で乱れているこの姿との落差が、背徳的な愉悦となって蓮の胸を熱くする。

その光を知っているからこそ、壊し、蕩けさせることに抗えない興奮を覚えていた。


「…最高すぎるよ…お前」


熱を帯びた声とともに、蓮は堪らずズボンと下着を降ろすと、己の昂ぶりをゆりの下半身の入口部分へと押し当てた。

硬く脈打つそれが密着した瞬間、ゆりの全身がびくりと震える。


「……もう…やめて…ください……」


震える声。

熱に浮かされたみたいに頬は赤く、目が潤んでいる。

そのか細い抵抗の響き。


ゾクゾクッ――。


口先の拒絶と、身体が裏切ってる矛盾。

その歪な反応が、蓮には抗えない誘惑に見えた。

言葉よりも正直な身体を暴き出したくて、衝動がさらに加速していく。

背筋を走った快感が、理性の最後の枷を吹き飛ばす。


次の瞬間、蓮はゆりの中を一気に深く貫いた。


「……あぁっ……!」


ゆりの喉から大きな声が溢れた。

抗おうとしたはずの身体は震え、胸の奥から熱がこみ上げる。


夢中でゆりの下半身に腰を打ちつける蓮。

その強引な動きに抗う力を失い、ゆりはただ、流されるように身を委ねるしかなかった。


密室の中、二人の熱が重なり合う音だけが響いていた。

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