第2話 壊された日常

緊張感の中、食事が進んでいく。

ときおり交わされる会話が、空気の重さを少しだけ和らげた。


「お寿司は…召し上がりませんでしたか」


「生魚はあまり好きじゃなくてね」


「嘘つけ」


蓮が小声で茶化し、ゆりは思わず目を瞬かせる。

司は咳払いをひとつ。


「…こちらの食事の方が格段に良い。調理はどこで?」


真っすぐな問いかけに、ゆりは小さく答えた。


「…フードサービス部に内定を頂いてから、調理師学校に通いました。ただ…」


「ただ?」


促され、言葉が喉につかえる。

だが嘘をつくのはもっと苦しい。


「母を幼い頃に亡くして、学生の頃から家族の食事を用意していました。なので、最初のきっかけはその頃に料理を独学で学びました」


「へぇ、ゆりちゃんって苦労人だ」


蓮が軽く笑い、ワイングラスを傾ける。

その声音にからかわれていると分かっても、不思議と嫌な響きではなかった。


そんな他愛もないやりとりをしているうちに、気づけば皿は空になっていた。


「お済みのお皿、お下げします」


立ち上がろうとしたゆりを、蓮が手で制す。


「いいよ、そんなの」


蓮がテーブルに置かれた呼び出しボタンを指先で押した。


「お呼びでしょうか」


すぐさまスタッフが現れる。


「これ、下げてくれる?」


「あの、私の役目なので!」


蓮がスタッフに指示を出すのに対し、ゆりが慌てて腰を浮かせかけた瞬間――肩にそっと、しかし抗いがたい力がかかった。

司の手が、彼女をソファへと沈めたのだ。


「君の役目は、他にある」


「……他に?」


ゆりが怯えたように問い返すと、司の瞳がわずかに細まった。


「そう……もっと大事な役目がね」


ソファに沈めた手は彼女の肩に残したまま、反対の手が前髪へと伸びる。

耳の横に垂れる細い髪をつまみ、弄ぶように滑らせた。


ぞくりと背筋を走る感覚。

ただの仕草なのに、視線と指先が絡むだけで危険信号が鳴り響く。

スタッフが空いた皿を下げて出て行く。

本能が「逃げろ」と叫ぶ。

このままここにいてはいけない。


「わ、私っ…業務に戻りますので!」


慌てて立ち上がろうとした瞬間、蓮の声が横から割り込む。


「戻る?手配済みだよ。君が戻らなくても現場は回るようにしてある」


逃げ場が塞がれたことを理解した瞬間、喉が乾いて呼吸が浅くなる。

司がさらに身を寄せ、静かな声を落とした。


「これからだよ。君の本当の役目は」


顔が近づいてくる。

吐息が頬にかかり、肌が粟立つ。

咄嗟にゆりは顔を背けた。


「っやめてください!」


必死に腕で押し返そうとしたが、すぐに蓮の両手が伸び、ゆりの腕をしっかりと押さえた。


「こらこら、なにしてんのよ。だめでしょ、逆らっちゃ」


冗談めかした声なのに、逃げ道を完全に塞ぐ重さがあった。

次の瞬間、司の手が彼女の顎を掴み、顔を正面に向けさせ、抗う暇もなく、距離がゼロになる。


強引に塞がれた唇。


熱と圧が一気に押し寄せ、頭の中が真っ白に弾け飛ぶ。


「んーーーーーー!!!!!!!」


喉を震わせ腹から叫び、必死に足をばたつかせる。

けれど、絡みつく熱はそれをものともせず、息を奪うほどに深く食い込んでくる。

全身を抑えかかる力に、ただ必死に抗うしかなかった。


勢いよく司の唇が離れたその反動で、ゆりの身体はバランスを崩し、ソファに押し倒されるように仰向けになる。

背中が沈み込み、視界がぐらりと揺れた。

下敷きのようにしていたのは、蓮の膝。

彼は変わらぬ表情で、両腕をがっしりと掴んだまま離さない。


「やめて…っ離してください!!!」


腕に力を込め、必死に振りほどこうとする。

だが岩のようにびくともせず、ただ拘束だけが強まっていく。


次の瞬間、司の手が容赦なく伸び――

ゆりのワイシャツが裂ける音が、静かな個室に鋭く響いた。


(……っ!)


肌に冷たい空気が触れ、羞恥と恐怖で全身が震える。

露わになった胸元へ、司の影が覆いかぶさる。

布地が押し上げられ、下着越しの感覚すら奪われていく。


「いやあぁっ……やめてください!!!」


声を振り絞った。

だが返ってきたのは、蓮の低い一言。


「うるさいよ、お前」


ぞっとする冷たさに、心臓がきしむ。

その刹那、蓮の顔が迫る。


「ねぇ、まさか処女って事はないんでしょ?」


ゆりの顎を掴み上げ、唇寸前の距離で熱い視線を注ぐ。


「こんなに可愛い顔してるのに…この歳になるまで男が放っておくわけねぇよな」


逃げ場を塞ぐように、強引に唇を奪われた。


呼吸が奪われ、抗おうと足をばたつかせても、両腕はなお強く押さえ込まれている。

理不尽な熱に飲み込まれながら、視界が滲み、思考は恐怖と混乱でかき乱されていった。


(誰か…助けて…っ!)


頭の中で叫びながら、ゆりは必死に身体をのけぞらせた。

拘束される腕を振りほどこうと足をばたつかせる。


次の瞬間、視界に映ったのはテーブルの上の呼び出しボタン。


ほんの数十センチ。

つま先を延ばせば、今にも届きそうな距離。


「……っ!」


全身の力を込め、足先を伸ばしたその瞬間。


「おっと…だめだめ!往生際が悪いよ、君」


蓮の手がすっと伸び、ボタンをひょいと拾い上げた。

軽やかな仕草とは裏腹に、その笑みは底知れない。


「ねぇゆりちゃん、自分の立場わかってる?」


冷ややかな響きが胸を突く。

その声に反応するように、司がゆりの胸元から顔を上げた。

弄んでいた手が一瞬止まり、メガネを指で押し上げる。


「“今の対応”、君が間違ってるって、僕ら上の人間にどう伝わるか、ちょっと想像してみて?」


言葉は柔らかい。

しかしその裏に潜むものは、脅しよりもずっと冷酷だった。


(……っ!)


心臓が一気に冷え、背筋を氷で撫でられたような感覚に襲われる。

これは冗談でも挑発でもない。

“現実”だ。


この人たちは、自分の雇用主の、そのさらに上にいる。

逃げ場などどこにもない。


コトッ―。


蓮はわざと音を立てないように、ボタンをそっとテーブルの手前に置いた。


「鳴らしたかったら、いつでも鳴らしてどうぞ」


余裕に満ちた声音。

その挑発を前に、ゆりの胸にただひとつの言葉が浮かんだ。


(…あー……これが、“権力”ってやつか…)


胸を締め付ける重苦しさの中で、頭の片隅に浮かんだのは――ずっと抱いてきた夢だった。

大好きなテーマパークで働くこと。


小さな頃、父に手を引かれてよく訪れた。

男手ひとつで育ててくれた父は、不器用な笑顔を浮かべながら「今日は思い切り楽しめ」と言ってくれた。

夜空に咲いたパレードの光、響き渡る音楽、胸の奥を震わせたあの魔法のような時間。

あの瞬間から、この場所は彼女にとってただの遊園地ではなく、人生の支えとなる場所になった。


(トミーズランドのお姉さんになりたい!)


そう夢を抱き、努力を続け、内定を告げられた日の喜びはいまも鮮明だ。


(お前にピッタリの仕事だな)


父の声が耳に蘇る。

その顔は、涙をこらえるように目尻を細めて笑っていた。

一人暮らしなどしたこともない娘が、社員寮でひとりやっていけるのか。

心配そうに荷物をまとめてくれた父の姿。

それでも最後には「頑張れ」と背中を押してくれた温かな手の感触。


思考がぐるぐると回り、現実と過去が交錯する。

憧れの場所で輝くはずだった自分。

そして今、その夢の象徴である空間で押し潰されそうになっている自分。


胸の奥に湧き上がるのは、恐怖と悔しさと、どうしようもない孤独感だった。




その直後、ゆりは抵抗することを、静かに諦めた。


ソファに押し倒されても、先ほどのように必死に暴れることはしない。

ただ力なく身体が傾き、重力に従って沈んでいく。


視界の端で、蓮がゆっくりと腰へ手をかけるのが見えた。

ベルトの金具が外れる小さな音が、やけに鮮明に耳に響く。

蓮は自分の既に硬くなっているものをゆりの面前へと露にすると、冷たく低い声を落とす。


「わかったなら、さっさとしゃぶれよ」


その直後、ゆりの喉奥まで響く圧迫感。


司はその顔を上げた。

正面に広がる光景。

蓮が彼女の頭を掴み、支配するように動きを操っている。

無言で凝視する司の瞳には、冷ややかな興味と昂揚がないまぜになった光が宿っていた。


その視線の奥で、司の手がゆっくりと動き出し、指先が下へ下へと滑る。

ゆりの下半身の布越しの感触をなぞるその仕草は、冷酷なまでに淡々としていた。


蓮の動きは荒々しくも余裕に満ちていた。

片手でゆりの髪を絡め取り腰を動かしながらもう片手は胸元を弄ぶ。

彼女の身体をまるで玩具のように扱いながら、口元に笑みを浮かべる。


「あぁ……案外、上手いな」


蓮の喉から低く漏れた声は、余裕を装いながらも震えていた。

足先から背筋へ、痺れるような感覚が駆け上がってくる。

血が脈打つたびに、硬さを増していく自分のものが張り詰め、蓮の喉から呼吸が勝手に乱れる。


「……くっ……う……っ」


声が勝手に漏れ出す。

あと一歩で堰が切れる――その刹那、蓮は大きく息を呑み、勢いよく身体を引いた。


ズボッ


音を立てて、ゆりは強引に解放された。

その瞬間、塞がれていた喉が急に解放され、肺に一気に空気が流れ込む。


「ゲホッ……ゴホッ……はーっ…はーっ……!」


咳き込みながら必死に呼吸を繰り返す。

視界が滲み、涙が頬を濡らす。

酸欠で痺れる胸を押さえようとした瞬間、さらに追い打ちをかけるように蓮が覆いかぶさった。


昂ぶりを抑え込む苦痛は、逆に蓮の興奮を際立たせていく。

行き場を失った熱をぶつけるように蓮はゆりの胸へと顔を沈めた。

荒々しく貪る興奮の熱そのもので、抑圧された欲望が、彼を獣のように動かしていた。


ゆりは身をよじるが、逃げ場はない。

そこへ、今度は司の手が伸びる。

次の瞬間、司はゆりの頭を強く掴み、欲望に突き動かされるまま口元へぐっと押さえ込み、自分の衝動を押し込んだ。


呼吸も整わぬうちに、再び塞がれる感覚。

喉にかかる重圧と、胸を縫い止める腕の重み。


(……っ……ぐ…るじ……い…)


涙で濡れた視界が白く滲み、思考は追い詰められていく。

そんな中、蓮の手が、ゆりの下半身へと迷いなく伸びた。

その指先が敏感な突起に触れた瞬間,


「……っ!」


ゆりの身体がビクッと大きく跳ねた。

逃げようとするわけでもなく、抗う力が抜けてしまったわけでもない。

ただ本能的に、触れられた感覚に全身が震えてしまう。


蓮はその反応を見逃さない。

唇の端に薄い笑みを浮かべ、指先の動きをゆっくり、そして確実に強めていく。

撫でるような仕草から、次第に執拗に、逃げ道を与えないように。


「んんっ…!」


思わず、声が漏れた。

必死に噛み殺そうとしても、喉の奥からせり上がる声は止められない。

羞恥と恐怖と、抗いきれない感覚がごちゃまぜになって、息が詰まる。


小さな痙攣のように、ゆりの全身は何度も震え、ソファの上で小さく跳ねる。

そのたびに突起を弄ぶ蓮の指はさらに深く追い打ちをかけ、彼女の反応を楽しむように動き続けた。


蓮の指先が、ゆりの奥へと押し入っていく。

その瞬間、ゆりの背筋がびくりと震えた。


「あれ…?意外と…ほら」


わざとらしく呟き、指をゆっくりと引き抜く。

薄く艶を纏って絹糸を引いたその指先を、司に見せつけるように掲げた。


司の眼鏡の奥で視線が細められる。

次の瞬間、彼はゆりの口から容赦なく自らを強引に引き抜いた。


「ゴホッ…ゴホッ…」


一気に空気を吸い込もうとするゆりの喉が咽せる。

荒い呼吸に涙が混じり、顎が震えた。


司はその頭を掴んでぐいと持ち上げる。

ゆりは否応なく視線を合わせさせられる。


「…身体は喜んでるじゃないか……な?」


羞恥と屈辱と恐怖が一気に押し寄せ、ゆりの胸を締め付ける。

司は、涙に濡れて歪むゆりの顔を見つめ、その表情に衝動的に再び唇を奪う。

強引に押し当てられた熱が、彼女の呼吸を塞ぐ。


同じ頃、蓮の指先がゆりの奥で執拗に蠢く。

最初は探るような動きだったのが、今はためらいなく激しさを増していた。


「…あぁ…っはぁ…んっ…んーっ…っはぁ…」


堪えきれず漏れた声は、司の唇に押し潰される。

舌を絡められ、息を奪われながらも、喉の奥から洩れ出す甘い音は止められなかった。


司は吸いつく唇の合間に、彼女の表情を逃さず凝視する。

拒絶と羞恥と、否応なく引き出される反応。

それらすべてを記憶に刻むように、彼の瞳は一瞬たりとも逸れなかった。


蓮はゆりの足を強引に開き、そのまま顔を埋めた。

熱を帯びた吐息が敏感な部分を撫で、次の瞬間、舌先が鋭く触れる。


「――っ!」


突き上げられるような感覚に、ゆりの身体は大きく跳ねた。

これまでの小さな震えとは比べ物にならない。

腰が反射的に浮き上がり、声が喉の奥から零れる。


「んんっ…あぁ…!」


舌は容赦なく動きを増していく。

円を描くように、あるいは転がすように。

その度に息が乱れ、苦しげな声ではなく、はっきりとした声がこぼれ落ちていく。


「…っあ、あぁ…!」


その響きに、司の胸の奥がざわめいた。

唇を重ねていたはずなのに、思わず動きを止める。

そして、真正面から彼女の表情を凝視した。


涙に濡れた顔が、羞恥と快楽に揺れながら震えている。

その矛盾した姿は、理性を削り取るほどに甘美だった。

司は呼吸すら忘れ、ただその表情を目に焼き付けるように見つめ続けた。


蓮は、司がキスを止めてゆりの表情を凝視していることに気づいた。

その視線に応えるように、彼はさらに彼女の顔を崩そうと仕掛ける。


舌の動きが荒々しくなり、敏感な突起を執拗に転がす。

同時に、奥へと差し込んだ指を容赦なくかき混ぜるように動かした。


「――あぁーっ!も、もうっ…やめっ…あぁ!あ!あ!」


張り詰めていた声が、一気に弾ける。

その叫びは苦痛か快感か、本人ですら分からない。

全身が痙攣し、ソファが小さく揺れる。


司は片手でゆりの顎を掴み上げ、潤んだ瞳を強引に自分へと向けている。

もう片方の手は、優しく撫でるように髪を梳きながら、熱に浮かされたように理性を削る甘美な光景に、司の眼差しはさらに深く燃えていき、凝視し続けた。


ゆりの定まっていた視点は焦点を失い、顔がふいに変わった。

その一瞬を司は見逃さず、眼鏡の奥で瞳を細める。


「……いいぞ、いけ」


興奮混じりに響いた声は命令というより、確信に近かった。


次の瞬間、ゆりの全身を電撃のような感覚が貫いた。

これまでに経験したことのない熱が、一気に胸の奥から広がっていく。

燃え上がるような熱量に、身体は勝手に跳ね上がり、制御できない。


「ああーーーっっっ!」


押し殺すこともできず、叫ぶような声がほとばしる。

下半身が小刻みに震え、痙攣するように跳ね続けた。


その表情を、司は凝視していた。

貞淑で汚れを知らない少女が、初めて抗えずに反応を見せる――その逝く瞬間の顔。


「……はぁ……はぁ……」


肩で荒い呼吸を繰り返すゆりから、蓮が静かに身を離す。

その仕草は先ほどまでの激しさが嘘のように、淡々としていた。


司の手がゆりの太ももを掴み、ぐっと開かせる。

押し当てられる熱に、ゆりの身体は小さく震えた。


「……お願い…やめて……」


かすれる声。

わずかに残った意思の火が、細い糸のように揺れている。


「今更ですか?もうこんなになっているのに」


嘲るように囁きながら、司はその熱を入口に擦りつける。

逃れようとする心を嘲笑うかのように、わざと周囲をなぞり、濡れた証を自覚させるかのように広げていく。


「とっくに諦めてるくせに」


その言葉に、ゆりの胸の奥で何かが折れた。

抵抗の糸がぷつりと途切れ、視界が絶望に染まる。


…もう抗えない……


次の瞬間。


「……っ!」


深く押し入れられる感覚に、喉から声にならない声が漏れる。

痛みとも快楽とも判別のつかない奔流が全身を駆け巡り、心がぐらぐらと揺さぶられる。


ゆりの悲鳴と快感の混ざり合う声は抑えのきかないほど荒くなっていた。

涙で濡れた表情は抵抗と羞恥に歪みながらも、全身は否応なく反応し、痙攣するように揺れている。

その姿が、司の理性を最後の一線まで追い詰めて、いまや熱に溶かされていく。

腰を突き動かすたびに、昂ぶりは倍加し、動きはさらに激しく速くなった。

喉が焼けるように熱く、呼吸は荒れ、頭の奥で白い閃光が瞬き続ける。

司の身体は衝動に支配され、ゆりの震えを逃さず飲み込もうとする。


ゆりは、壊れていく自分を自覚していた。

身体の奥に繰り返し叩きつけられる衝撃に、必死に否定を叫んでも声はうわずり、喉から甘い響きが漏れてしまう。

拒絶する心と、勝手に反応する身体。

その矛盾が絶望となって胸をかき乱す。

腰が勝手に浮き、全身が震え、汗と涙が混じって視界を曇らせ、意識は次第に塗りつぶされていった。

絶望と快楽の狭間で、ゆりは壊れていくのを感じていた。


「…っこれ以上は…くっ…あぁッ!!」


喉を震わせる声と同時に、司の動きが急に途切れた。

極限まで追い込まれた衝動を寸前で引きはがすように、彼は勢いよく身を引いた。


ズボッ


その音が密室に響き、司は大きく息を吐き出した。


「はぁ……はぁ……」


胸が荒々しく上下し、乱れた吐息が白くこぼれる。


ソファにドサッと身を預けると、手を震わせながらワイングラスを取る。

赤い液体を喉へ流し込みながら、その視線はゆりの乱れた姿に釘づけになっていた。

頬に滲む涙、震える肩、潤んだ瞳。

そのすべてが、彼の昂ぶりをさらに煽る。

司はグラスを傾けたまま、蓮に視線を送る。


その直後、蓮がゆっくりと立ち上がった。

無言のまま歩み寄り、ソファに倒れ込んだゆりの上に覆いかぶさる。


蓮は躊躇いもなくゆりの唇を奪った。

荒々しい息を混ぜ、舌を絡め取り、まるで相手の声を塞ぐように激しく貪る。

長い飢えを癒やすかのように、待ち望んでいた瞬間に解き放たれた欲望をそのままぶつける。

口内にまで押し入る熱が、彼の興奮を隠しようもなく伝えていた。


そのまま体勢を崩させ、両手で太ももを押し開く。

圧倒する力に、ゆりは身を捩ろうとしても逃げ場を失い、呼吸が浅くなる。


蓮の吐息はさらに荒く、キスの合間に熱を漏らした。

強引に唇を吸い上げながら、彼は囁く。


「司の時より、激しく鳴けよ」


ぞくりと背筋を走る声。

その直後。


ゆりの身体が衝撃に大きく跳ねた。

胸の奥まで一気に突き抜けられたような感覚に、思わず喉が震え、声が漏れる。


「―っあ…!」


稲妻に打たれたように神経が跳ね上がり、視界が白く弾け飛んだ。

腰が勝手に浮き、背筋が弓なりに反る。

唇を塞がれたまま、呻くような声だけが空気を震わせた。


蓮の動きは容赦がなく、その荒々しさは司とはまったく異なる。

計算や抑制をかなぐり捨てた、獣じみた熱。

その圧倒的な激しさに、ゆりはただ振り回されるしかなかった。


ゆりの頭の中はもう、ぐちゃぐちゃだった。

何を考えることもできない。

幾度となく押し寄せてくる波に、思考はさらわれていく。


身体の芯を突き抜ける稲妻のような感覚。

全身を痙攣させる衝撃は、休む間もなく次々と押し寄せ、理性をかき消していった。


(また……くる……っ)


「あぁ――っ!あぁっ!あ――っ!」


胸の奥に熱が集まり、下腹から突き上げるように広がっていく。

その予兆に気づいた瞬間、全ての意識は自然とそこに集中していた。

恐怖も羞恥もすべて霞み、自ら身体の力を抜いた。

わざと力を逃がすことで、波が一層大きく押し寄せる。

自分からその熱に呑まれにいく。

無自覚に、ただ「その瞬間」を待ち望む。


「おら…いけよ!…早く…っこっちが…もう…!」


蓮の声は掠れていた。

極限まで昂ぶり、喉の奥から溢れる熱をどうにか抑え込んでいる。

今にも爆発してしまいそうなその刹那。


「んーっ!…ゴホッ…んんっ!!」


突然、別の圧が加わった。

司が迷いなくゆりの頭を掴み、強引に口を塞ぐように腰を押し込む。

喉奥で咽せる声が漏れ、部屋の空気が一気に緊迫した。


「……っ!」


その光景に、蓮の動きは思わず止まった。

限界寸前だった熱は、遮られるように行き場を失い、胸の奥で荒く脈打つ。


「おぉ…っうっ…はっ…はぁ…はぁっ!…あぁッ!」


司はもはや無我夢中だった。

両手でゆりの頭を強引に抱え込み、荒々しく揺さぶる。

押し殺す余裕など欠片もなく、声は獣の咆哮のように荒れ狂っていく。


眼鏡の奥の瞳は焦点を失い、ただ目の前の光景に支配されていた。

理性も立場も、すべて吹き飛ばされ、残ったのは原始的な欲望だけだった。


その様子を目の当たりにして、蓮は思わず息を呑む。

目の前で女を貪る司の姿に、昂ぶりが刺激される。

下半身が痙攣するように震え、限界を告げるように脈打ち、身体は否応なくその光景に反応していた。


「やばい…っでる…っ!!うぅっ…あーッ!!」


蓮の声が裏返り、動きが急激に荒くなる。

猛スピードで突き込まれる衝撃に、ソファが軋み、ゆりの全身が跳ね上がった。


「んんーっ!!んーーっ!!んーーーーっ!!!」


呼吸を塞がれたまま、体の奥から突き抜けるような電流が全身を支配する。

叫びにも似た声が、途切れ途切れに零れた。


司の喉からも、抑えきれない声が迸る。


「くっ…出すぞ…!あぁっ!あぁーッ!!」




次の瞬間、二人の熱が同時に弾けた。




全身を震わせるような圧倒的な奔流が、ゆりの内部と喉奥を同時に支配していく。


視界が真っ白に弾け、息も思考も奪われる。

ただ荒い呼吸と、二人の熱に押し流されていく感覚だけが刻み込まれた。


「ゴポッ…っん…ォェッ…ゲホッ!ゲホォッ……!」


「……はぁー……はぁー……はぁー……はぁー……」


密室を満たすのは、しばらくの間ただその音だけだった。

ゆりの喉を引き裂くような嗚咽と、男たちの荒い呼吸。

言葉はなく、ただ余韻だけが重苦しく漂っていた。


やがて、蓮と司は無言のままワイングラスを取り、赤い液体を喉へ流し込む。

グラスの縁に揺れるワインが、あたかも何事もなかったかのように静かに波打つ。

二人は会話を交わすことなく、ゆっくりと時間をかけて呼吸を整え、衣服を身にまとっていった。


ゆりは、ソファに崩れたまま動けない。

視線は焦点を失い、何も映してはいない。

放心というより、虚無。

熱も痛みも、今はただ遠いところで木霊しているだけだった。


どれほどの時間が経ったのか。

気づけば、蓮と司の姿はすでに元の威厳を取り戻し、身なりもきっちりと整えられていた。

先ほどまでの獣じみた影は跡形もなく、ただ冷徹な支配者の顔だけがそこにあった。


放心状態のままのゆりの前に、真新しいコスチュームが差し出された。

糊の効いたシャツとスカートは、まるでクリーニングから戻ったばかりのように整っている。


最初から計画されていた。


その事実が頭をよぎった瞬間、何とも言えない怒りと屈辱が胸を満たした。


「………………」


声は出なかった。

無言のまま制服を受け取り、震える指で袖を通す。

髪を結い直し、鏡に映った自分の姿を確認する。

制服に身を包むと、皮肉なことに少しずつ“仕事の顔”が戻り、呼吸が落ち着いていくのを感じた。


「すぐにこれを飲みなさい」


司が鞄から錠剤の箱を取り出し、目の前に置いた。


(……緊急避妊剤)


箱に書かれている文字に、呼吸が詰まる。

だが、蓮が何も言わず呼び出しボタンを押した。


「はい、お呼びで」


「水を」


「承知しました」


スタッフが足早に水を持ってくるまでの一連の流れは、あまりに慣れたものだった。


何かと用意周到で、腑が煮えくり返りそうになる。

この部屋で、何人もが同じ目に遭ってきたのだと、嫌でも悟らされる。


「お待たせいたしました」


差し出されたグラスの冷たい水。

ゆりは箱から錠剤を取り出し、半ばやけになって一錠口に放り込む。

水で無理やり流し込み、喉を鳴らした。


その様子を蓮と司が確認すると、ふたりは鞄を手に取り、整った背筋のまま個室の扉へ向かう。


「……では現場で、また会おう」


扉が静かに閉じる音が響き、部屋に残されたゆりは、張りついた制服の袖を強く握りしめた。

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