第10話
「ニア、ハルピュイアを捕まえる手伝いをしてくれないか?」
いつものようにドラゴンたちの魔力抵抗を測定したり、紋様紙に魔法陣を書き写すお手伝いをしたり、ニアもようやく研究員の一員になれたかな、と思えるようになった頃、カルヴィンがニアに声をかけた。
ハルピュイア?と首を傾げていると、近くで同じく紋様紙の量産をしていたマイケルが人間の上半身をした鳥だよ、と説明をした。
「人間に近い見た目から警戒されにくいんだが、奴らは子供を攫ったり、売り物を盗んだりと悪さが多くてなぁ。人間の言葉も通じないから交渉もできないのが厄介なんだ。A級モンスターだからS級にしか討伐に行けないのだが、ルナはこの間完成したS級モンスター用の紋様紙の実験も兼ねて水竜封印に出かけている。人手がないからと、王宮魔術師の俺にまで要請が来た……んだけれども俺は力加減が苦手でなぁ。万が一の時はニアがハルピュイアを制御してもらいたい」
魅了魔法はカルヴィンの見えないところで使えばいいか、そう思ったニアが迷うことなく頷くのを見てカルヴィンはぱっと安心したように笑う。
早速準備してくれ、というカルヴィンの言葉を聞いて作業を中断したニアは、ドラゴンとペガサスを連れていくべく2匹にも声をかけようとした。
魔法は使えるものの戦闘経験の少ないニアにとっての防衛手段でもある2匹と行くつもりでいたのだけれども、カルヴィンはそんな強大な奴らを連れていく余裕は無いぞ、間違えて倒したらどうすると否定した。
「そんな……」
前はドラゴンが居たからこそペガサスを止められたというのに、ドラゴンが居なければなんの戦力にもならない。そう不安に思っていると、その不安を感じとったカルヴィンは、大丈夫だと笑う。
「安全は俺が保証しよう。大丈夫だ。だから俺から離れるなよ」
その約束通り、カルヴィンはニアに防御魔法の入ったペンダントを渡した。万が1の時に1度限りではあるが身代わりになってくれるそのペンダントをぎゅっと握りしめたニアが連れてこられたのは、ペガサスがいた時よりもずっとうっそうとした森だった。強盗が隠れているも言われても見つけられないような深い森からは、色々な獣の匂いが漂ってくる。
森の奥に行くほど強くなるその獣臭に、ニアはペンダントをぎゅっと強く握りしめた。
村で暮らしていた時は、こういう森にはいる時、もっとしっかりと木刀やら木の盾を持って移動していた。その木刀で小さな獣を薙ぎ払って怪我を免れたこともある。そんな経験をしてきたニアにとって、ペンダント一つで歩くというのはどうにも心もとないものだった。
森が深くなり、バサバサと鳥が羽ばたく音がした。その羽音に顔を上げると、巨大な鳥のような下半身に、人間の上半身が着いた、女性らしい顔立ちをした生き物がニア達を狙っているのが見えた。
「あれがハルピュイアだ……複数体いるようだな。気をつけろ」
そう言って魔法剣を取りだしたカルヴィンは木を足場としてハルピュイアに近づいていく。ハルピュイアはカルヴィンの動きに警戒して何も無い上空へ逃げようとするも、それよりも先にカルヴィンが放った雷の魔法に打たれて地面に墜落した。もう一体のハルピュイアが、魔法に警戒して上を向いた隙にカルヴィンの剣がハルピュイアの羽を削ぎ落とす。
圧倒的な実力差を前に、為す術が無くなったハルピュイアたちはどんどんと討伐されていく。
ニアもその様子に呆気にとられていると、パリン、とニアの後頭部付近でガラスの割れるような音がした。何事だと振り向くと、そこにはカルヴィンから逃れたのであろうハルピュイアがニアを攻撃しようと飛び込んできたものの、防御魔法に頭をぶつけてフラフラとしている姿が見えた。
「ひっ」
慌ててカルヴィンの近くへよろうとしたが、カルヴィンの近くには羽を切られ瀕死になりながらも獲物であるニアを狙うハルピュイアが居る。
ドラゴンの時の絶望ほどでは無いものの、死ぬかもしれない絶望に怯えたニアは、ドラゴンの時と同じように使える魔法を次々とぶつけていく。
木に背中を預け、向かってくる2体のハルピュイアにひたすら攻撃をぶつけるものの、モンスターを倒すための魔法の訓練をしていないニアの魔法は致命傷を与えることは出来なかった。
死にたくない。終わりたくない。今死んだら王宮に置いてきたドラゴン達と協力してつくりあげた魔法が完成しない。
今死んだらニアを保護してくれたルナたちとの再会ができなくなる。
安全な村でもう一度暮らし、余生を謳歌する夢も叶わなくなってしまう。
そう思ったニアは、魅了魔法を2体のハルピュイアにぶつけた。その途端2体の勢いはなくなり、ニアに服従するように大人しくなった。
そして、ニアの盾となるように生き残った同種を、仲間であったはずのハルピュイアと対峙して戦い出した。
「今の魔法は……っ!」
こちらを見て愕然とした表情をしたカルヴィンは、何か言いたげに口を開いた。しかし、その隙にもハルピュイアの攻撃が繰り出され話をできる余裕は無い。
とりあえず話ができるまでハルピュイアたちに守られていろ!と叫んだカルヴィンは、2体のハルピュイアと共に他のハルピュイアを倒していく。こちらは封印対象ではないようで、とどめを刺したハルピュイアの素材を黙々とアイテム袋に詰め、一通り周りを蹴散らし安全が保証されたのを確認したあとで、カルヴィンはニアに近づいた。
「……その、これは」
禁忌とも言われる魔法を使ったことに軽蔑されることを恐れて怯えるニアを守るように2体のハルピュイアはカルヴィンに立ち向かおうとする。
その様子を見て、カルヴィンはなるほどな、と納得したように頷き、剣を収めた。その様子に敵意がないと判断したのかハルピュイアも警戒心を弱くした。
「…やっぱり魅了魔法か…ふむ……人間以外にも有効だったとはな」
「……ごめんなさい」
「本当にな!……と言いたいところだが、仕方ないだろう。今見たものと、ルナから聞いている話と合わせると、ニアは自分を守るための最後の手段として使ってしまったのは明白だからな」
色々な魔法をぶつけて撃退しようとしていたのも見えていた……むしろ助けられなくてすまなかったと謝罪するカルヴィンに、ニアはブンブンと首を横に振った。
ごめんなさい、そう言って縮こまるニアの様子に、本気で怯えているのを察したカルヴィンは、どうなだめていいのか分からず、慰めになりそうなことを次々と口にした。
「最初にドラゴンを連れてこなくていいと言ったのは俺だ。だからそんな怯えないでくれ。それにあんなに群れているとは知らなかったとはいえ、連れてきた俺の方が悪いのは明白だ……前にそれでシフォンにルナと一緒に怒られたのに懲りなかった俺が悪い……な?」
だから叱ったりしないし、叱られたとしても俺が庇うから安心してくれ。そう必死に懇願するのを見て、ようやくニアは瞑っていた目を開けてカルヴィンの目を見た。
「それにな、ドラゴンたちもその魅了のおかげで生きているんだ……今水竜を封印するための紋様紙が開発できたのも、ここまで封印魔法の復元が進んでいるのも、そのドラゴン達を制御してくれたおかげだ。その功績を無視して罰しようとする奴がいたら全権限を用いて庇う。約束しよう」
だからそんな顔をするな、と言ったカルヴィンに目元を拭われた。そこでようやくニアは自分が泣いていることに気がついた。
「だが、国とギルドに報告はするぞ。大々的に発表すると悪用するやつが出てくるから、こっそりと。魅了魔法の危険性を改めて周知させる意味でな……もし叱られる時は一緒に叱られるから」
「はい、叱られる覚悟はしています。いつかは話さなきゃと思ってました。……隠していてごめんなさい」
そう頭を下げた時、カルヴィンは仕方がないやつだと可笑しそうに笑った。
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