猫と喋る

三葉

 飼っていた猫が喋った。

 昨日、職場から帰ってきて、いつも玄関にいるのにも関わらず今日はいないことを不審に思い、リビングに入ると、飼い猫は横になっていた。

 寝ているだけだと思った。

 私は「かぼす、帰ったよ」と言って、彼女のそばににじり寄った。

 それでも反応がなくて、手をその柔らかな表面にそっと当てると、まるで「モノ」を触ったみたいに硬く、冷ややかだった。

 私はかぼすは死んだのだと感じた。

 寿命的に考えても、おかしくはなかった。

 十三歳、かぼすはすでに猫の平均寿命に達している。

 私はただ茫然と、その塊を撫でるしかなかった。

 しかし、そのまま今朝を迎えると、ふいにかぼすが目を覚ました。

 目を覚ました、というよりも先に、喋っていた。

「おはよう」

 聞いたことがないはずなのに、デジャヴを思わせるその声が、自分の足元からした。

 かぼすの方に目を向けると、かぼすは私の顔を見て「おはよう」ともう一度言った。

「おはよう」

 反射的に、私はかぼすにそう言っていた。

 かぼすとの初の言葉を介した会話だった。

 私はかぼすに触れた。

 かぼすは温かかった。

 かぼすは私を不思議そうな目で見ていた。

 そして「どうしたの?」と可愛らしい声で訊いた。

 きっと夢なのだと思う。

 私が私に見せている幻想なのだと思う。

 でもそれは悪くない幻想だった。

 私は涙を流しているのかもしれなかった。

「なんでもないよ」

 そう言って、私はかぼすに朝食を用意した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る