7月

第20話 出撃

 梅雨が明けると、流石に教室にもエアコンが入った。まだ蝉は鳴かないが、湿気の残った強い日差しが日増しに鋭さを増し、降り注ぐ。


 土曜日。半日で授業が終わると、生徒はそれぞれ部活や塾へと各々移動を始める。修一は――訓練だ。


「の前にメシだな」


 学食で薄いカツのカツカレーでも……と教室を出ると、目の前にサキが立っていた。


「仕事」


 修一はため息をつく。


「メシ食ってからで、いいか?」

「ダメ」

 サキは持っていた紙袋を修一に渡す。「移動中に、それを食べて」


 重さから察するに、またシュークリームだなこれは……。


「前に説明したように、ここしばらく仲間割れと思われる戦いが続いてた。――けど、」

「異変があった?」


 サキは頷く。


「数日前から、1体のビーストが入り込んでいる。それが、他のビーストを全て駆逐してしまった」


 修一は息をのむ。


「それはもしかして――」

「権瑞じゃない」

 サキは首を横に振る。「でも、相当強いビーストであるのは間違いない」


 ……安心して良いのか、不安になれば良いのか。


「奴は今も、移動せずに街中に留まっている。これ以上、強くさせるのは危険。二人がかりででも、叩く。それが今日の仕事」

「……了解だよ」


 修一は歩きながらシュークリームを口に押し込む。


 二人がかりといっても、こちらには縛りがある。敵がサキを狙って結界を展開した場合、修一にはそこに介入する手段が無い、という事だ。敵が各個撃破を目論んで、サキを優先に片付けようとした場合は厄介な事になる。……だから、そうならないように、立ち回らなければならない。


「で、場所は?」

「今転送した」


 腕の端末を叩き、地図を呼び出す。未登録のビーストは、赤い点で表示される筈だ。その位置を見た修一は、思わず声を上げた。


「ここって――」


 繁華街のド真ん中。週末の昼間である。二人は知らなかったがボーナス商戦真っ只中という事もあり、人出は普段以上だった。


「別にどこだろうと関係無い。結界に入ってしまえばね」


 サキはあくまで普段通りだ。


 ……確かに。それに人が多いからといって、それが目くらましにはならない。ビーストの気配ならば修一も感知できるようになっているし、端末もある。擬態して人混みに紛れていようが、見逃す事はあるまい。


 二人は、とあるビルの前で足を止めた。顔を見合わせて、頷く。


 古ぼけた、細長いビル。こういうのをペンシルビル、というのだろうか。入口にひと気は無いが、ガラス戸を押すとあっさりと開く。


「……まさか、人間として働いてるってんじゃないだろうな」

「それはない」

 サキが郵便受けを確認しながら言った。「入っているのはチラシばかり。会社の名前とかも書かれていない」


 それはつまり――。


「このビルは、廃ビルの可能性がある」

「廃ビルって……鍵、開いてたじゃないか。電気だって――」


 言った瞬間、ポン、という電子音に二人は弾かれるように振り向いた。その先にはエレベーターが二人を誘うようにその狭い口を開けている。


 二人は再び顔を見合わせた。誘われているとしても、行かない訳にはいかない。


「階段は?」


 エレベーターの脇に、鉄の扉がある。おそらく階段の入口だ。鍵がかかっていたとしても、壊すのは造作も無いだろう。


「多分、それは予測されてる。何かしら罠がある可能性が高い。開けたら爆発するとか」

「冗談だろ……」


 もしその予想が当たっていた場合自分らは爆発に耐えられたとしても、問題はそれがこちらの世界における破壊行為である、という事だ。


「むしろここは、相手の誘いに乗ってみるべき。……ちゃんと、案内をしてくれている」


 サキがエレベータの中を覗き込むと、最上階のボタンが光っていた。そこに来い、という事か。


「……ご親切な事で」


 ジタバタしても仕方がない。覚悟を決めて、エレベータに乗り込む。<閉じる>ボタンを押すまでもなく扉が閉まる。次の瞬間、二人が乗った箱はまるでバネにでも弾かれたような勢いで上昇を始めた。上からのGに体が床に押し付けられる。


「~~やっぱり!」


 最上階は9階だ。この勢いでは直ぐに到達して、天井に叩きつけられるだろう。


「チャンスはぶつかった瞬間。分かってるわね?」

「了解だよ!」


 返事をした途端にエレベータは9階に到着し、凄まじい勢いで天井に激突した。――その一瞬、押し付けられていた体が浮いた。


「せーの!」


 二人は同時に壁を蹴り、扉を破って室内に転がり込む。


 狭い部屋だ、と思った。幅が狭く、奥が長い。エレベータは部屋の端にある。もう一方の端に、人影が立っていた。


 ――背むし男?


 窓からの光で、シルエットになった小さな影。そう思った。


「よく来たなぁ、お前ら」


 その影はククッと笑った。


「オレはエルってんだ、宜しくな。そして――」

 左腕の影が膨らんだように見えた。「さよならだぁ!」


 砲弾が打ち出されたかのような勢いで影が飛んでくる。そこから飛び出した細長いものを二人は辛うじて避けた。影は二人の間を抜けると、破壊されたエレベータの前に立つ。


 見た目は、人間だ。左腕の肘から先が巨大化し、指先から針なのか刃なのか、鋭い爪が伸びているのを除けば。……いや、それ以外も異形だ。せむしの為か上半身が大きく、下半身が小さく見える。だが、先ほどの勢いをみるに、下半身が弱い訳ではないだろう。


「――結界!」


 サキの声にハッとして、端末に手をやる。が、修一は目を疑った。男がその異形の右腕を横に伸ばした――と思ったら、その姿がスッと消えていったのだ。


「……どういう事だ?」

「分からない。気配も消えた」


 サキは自分の端末も操作し、いつでも結界が展開できるようにする。嫌な予感がするのだ。修一と自分、どちらの結界などと言っている場合ではない。

 周囲を警戒するサキの後ろの空間に細い線が入った。薄暗いこの空間ではほとんど見えない位のものだ。そして――。


「後ろだっ!」


 修一はサキの腕を掴んで引き倒す。そのすぐ上を、何かが通り過ぎた。爪だ。あの男の。


 修一は目を見張った。何もない筈の空間から、男の腕だけが飛び出している。甲高い不快な笑い声と共に、その空間がグイっと開いた。


「バァカがぁ! 結界なんかよぅ、展開させてやるもんかよ!」


 言うだけ言うと再びそれは閉じ、男の姿は消える。


「何だよ、あれは……」

「多分、あれも結界、だと思う」

「何だって?」

『そうね。サキの言う通り』


 突然端末から倫子の声がして、修一は仰天する。


『権瑞程の力があるとは思えないけど、特殊な結界を展開できる能力を持っている可能性が高いわね』

「特殊な結界って――」

「分からない。けど確実に言えるのは、自分の結界の中と外を、自由に出入りできるという事」


 あの隙間か!


 サキが扉を作るように、奴は隙間を作って結界を出入りしている。そういう事か。


 しかし――どうする? 想定外の事態だ。結界を展開するには、ある程度の時間が必要だ。だがその時間を与えて貰えそうにない。


「――横っ!」


 サキの声に弾かれるように床を転がる。直前まで修一が居た場所を、爪が抉る。畜生! 考える余裕も無い。


「奴の結界に入るしかない」


 中に入り、そこで戦うのであれば修一を呼び込み、奴が外に逃げたら修一が結界を展開する。だが――。


『中に入るのは、ちょっち苦労しそうな感じよ』

 キーボードを叩く音を背景に倫子が言う。『結界はそう広くなさそうね。だけど、何か不安定。フワフワしているっていうか、奴と一緒に移動しているって感じ』


 一緒に、移動している? そんな事が――。だとしたら、


「入る為の扉が作れない」


 サキは唇を噛む。どこからか、男の笑い声が聞こえてくる。


「お前らはよぉ、くっだらねぇルールに縛られて、そっちじゃ変身できねぇんだろぅ? だったらよぉ、変身させねぇまま殺してやるよぉ!」


「――変身の許可を」

『ダメよ』

 サキの要請を倫子は即座に拒否する。『こっち側では変身しない事。それが、人間との契約だから。それを破ると、これまで築いてきた事が全部無駄になるわ』


 そうは言っても――。


『何とかなさい! 男の子でしょう!』


 そんな無茶な、と思いつつ、修一は爪の攻撃を躱す。と、閃いた事があった。サキに声をかけて、背中合わせになり部屋の中央に立つ。互いに周囲を180度ずつを警戒する形だ。


「確かに基本の体勢だけど……」

「だろ? 避けてるだけじゃジリ貧だ。どこから攻撃してくるかを、一早く見つけないとな」


 サキは無言で、意識を集中する。ビーストの視力をもってしても、空間に細く開くあの隙間を見つけるのは容易では無い。


 その時、二人の背中の丁度中間の空間に、細い線が入った。それは上下に徐々に伸びて、隙間から爪が覗いた。音も無く腕全体が隙間から出ると、修一に向けて振り上げられる。そして――。


「……狙い通り!」

 修一は振り返り、隙間から伸びた腕を掴んだ。「そうくると思ったよ!」


 一本背負いの要領で、隙間から男の全身を引きずり出す。驚愕に歪んだ男の顔が眼の前を過ぎる。


 ――このまま、床に頭を叩きつけてやる!


 が、修一は目を見張った。叩きつけようとしていた先の床が、

 コイツ、どこにでも結界の入口を作れるのか! ……だけどこれは逆に、相手の結界内に入るチャンスなのでは? 腕を抱えたまま一緒に――。


『危ない戻してっ!』


 倫子の声が聞こえたと思った次の瞬間、修一は腰の辺りをぐいっと引かれた。


 疑問を感じる余裕も無いまま、相手の体だけが開いた先の空間に消えていき――巨大な刃物が閉じるような音と共に、一気に閉まった。


 修一はそのまま弓なりに反対側の床に背中から叩きつけられる。


「ぐへっ!」

 カエルが潰されたような声が思わず漏れた。「何だよ、一体――」


「あいつ、自分ごとあなたを切断しようとした」

「自分ごとって――?」


 言いかけて、自分が相手の腕を抱えたままだという事に気付いて慌てて放り出す。それは床に落ちる寸前で霧散した。


「そう。結界への入口をハサミのように使って」

 サキは両手の掌をそれに見立ててパン、と合わせる。「引き上げなければ、今頃あなたは一刀両断」


 修一は想像してゾッとする。……つまり、相手は修一の作戦を読んでいたという事か。思ったより頭の良い相手なのか。


「でもおかげで、時間が稼げた」


 サキの言葉に、修一は顔を上げた。


『――位置を送ったわ』


 倫子の声と同時に、端末が音を立てる。位置情報? 何の?


 突然サキが駆け出し、窓を開けると外へとジャンプした。下には多くの人が行きかい、車が走っている。しかし誰も、上を見上げる事は無い。目指すは、通りを挟んだ向かいのビルの屋上! 


 ワイヤーを発射し、一気に距離を詰める。


「……居た」


 視界に捉えたのは、柱の陰に隠れる一人の男。男もサキに気付き、顔をこちらに向けた。


 ――結界展開!


 男に向かって飛び込みながら、サキは端末を操作した。

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