第19話 分裂

「――仲間割れ?」


 修一が思わず上げた声に、倫子は頷いた。


 理科準備室の結界内。訓練を終えて部屋から出ると、倫子がカウンター席に座り、眉間に皺を刻みつつパソコンの画面を睨みつけていたのである。


「……どういう事です?」

「そのまんまの意味よ。ビースト同士で殺し合い。ま、ビーストとしては一番健全な争いね。……目的があんたでなけりゃ」

「要は、先を越されまいと足を引っ張りあっている、という事」


 ウイスキーのグラスと新しい灰皿、ジンジャーエールの瓶と氷の入ったコップを置きつつ、サキが言う。


「ここ最近、近くでの未登録ビースト反応が増えてるの。でもしばらく経つと半減して、また増えるって事を繰り返してる。この事象から考えられる事といったら――?」

「戦っている……それが、仲間割れって事ですか」

「そゆこと」


 倫子は片目をつむる。


 しかし、放っておいていいものなのだろうか。未登録のビーストなら、保護対象という可能性もあるのでは。


「自分から、火の中に飛び込んで行きたいならどうぞ?」


 そんな疑問に対して倫子はアッサリと言い放つ。


「あたし達は、ビースト同士の戦いには基本不干渉。しかも今回は明らかにあなたを狙った不自然な行動。だから、行く必要はなんかないわよ。まぁ、こうなるんじゃないかなーって、思ってたんだけどね。権瑞達の組織、正直組織っていう程一枚岩じゃないし」


「でも権瑞は、それも計算済みの筈」

 と、サキが口を挟む。


「そうね。勝ち残ったビーストは、かなりの力を持つ事になる」

「……そうなんですか?」

「あれ? 言ってなかったっけ」

 倫子は修一に向けてフッとタバコの煙を吹き付け、「ビーストが相手の遺伝子を欲するのは子孫を残す為だけど、要は遺伝子から相手の持つ力を手に入れて、それを引き継ぐって事なのよ」


「つまり、相手を殺せば殺す程、強くなる?」

「御名答。あんたも食べてみる? ビーストの心臓ハツ


 ……牛や豚じゃあないんだから。


「そういえば、サキも前に――」

「私は、ちょっと違うから。心臓を食べても、強くはなれない」

「……そうなのか。なら何で――」

「はいストップ。今大事なのは、これからどうするかを考える事よ」

 倫子は灰皿にタバコを押し潰す。「でしょ?」


「……仰る通りです」

「よろしい。で? 変身はできるようになった?」

「えっと――」


 突然の質問に、言葉に詰まる。


「とりあえず片腕だけ。左腕だけなら、自分の意志で変身できるようになった」


 サキの言葉に倫子が確認するように睨んでくるので、修一は慌てて首を縦に振る。

 実際、2回変身して慣れた――という訳でもないだろうが、訓練でも変身ができるようになっていた。


「フム、――まぁ仕方ない。そこはまだまだ課題ね。でもさっき言ったように、多分今後襲ってくるのはそれなりに力を持った奴なのは間違いないわ。そういう奴らがまず考える事といったら――」

「私と彼の分断」


 倫子はゲッツポーズをサキに向かってキメる。


「ま、以前も権瑞が同じような事をやってきたけどね。あの時は幸い何とかなったけど、実際、やられたらかなり厄介よ? だから――」

「早いとこ、全身変身できるようになる必要がある、でしょう?」

「……分かってるなら、よろしい」


 修一の言葉に鼻を鳴らし、倫子はウイスキーをあおる。


「ただまぁ、そうそう二人がかりで来るような奴らがいるとは思えないけどね」

「――どうしてです?」

「ビーストは基本、単独行動を好むから」

 言いながら、サキは新しいグラスをカウンター置く。「それに、もし二人がかりでの戦法が成功したとしても、成果を得られるのは一人だけ。……わざわざ、ババを引くような輩がいるとは思えない」


 道理である。成果を得られてはたまらないが。


「……もし、また権瑞が出てきたら、どうします? サキでも、勝てなかったんでしょう?」

「それなのよね」


 倫子は咥えタバコを上下に揺らす。


 あれからずっと考えていたが、どうにも権瑞の真意が見えてこない。それでいて周囲の動きは、権瑞の描いた通りになっている。それは間違いない。グラスを拭いているサキの方に視線をやる。権瑞がサキを狙い、それでいて殺さなかった理由。何もされていないのは、確かめた。だが――何かが引っかかる。


「……先生だったら、勝てるんじゃないんですか?」

「あったり前じゃないの。ワンパンよ、ワンパン」


 倫子は灰皿にタバコを押し潰す。


「だったら――」

「権瑞の目的が、この人を引きずり出す事だとしたら?」


 サキの言葉に一瞬詰まった修一だったが、


「でも、ワンパンなんだろ? 問題ないじゃないか」


 サキはグラスを置き、ため息をつく。


「残念だけど、ワンパンは流石に無理だと思う」

「何よぅ、あたしの事が信用できないっていうの?」

「……権瑞は、強い」


 サキの言葉からは実際に戦った者の重みが感じられて、修一は思わず唾を飲み込んだ。倫子がどんな反応をするかと思ったが、彼女はゆっくりと新しいタバコに火をつける。


「権瑞って言いなさいよね」

「……そんなに、ですか」

「まぁね~。ワンパンってのはちょっち言い過ぎたかな。あ、負けはしないわよ? でもまぁ、それなりに時間はかかるかもね」


 いつも飄々としてる倫子が素直な物言いをする時はそれが事実であり、かつ想定以上の可能性がある、という事だ。修一もその程度は分かるようになっていた。


 まとめると、だ。


 権瑞が最終的に求めているものは、修一の心臓。修一の変身を促がす為に仲間をけしかけ、争わせて、より強いものをぶつけようとしている。――そのついでに、長年の確執がある倫子とも、決着を付けようとしている、という事か。


「後者はホントについで、でしょうけどね」

 倫子はウイスキーをぐっと飲み干し、「いざとなったら、あたしも出るわよ。あいつの思惑に乗るのはシャクだけど、虎穴に入らずんば、って奴ね」


 最終兵器倫子、か。そうなった時は、こちらにはもうそれ以上の手が無い、という事だ。そうならないように――とは思うが、現時点では、祈る事位しかできない。


「ま、端末のアップデートもしたしね。権瑞の結界内でも使える筈。何かあったら、すぐ連絡すること。それと――」

 倫子はぐっと顔を寄せて、「あんたは勉強も、ね。中間テストの結果、見たわよ?」


 修一は意表を突かれて口ごもる。


「三年のテストなんて、オマケみたいなものじゃないですか……」

「ダメよ! あんたはあたしが預かっているんだから。成績が悪くなったら、あたしのせいにされちゃうんだからね! あのオヤジに嫌味を言われたらあんた、どう責任とってくれんのよ」


 あのオヤジって……店長の事か。


 正直、知るかいそんな事、という感じだった。別に、進学する訳でもないのだし。


 ――進学、か。


 ふと、片桐翠と交わした会話を思い出す。


 音楽関係でないにせよ、彼女は進学するのだろう。卒業してしまえば、二度と会う事も無いのかもしれない。連絡先、削除はしていないが、こちらから連絡はしていない。向こうからは一度だけ、連絡が来た。監視は外れたと聞いたけどまだ時々見られているような気がする――というもので、気のせいだろう、と短い返信をした。以来、連絡は無い。


 それでいい、と思う。共通の話題など、ビースト関係のものしかないのだ。連絡が無い方が良い、という事なのだろう。


 ――と、


 パンッ! という何かが破裂したような音がして、修一は我に返った。


「な、なんだ?」


 見ると、サキがカウンターの中で下を向いて固まっている。手に布巾を持っているので、グラスを落としたのか。


「……ごめんなさい」


 いや、と修一は手を振り、


「滑ったのか?」

「……そんな感じ」


 サキは大き目の破片を拾い上げ、目の前でゆっくりと回しながらそれを眺めている。普通なら危ない、と言うところだが、サキなら問題はあるまい。しかし、サキでもそんなうっかりミスのような事があるのか。それが少し意外だった。


「――今日は、ここまでにしましょう」


 倫子がパソコンを閉じて言った。


 ◇ ◇ ◇


 修一が結界を出ていくと、倫子は険しい顔で口を開いた。


「厳しいの? 体」

「……時々、痺れるような感じになる」


 サキは右の掌を開閉しながら答える。


「そう。――まだあと一か月、もう一か月、か。……それまでに、ある程度はカタを付けたいわね」

「……こっちから、権瑞に仕掛けるというのは?」

「あいつの居場所がぜんっぜん分かんないんだもの。どうせ、決まった拠点なんかないだろうし。ちょっと、放っておき過ぎたかもね。そこは、反省しないと」


 倫子は改めてタバコに火をつけ、煙をふうっと吐き出す。


「あなたも、いいわよ。――お風呂に入ってらっしゃい」


 サキは頷いて、浴室へ移動する。その姿を見送って、倫子は灰を叩き落とすと呟いた。


「いい加減、決着を付ける時、か。……確かに、そうかもね」


 風呂といっても単なる湯浴みではない。サキの体を保つ為の薬液に浸かるのが目的だ。白く濁った薬液からは湯気のようなものが上がっているが、それは身を刺すように冷たい。サキはそのまま、無表情に浸かる。


 ――肌から、薬液が沁みてくるのが分かる。それは体の現状が良くない、という事だ。先程のような痺れだけではない。枯れた葉が舞い散るように剥がれ落ちる表皮。爪の強度を下げる細かな亀裂。寿命が近いという事を、否が応でも意識させられる。


 眼を閉じて薬液の中に、全身を沈める。体の力を抜いて、浮力に身を委ねる。サキは表皮を変えた。制服に擬態していたものから、人間の肌そのものに。


 特に、意味は無い。ただ、から……。


「……何を、しているんだろう、私……」


 そう呟いたサキの口から、小さな泡が浮かんで消えた。

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