第1話 転校生


 1973年10月25日 北海道恵庭えにわ


 10月の空は鉛色に曇り、冷たい風が街路樹の葉を震わせていた。


 恵北高校の正門の前に、一人の男が立っていた。

 身長180センチの長身。細身の学ランは上のボタン2つを外し、長めの髪をポマードで撫で付けオールバックに。そして両手をズボンのポケットに突っ込んでいる。


「……とんでもねぇ田舎だな。あたり一面畑じゃねぇか。はぁ……福生ふっさに帰りてぇ」


 小さく吐いたため息は白くにじんでいた。

 


———


 4時間目のチャイムが鳴る直前。2-Bの教室の戸が開き、先生が転校生を連れて入ってきた。


「おーい! みんな座れ! えー、今日からこのクラスに入ることになった。東京から来た、えーと……なんだっけ? 」


 すると大きく息を吸い一気に声を吐き出した。

 


「"加藤 尽かとう じん"だ! ヨロシク! 」

 


 黒板の前に立ったまま、にやりと右の口角を上げた。



 教室がざわつく。

 


「ヨロシクじゃねぇべ! なんで4時間目に来てんだ! 」

 

「初日から遅刻って、どういうつもりよ! 」


 尽は鼻で笑った。



「うるっせぇなぁ。田舎すぎて道に迷ったんだよ。畑ばっかで目印が、なんもねぇんだからよぉ! 」


「田舎だぁ? 気取ってんじゃねぇぞ、コラ! 」


 椅子が軋む音。数人が立ち上がりかけた瞬間、尽は鋭く睨み返した。

 


「やかましい! 文句あんなら後でまとめて来いや! 」


 シーン……と空気が止まる。

 


 先生は苦笑いを浮かべて手を打った。

 

「はいっ! じゃあ解決したってことで。文句ある人は後で個別にやってね。加藤はあそこ。一番後ろの窓側な」


 スタスタと歩き席に座る尽。


「くそったれ……お前ら、放課後やるぞ」


「おう! 」


 そんな声が聞こえてきたが、窓の外に目を向けながら、全く気にしていない。


 そんな様子を見ていた二人がいた。


「おい、修司しゅうじおもしれぇヤツが入ってきたな? 」

 

「あぁ、かなりのバカだ。ははは」



——放課後

 


「ちょっとツラかせや」


 校門を出ると、さっきのクラスの奴が待ち構えていた。角刈りでゴツい男だ。


「いいぜ」

 

 校舎裏の空き地についてきた尽に、声が飛んだ。


「おいっ! 加藤! 」


 振り返ると、そいつの仲間2人も立っていた。


「逃げても無駄だ! 」

 

「誰が逃げるって? あぁん? 」


 背後から2人。あっという間に3対1の構図になる。


「くっくっく……3人でかかれば勝てると思ってんのか? 」

 

「余裕ぶってんじゃねえよ! 袋叩きにしてやるよ! 」


 拳を握る音が、ギュッと鳴る


 そこに割って入る声


「ちょっと待てや! さすがに3対1は卑怯だべ? 」

 

「助太刀するぜ」

 


 近づいてきた2人に、相手が顔色を変えた。

 


「くっ……宏美ひろみ修司しゅうじ! 」


 その瞬間



宏美「誰がヒロミだ! コラァーっ!!!! 」


 と叫び、上段回し蹴りが、唸りを上げて1人の側頭部に炸裂した。派手に吹っ飛んで、砂利の上に転がる。


宏美「クソがっ! 女みてぇな名前つけやがってクソ親父おやじ! 」


修司「あ〜あバカだねぇ、コイツに下の名前は禁句だぞ」

 

 もう1人が怒鳴った。


「ふざっけんなっ! 」


 怒号とともに、相手が修司に飛び掛かる。

 しかし修司は軽く身をひねってかわし、左の下段蹴りで足を払う。


 体勢を崩したところに、右の後ろ回し蹴りが後頭部に決まり、相手はそのまま沈んだ。

 


修司「おしっ、残りはタイマンでやれや! 」



尽「誰だ? クソッ! 余計なことしやがって」

 


修司「まぁ、そう言うなや」


 尽が修司の方を向いているとき、最後の男が勢いよく踏み込む。



「調子に乗んなよっ! 」

 


 尽が振り向いた瞬間!

 


 渾身の右ストレートが尽の顔面に炸裂。鈍い音が響く。


  ゴンッ!!

 


宏美「あっ、バカ……油断しやがった」

 

修司「モロに入ったな……」

 


「よっしゃ! ざまぁみやがれ! 」

 

 勝ち誇る声が響いたが——


 尽は崩れなかった。

 


尽「……なんだ、それが全力か? 」


 冷たい目をした尽が、相手の頭をがっしと掴み、顔面に膝蹴りをぶち込む。


 ドガッ!

 

 そしてトドメの頭突きチョーパン


 ドゴォッ!


 相手は膝から崩れ落ち、そのまま倒れた。

 


 尽は親指で鼻を抑えて鼻血をフンッと吹いてから言い放った。

 

尽「けっ……こんなもんか、田舎もん! 」


 修司がにやりと笑った。

 

修司「おう、お前やるなぁ」


 宏美も拳を握り直しながら続ける。

 

宏美「本当に3人やれたかもな? 」


尽「うるせぇ! あたりめぇだ! 」

 


修司「まぁまぁ、熱くなんなよ。仲良くやろうぜ? 」



尽「くだらねぇ! どうせ俺は卒業したら福生ふっさに戻るんだ。俺に構うな」

 


 背を向け、颯爽さっそうと歩き出す尽。


 俺は一匹狼。


 お前らなんかと何があっても群れねぇ!


 その強い意志を背中で語っていた。

 



 しかし、その背中に宏美ひろみの声が響いた。

 

 


宏美「なんだよ。せっかくこの後、ピンク映画観に行こうと思ってたのによぉ」

 


 ピタリと足が止まる。

 


尽「……あ、あるのか? この田舎街に——」

 


宏美「ああ、一軒ある。けど来たばかりのお前じゃ、場所は見つけれねぇな」

 


 尽はゆっくり振り返り、白い息を吐いてニコッと笑った。


尽「そうか、そこまで言うなら仕方ねぇな。一緒に行ってやるよ! 俺の名前は、加藤 尽かとう じんだ! ヨロシク! オメェらは? 」


修司「そんなに言ってねぇけどな、まぁいいや。俺は武田 修司たけだ しゅうじ! で、こっちは八尋 宏美やひろ ひろみだ! 」


宏美「修司! 下の名前を言うんじゃねぇ! 」


 宏美が強烈な二連蹴りを繰り出すが、修司はひょいと避ける。


修司「はいはい、ごめんなさいね」

 

宏美「くそっ、ちょこまかと……! 」


 尽は吹き出した。

 

尽「ははっ。やるじゃねぇか、おめぇら。ま、いいや。早いとこ映画館行こうぜ! 」

 


 宏美がニッと笑ってうなずいた。

 

 

宏美「おう、任せとけ! 今いいのやってるぜ」


 秋風の中、ピンク映画を観に行くバカ三人の影が並んで伸びていく。


加藤尽17歳。

まだ彼は知らなかった。

この腐れ縁が40年を過ぎても続いていくことを……。

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