第1章 ぼろぼろの歌姫と謎のねこ

第1話 前編 灯りの消えた街


https://kakuyomu.jp/my/news/822139840593005949



—————冬。とある港町の夜


煉瓦造りで古びた、だけどどこか味のある店舗が続き

ウッド製の歩道に凝ったアンティークのような街灯。

だけど、もうここ数年、それらに明かりが燈る事はなく、代わりに遠くそびえる異様な摩天楼だけが、冷たいネオンを吐き出し、闇を照らしている。

スマートシティ計画。と、言えば聞こえは良いが、要は電力不足を補う為、あらゆる商業施設を摩天楼に集中。下町は斬り捨てられたのだ。

そう、ここは灯りの消えた街。

そんな中、私は路上で唄う。唯一の友達である、黒いねこ「月影」を、マイク代わりに抱き締めて


♪みんなの笑顔が私の幸せ、ねえ、もっと見せて、その眩しさで世界を征服しちゃおうよ♪


凍える指先が震え、吐息が白く凍る。

素足は路上の冷たさに感覚を失いかけている。


「お、誰か歌ってんじゃん! 行ってみようぜ」

「マ!? 声ヤバくない♪」


ちゃらちゃらとした若いカップルが、最新型の光るイヤーカフを耳に、光る瞳でこちらを見た後、 脳内通信を始めた。

男(は?世界征服?何言っちゃってのこいつ。にしてもひでえ恰好だよな、臭ぇし絶対脳無しだろ)

女(ウケル!脳無しが笑顔で世界征服だってwあ!だからこの寒いのに素足なん!?)

二人は顔を見合わせ

『ぎゃははははっw』

私を指をさし、腹を抱えて笑い合う。歌声が、僅かに震える。

(マジカヨ!スクショしとこーぜ!あーイイもん見させて貰ったわw…ん、何だ、あの黒いの)

(もう、笑い過ぎて征服されるんですけどwえ?何あれヤバッ!キッショ!!)

そして私と月影を見比べまたもや大爆笑。

そう、私は心の声を聞く事が出来る。ちなみに脳無しというのは、ICチップの無い人の事を指す。それがあれば様々な恩恵が受けられるのだが、莫大な費用と維持費が掛かる為、私の様な孤児には大抵無い。

だけど、私には月影がいる。その想いを唄に換える事が出来る。

だから、こんな陰口なんかに、負けずに唄える。

っ—————♪

(うわっ、もしかしてあいつ泣いてね?)

(ま!?涙目なってんじゃ~んwうちらの会話聞こえちゃった~?ごめんね~w)

(くっそ面白えけど、くっそさみぃし『美味美味クラブ』にでも行くか?)

(ま!?やった♪いこいこっ♪…っにしても、あんな格好で人前出られるとか、メンタル鬼ヤバ~! 近寄ったら変な病気感染るかも!)

そしてぎゃははと神経を逆撫でするように笑い、悪びれもせず言い放った。

「いやー笑わせて貰ったわw」

「鬼寒いだろうけどぉ~頑張ってねぇ~♪」

ネオンの光に照らされた、はしゃぎ合うシルエットが、摩天楼へと溶けていく。

置いた缶は空のままだった。


♪ みんなで一緒に手を繋ごう、きっと世界を変えられる ♪


誰もいない路地に、震える声が吸い込まれ、止まる—————

ぽたりと雫が落ちたその場所に


みゃ~


ふと足にまとわりつく、柔らかくて心地のいい感触。茶虎のねこがすり寄っていた。

心の棘が嘘の様にスッと消え、口元が綻ぶ。


「ふふ、今日も聴きに来てくれたの?ありがとね」


茶虎は「みゃ~!」と小さく鳴いてちょこんとお尻を下ろし、しっぽをふわっと巻きつけて座る。その姿は私の歌を本当に待ちわびているお客さんの様。ゴロゴロと喉を鳴らす音が、冷たいコンクリートの路上に響いて、なんだか心がポカポカしてくる。


(…良かったな、最古参のファンじゃないか)


月影が語り掛けて来た。

(うん、この子だけだよ、私の心の癒しは)

少しだけ意地悪く、そう返すと

(…そうか)

っと、寂しそうに呟いくので

(ふふ、もしかして嫉妬?)

(…まさか。お前の幸せが、俺の何よりの幸せなんだぞ)

からかおうとしたのに、そんな恥ずかしい台詞を平然と言い放って来るから、逆にこっちが照れてしまう。

茶虎が「にゃう?」と首を傾げ、まるで「どうしたの?」って聞いてるみたいだから

「そ、それじゃ唄うね!聴いてください、『笑顔が見たいの』」

バカな話だけれど、そんな想いを掻き消す様に私は唄った。


♪君の笑顔がみんなの幸せ、ねえ、もっと見せて、愛くるしさで世界を支配しちゃってよ♪


茶虎のふわふわなしっぽが、歌に合わせてリズムを取るようにピョコピョコ揺れる。

その愛らしい応援が、凍えるようなこの世界で、ちっちゃな幸せの灯りを燈してくれる。

でも…

逆にそれが私の心を締め付けた。茶虎の、そのガリガリ姿はまるで、もうすぐ終わってしまう生を、今だけ全力で謳歌しているように映ったから。せめて少しでも楽しんで欲しくて、心を込めて唄った。


パチパチパチ


曲が終わったタイミングで、叩かれる手の音にパッと心が弾んだ。






…その音の先にある物は、希望か、それとも…



次回予告


「もし…雇って頂ければ…この子と一緒に暮らせますか?」

「はい、勿論ですとも!貴女の為に、素敵な部屋をご用意しましょう♪」

その言葉に再び心がトキメイタ

「さあ、こちらです!これからきっと、世界が変わりますよ♪」


次回 第2話 灯りの消えた街・中編



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