プロローグ

2222年—————ここは、ねこによって征服された世界

人類が、ねこや他の動物達の下僕と成り果てた世界


ゴミと異臭に満ちた川を見たねこは言った。

「ゴミ共、ゴミ掃除の時間にゃ」

人類は抵抗した。

「はっ、誰がねこなんぞに従うか!」

しかし、ねこは巧妙だった。

「ゴミ一個に付き…1万くれてやるぅ、ごみぃ」

人類は、嬉々としてゴミを奪い合った。

「そいつぁ俺んだぁ!!」

「黙れ、俺が先に見つけたんだ!!」

どぶ川が清流になるのに、一日も掛からなかったという。

恐るべし人類の団結力であった。

しかしこうして…世界はねこ達に乗っ取られていく。


にくきゅうや歪の天敵である道路は破壊し尽くされ

景観を損ねる建物は解体し尽くされ

大草原とお花畑に生まれ変わった。


こうして全てを奪われた人類は、山地に掘られた「トンネルハウス」での暮らしを余儀なくされ

果樹園や段々畑をこしらえつつ、ねこ達の面倒もみるという過酷な日々に、何故か癒されていた。


ねこ達のきまぐれはまだまだ続く


「蜜蜂様が死ぬにゃ」と農薬を前足でマントルにそっと落とし

戦争は「シャー!五月蠅い!」と兵器にスプレーし、砂を掛けた。

「こんにゃもん食えん」と紙幣を爪でびりびりにし、あったか~♪と焚火にしてしまった。


お昼寝に飽き、暇を持て余したねこ達により、人類はアゴでコキ使われた。


「地球をお散歩したいにゃ🐾」とあざとくねだられ「世界お散歩道」を築き

「轢かれるじゃろがいっ!」と安全な「地球にゃーキット」を築かされ

「高いところ好きだけど~降りるの面倒」っと「にゃんぐらいだー」の発着場をほとんどの山にひぃひぃ言いながら築くのだった。


こうして世界は、ねこ達の巨大な遊び場と化していき人類は虐げられた。

しかし革命が巻き起こる。

「お世話」のご褒美として人類にも使用が許可されたのだ。

人々は地球が揺れる程喜んだ。


想像してみて欲しい。

ねこや動物達のお世話をするだけで、身一つ、車一台でも気軽に地球のどこにでも行け、渋滞も危険も無く宿にも食事にも困らないという世界を。

ゴミゴミした建物やぐっちゃぐっちゃの電線もなく、自由に空を飛び回れる世界を。


この奇跡は、一匹のねこと少女の出会いから始まった、愛とにくきゅうと魂の物語である。

だがその軌跡は、ねこ撫で声を駆使しても困難を極めたという。

ねこと少女がどの様に世界を変えたのか、その一歩を覗いてみよう—————



—————2221年冬 夜の港町


煌びやかなネオンの灯りに照らされ

「脳無し」と蔑まれる少女は、裸足で唄う。

傷だらけの黒いねこを抱き、誰も居ない凍える路上で。


空っぽの街に歌は吸い込まれ

最後の音が消えた時、少女は白い吐息で囁いた。


「ねぇ月影、お金って、何なんだろうね」

少女に抱かれた長毛のねこは、口を動かさず返した。

(…どうした、急に。また哲学か?)

「うん、時々ね、思うんだ。何で、みんなそんなに欲しがるのかなって」

(…一般論だが、旨い物を食べたり、旅行したり、あっても邪魔にならないし、安心にも繋がる。そんな物なんじゃないのか?)

「それは、そう、なんだけどね……」

冷たいネオンの光が二人を赤から青、青から緑に染め、白い吐息が混ざった。

「世の中の嫌なことってさ、ほとんどお金が原因なんじゃないかなって、思うんだ」

長毛のねこは長いこと黙ったまま、凍った海面を見つめていた。やがて、ぽつりと

(…まあ、そういう見方もできるな)

少女が顔を上げる。

(…戦争だって、表向きは“正義”だの“信念”だの言ってるが、突き詰めればただの金銭トラブルだ)

「あはは、それは言い過ぎだよ…」

クスクスと頬を緩めたのも束の間

「でもね…」

少女は長毛のねこと向き合い、あるモノに指を這わせ、白い吐息を巻き上げた。

「私はね、月影と一緒なら、どんなとこでも幸せだよ?」

(…)

「どんなみすぼららしい家でも豪邸になるし、質素なご飯だって、ご馳走になる。これってオカシイのかな?私が脳無しだから?」

(…)

「ねぇ…答えてよ、月影…」

黒い長毛はしばらく沈黙した後、力強く、だがどこか、苦しそうに口を開いた。

(…お前は、間違っていない。ただ…この世界が、どうしようもなく汚れた者によって支配されてしまっている…みな、その手の平に踊らされているんだ)

少女は、黒い長毛の頬に触れ、目を細めた。

「そう、なんだね。じゃあさ…もしもね…」


みゃぁ~


言いかけた少女の足元に一匹の痩せたねこがすり寄って来た。

少女は膝を折り、優しくその頭に手を添える。

ねこはゴロゴロと喉を鳴らし、少女の膝に小さなお尻を乗せた。

か細い指先で、その喉に触れながら、少女は白い息を吐く。


「ねぇ、月影。もしも…この子が世界を征服したら…どんな世界になるんだろう?」

(…それは、興味深いな)


少女は凍える空を白く染めた。


—————きっと、みんな笑顔に…なれるよね—————




ねこの世界征服





第一章 ぼろぼろの歌姫と謎のねこ

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