ユキちゃん〈改〉ver.2.01

ミラ

ユキちゃん〈改〉ver.2.01

         ユキちゃん〈改〉ver.2.01


「お茶の間の皆さん、こんにちは。テレビショッピングの時間です。本日ご紹介しますのは、こちらの商品でございます」

 ハンサムな司会者は、隣に立っているメイド服を着た女の子を紹介した。

「女性型汎用有機アンドロイド、ユキちゃん〈改〉ver.2.01です!」

 それまで無表情だった童顔のロリ系美少女は、カメラに向かい満面の笑みを浮かべて挨拶した。

「初めまして、ユキでーす。はきゅーん!」

 スタジオの観客席に集められたオタクたちが一斉に、「萌え~っ!」と声を上げた。

「このアンドロイドは、どんな用途に使われるものなんですか」

 ユキちゃんの隣りに立っていたアシスタントの貧相なお笑いタレントが、司会者に尋ねた。

「やっぱり、これ用ですか」

 そう言ってクイッ、クイッ、と下品に腰を振ると、観客席から微かに失笑が漏れた。

「もちろんそちらの機能も装備しておりますが、この商品の最大の特徴は、サバイバルツールとして完璧な性能を有していることなんですね。この華奢な体で、なんと千五百馬力のパワーを持ってるんです」

「ほんとですか。信じられないなあ」

 お笑いタレントはユキちゃんの巨乳を人差し指で、チョンチョンと突付いた。その直後、観客席から悲鳴が上がった。お笑いタレントがユキちゃんに勢いよく投げ飛ばされたのである。

「いててててて。こ、こいつはすごい」

 お笑いタレントは腰をさすりながら起き上がった。

 ユキちゃんは乱れたスカートとエプロンを整え、直立不動の姿勢に戻って言った。

「エッチなのはいけないと思います!」

 再び観客席から、「萌え~っ」という歓声が上がった。

「突然暴漢に襲われても、ユキちゃんがいれば大丈夫。ボディガードとしても最適なんです」

 司会者は白い歯を見せて、にっこり笑った。よしよし、台本どおりだ。自分から倒れたようには見えなかったぞ。おまえを選んだのは、多少はその手の演技ができるからだ。つまんないギャグなんて言わなくていいんだよ。

「ところでゴローさん、おトイレに行きたくはありませんか」

 ゴローというのが、このお笑いタレントの芸名だった。もともと賽銭泥棒という漫才コンビの片割れだったのだが、相方のカーブがスポーツ選手に転向してコンビ解消になったのだ。それ以来仕事が激減し、こんな番組にも出なければならないほど落ちぶれてしまったのである。

「いえ、別に」

 きょとんとした顔で答えたゴローに目配せしながら、司会者は心の中で舌打ちした。馬鹿、打ち合わせ通りにやれよ。

「あっ。そ、そういえばなんだか急にオシッコがしたくなっちゃったなあー」

 股間を押さえてピョンピョン飛び跳ねると、観客席から今日初めての大爆笑が起こり、ゴローの目尻に涙がにじんだ。やった。俺はまだまだいける。まだ終わりじゃないんだ。男三十五歳、これからもう一花咲かせて見せるぜ! それにしても、あやうく段取りを忘れてしまうところだった。それというのも……。

「では、今から用を足していただきましょう」

「えーっ。こ、ここでですか」

「そうです。ユキちゃんのお口めがけて、ジャーッと出しちゃってください」

「いいのかなあ」

 口ではそう言いながらも、ゴローはズボンのファスナーを下ろし、萎びたナスビのような一物を取り出した。

 それを見たユキちゃんはウンコ座りになり、ペニスに向かって大きく口をあけた。

「ユキちゃんは飲んだオシッコを体内できれいな水に浄化することができるので、砂漠を旅するときなど、お供に連れて行けば大変重宝するわけです」

 上手くやれよ。司会者は固唾を呑んで、ユキちゃんとゴローを見守った。

 衆人環視の中で局部を露出し放尿することは、ゴローにとって屈辱以外の何物でもなかったが、落ち目の彼に仕事を選り好みする贅沢は許されなかった。

 しかし緊張で膀胱が強張っているのか、尿意は感じるものの、なかなか小便が出てこず、ゴローは焦った。くそう、本番前にあれだけ水を飲んでおいたのに。

「おやおやゴローさん、どうしたんですか。ユキちゃんが口を開けて待ってますよ」早く出せ、生放送なんだぞ。この屑。殺すぞ。

「い、いやあ、女の子の顔に向けてオシッコをするなんて初めてなもんだから」

 痛々しいまでに縮こまったペニスを、震える指でプルプルと揺らしながらゴローはおどけた。

「あは、あはははは、ははは」

 無理やり笑いを搾り出した拍子に、ゴローのペニスから黄金色のしぶきが、ビューッ、とほとばしった。

 ユキちゃんは小さな口を精一杯大きく開けて、ゴローの小便を受け止めた。

 おおーっ、と観客席から嘆声が起こった。

 噴出し続けるゴローの小便を、一滴もこぼさず喉の奥に流し込んでいくユキちゃんの姿は、熟練した大道芸人を思わせた。

 観客席から盛大な拍手が起こり、司会者はホッと胸をなでおろした。よしよし、最初のヤマは越えた。この調子で最後までいけるといいんだが。

 それにしても、すごい女の子を見つけてきたよな。スカトロ専門の風俗嬢だそうだが。トラック組合のストで、『ユキちゃん』の到着が番組開始に間に合わないと知らされたときには、いったいどうなることかと思ったよ。この女の子が『ユキちゃん』そっくりにメイクを済ませてスタジオに到着したのが放送開始の一分前。ろくに打ち合わせもできなかったが上手く演じきってる。それにひきかえ……。

 司会者は放尿し続けるゴローを忌々しげに睨みつけた。あの馬鹿、どうしてくれようか。

 小便の勢いが弱まるにつれ、ユキちゃんは少しづつ自分の口をゴローのペニスへと近づけていき、最後の一滴を長く伸ばした舌の上で受け止めた後、舌先で尿道口をちょろりと舐めて雫を拭き取った。そのとたんゴローのペニスが、ムクムクムクと膨れ始めた。

「あ。こ、これは失礼」

 ゴローは慌ててファスナーを引き上げようとして、思いっきりペニスをはさんでしまった。

「ぎゃああああああ」

「大丈夫ですか、ゴローさん」いい気味だ、ケケケケケケケ。「さて、今度はゴローさんに、ユキちゃんのオシッコを飲んでいただきましょう」

 ペニスを仕舞おうと悪戦苦闘しているゴローを横目に、司会者がカメラに向かって言った。

「えー、いやですよお」

 何とかファスナーを上まで引き上げることに成功したゴローは、股間の膨らみを両手で隠し、台本通りの受け答えをした。

「心配しなくても本当のオシッコじゃありませんよ。先ほども申しましたように、ユキちゃんはどんな汚れた水も、飲用可能な水に浄化することができるのです。今飲んだゴローさんのオシッコも、ミネラルウォーター並みの美味しい水に変わっているはずです」

「そうなんですか。それなら喜んでいただきます」ああ、ついにこの瞬間が来てしまった。たとえ仕事とはいえ人前で放尿した上に、今度は他人の小便を飲まなければいけないとは、なんと情けないことだろう。とほほ。でも、やるしかないのだ。

 スタッフの一人がコップをゴローに手渡そうとしたが、司会者はそれを遮って言った。

「せっかくですから、直接飲んでいただきましょうか」

「え?」

 ゴローは耳を疑った。

 台本ではユキちゃんの替え玉がコップに出した小便を、ゴローが一口だけ飲んで、「うーん、美味い」と言って終りの予定だった。

 直接飲むって一体どういうことだ、話が違うじゃないか。ゴローは司会者に眼で問い掛けた。

 うふふ、驚いていやがる。司会者はほくそえんだ。別に俺は意地悪で言ってるんじゃないんだよ。コップに小便を出して、黄色かったり泡が立ったりしたら、替え玉だってことがばれちゃうだろ。それよりはおまえが直接この女の股間から飲んだほうが、ばれる確率は少なくなるじゃないか。

 それに整形とはいえ、こんな美少女のオシッコを直に飲めるなんて、うらやましいくらいだ。もっとも俺はもちろん、おまえにもその方面の趣味は無いようだがな、いひひ。

 生本番中であり、異議を唱えることは許されなかった。ゴローは覚悟を決め、スタジオの床に仰向けに寝そべった。

「失礼しまーす」

 ユキちゃんはそう言ってメイド服のスカートをたくし上げ、カエル柄のパンティを脱いでゴローの顔の上に跨り、腰を下ろした。

「それではユキちゃん、天然水のように美味しいお水を、ゴローさんにたっぷり飲ませてあげて下さいね」

 司会者の声は異様にはしゃいでいた。

 畜生。面白がっていやがる。俺を嬲り者にするつもりだな。ゴローはあまりの屈辱に司会者への殺意をおぼえた。

「あ、出る……」

 ユキちゃんが切ない声を出した。

 その直後、ユキちゃんの股間からジャアー、と流れ出した液体を、ゴローは喉の奥に流し込んだ。

 あれ。なんだか本当に美味しいぞ。ひんやり冷たくて、まさに天然水の味だ。ま、まさか。

 ゴローの脳裏にある考えが閃いた。

 そうか。そうだったのか。だから最初俺が襲い掛かったとき、あんなに上手く投げ飛ばすことが出来たんだな。そのことにびっくりして、俺は次のせりふを忘れてしまったんだ。くくくくく。こいつは面白くなってきた。

 笑った拍子に喉を詰まらせ、ゴローは大きくむせた。

「げほっ、げほげほげほげほ」

「あらあらゴローさん。落ち着いて飲まないから、そんな風にむせちゃうんですよ」

 司会者が嘲笑った。

「さて、もういいでしょう。いつまで寝てるんですか。さっさと起きてくださいよ」

 へへへ、小便の味はいかがだったかね。さぞかし美味かっただろうよ。あーあ、顔が小便でびしょ濡れだぜ、このヨゴレ芸人が。どうせだから、もっともっと汚れてもらおうか。うひひ。

「では次に……」

「ユキちゃん、君に新しい名前を授けよう」

 起き上がったゴローが台本に無いことを言い出したので、司会者は驚愕した。

「な、何を言い出すんですか、ゴローさん!」

「汝が主人ゴローの名において、正式に命名する。汝は今からクリスティーナと名乗るがよい。さあ、クリスティーナ。こいつを使って非常食を作るのだ!」

 ゴローは司会者を指差した。

「わかりました、ご主人様」

 ユキちゃんは、いや、クリスティーナは司会者に飛び掛った。


 警察が駆けつけたとき現場に残されていたのは、腰を抜かしたまま一部始終を見ていた観客席のオタクたちと、スタジオの床の上にこんもりと盛り上がった、ほんの十数分前まで司会者だった大量の大便、もとい、黄褐色のペースト状非常食の山だけだった。

 その後スタジオ中を隈なく捜索した警官たちは、楽屋で仕出しの弁当を食べている『ユキちゃん』を発見し、一斉射撃で破壊した。

 が、まもなくそれは、替え玉としてユキちゃんそっくりにメイクをしていた風俗嬢だったことが判明した。本物の『ユキちゃん』が間に合ったせいで出演がキャンセルになった彼女は、キャンセル料を貰った後すぐに帰らず、楽屋に用意されていた自分用の弁当をのんびり食べていたところを、気の毒にも警官たちに射殺されてしまったのである。

 トラック組合のストが中止になり、時間通りにアンドロイドが到着したことが、現場のスタッフにまで伝わらないまま番組が始まってしまったことが、これら一連の悲劇の原因であった。

 『ユキちゃん』というのは仮の名前であり、主人を名乗る者に正式に命名された後には、その者の命令しか聞かなくなるよう設定されていた。そして汚水を精製する機能の他に、有機物を原料にして『ペースト状非常食』を製造する機能があることは、打ち合わせのときゴローにも知らされていた。

 番組途中でアンドロイドが本物だと気づいたゴローは、それらの知識を利用して司会者に仕返しをしたのだ。

 その結果、番組を視聴していた全国数十万人の目の前で、司会者が美少女に食い殺され、排泄されてしまうという惨劇が繰り広げられたのである。

 ゴローとクリスティーナの行方は、誰も知らない。

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