だるま顔~1つの怪異で百物語~

山田空

第1話 認識系

夜の山あいの道を、旅の若い巡礼者が歩いていた。

風が吹くたび、どこかで笑い声のような音がする。


「……だるま顔の亡霊、だっけか。

 ほんとに出るもんなのかよ」


そう呟きながら、巡礼者はふと足を止めた。


後ろからついてくる足音が、ひとつ増えている。


最初は自分のものだと思った。

だが歩くのを止めても──


トッ……トッ……


すぐ背後で、もうひとつの音が止まらない。


巡礼者は振り返り、

誰もいない暗闇に向かって弱々しく声をかけた。


「……だれだ?」


返事はない。


だが次の瞬間、風の音にまぎれて、かすかに聞こえた。


「だ~るまさん……」


巡礼者は息を呑む。


「まさか……あんた、顔を……」


声は続かなかった。

その代わりに、風が山道を抜ける音だけが響く。


だが巡礼者はまだ気づいていない。


いま見えている“その風景”が――

 もう、本人の目で見ているものではないことに。


巡礼者が手を伸ばしたとき、

自分の“影”の輪郭がふらつき、

まるで誰かと重なったように揺れた。


そして背後から、同じ声がもう一度。


「だ~るまさん……

 あなたの顔は……どこですか……?」


山道には足跡がふたつあった。

しかし、巡礼者の“頭の位置”は、

足跡の高さとどう考えても一致していなかった。


巡礼者はまだ気づいていない。

いま見えている“その風景”は、

自分の顔が見ている景色だということに。


巡礼者の身体はまだ立っている。

しかし“視界”は地面すれすれを転がり、

足跡の高さと一致していなかった。


まるで——

意識ごと顔を奪われ、

その顔の内部から世界を見せられているかのように。

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