第2話 【夏上旬】はじめての夏祭り、パパは全力応援

数週間後――。


夏の日差しがまぶしく、リビエ村の空は高く澄んでいた。

畑ではひまわりが揺れ、子どもたちの声が弾んでいる。


市場の一角で告知板を見たピッカルドは、思わず眉間にしわを寄せた。


『今週末・冷たいカキ氷大会開催! 親子ペア部門あり(スプーンリレー形式)』


「……カキ氷、か……。

 あれは……腹弱勇者泣かせの冷気の塊やで……っ」


そんなつぶやきに、隣にいたモカナがぱちっと目を丸くした。


「パパ、カキ氷きらいなの?」


「いや、好きや……けどな、身体は正直やねん……腹に来るんや……」


モカナはにこにこ顔でパパの手をぎゅっと握った。


「じゃあさ! パパは応援係っ!

 わたしががんばるから、パパはあったか〜いお茶のんで見てて!」


ピッカルドは思わず笑った。


「……おまえ、頼もしいな……父ちゃんは、その勇姿しかと見届けるぞ」


* * *


祭り当日。


村の広場は色とりどりの旗と提灯で彩られ、涼しげな風鈴の音が響いていた。

屋台の奥では大きな氷柱がガリガリ削られている。


ピッカルドは夏なのに、腹巻き二重巻き+薄手のマフラーで完全防御。

……とはいえ、娘の晴れ舞台の前では腹の心配など二の次だった。


「モカナ、無理はせんでな」


「だいじょーぶっ! パパが見ててくれるから、ぜったいがんばれるもんっ!」


親子ペア部門が始まった。

モカナはちっちゃな手でスプーンを握りしめ、真剣な顔でカキ氷に挑んだ。


「つ、つめたーいっ!! でもおいしいーっ!」


顔をしかめながらも、一口ずつ着実に食べ進める。


ピッカルドは横に座って、応援しながら見守っている。


だが途中、モカナがふとスプーンを差し出した。


「ねぇパパも、一口だけ!」


ピッカルドは一瞬たじろいだが、覚悟を決めて口に運ぶ。


「――ひゃっ……つ、つめたぁぁ……! 腹が……! ……でも、うまいな」


モカナはくすっと笑った。

「パパ、顔まっかーっ!」


そんな父を見て、モカナの表情に少し勇気が灯った。


「……ゆっくりでええんやで。勝つより楽しむんが大事や……」


その言葉が届いたのか、モカナの表情がふっとゆるんだ。

ふわっと笑顔が戻る。


そして見事、完食!


「やったーっ! パパ、がんばったよーっ!!」


ピッカルドは満面の笑みで娘を迎えた。


「……よーやった! モカナ、おまえは父ちゃんの誇りや……っ」


モカナはにっこり笑って、景品のふわふわ腹巻きセットを差し出した。


「パパにも! これつけたら、今年の冬もぜったいポカポカだよーっ!」


「……ほぉ、それは心強い防具やな……」


翌朝――。


「パパーっ! 大変ーっ!」


モカナが裏庭から駆け込んできた。


「ん? どうしたんや?」


「さっき干してたパパの腹巻き……猫さんがもってっちゃったのーっ!」


ピッカルドは目を細めた。


「……ぬっ、未確認生物……腹巻き泥棒猫……っ」


ふたりは足跡をたどり、急いで追いかけた。


裏庭の木の上で、白黒の猫が腹巻きを抱えている。

ピッカルドは木の下で腕を組んだ。


「……モカナ、交渉は任せたぞ」


「まっかせてっ!」


モカナは小声で猫に呼びかけた。


「ねぇ猫さん〜っ! それね、パパの防具なんだよ!

 だから、それ着てると勇者になっちゃうよ?」


猫は腹巻きを抱いたまま、きょとんと彼女を見た。

「……勇者になると、怖い怖い魔王さんがきちゃうよー?

 でも、猫さんも寒かったんだよね。

 あとで日なたでいっしょにあったまろ?」


そう言うと、猫は「にゃ」と小さく鳴き、ぽとりと腹巻きを落とした。


「……見事や……おまえの交渉術、父ちゃん、完敗やわ……」


モカナはにっこり笑った。


「えへへーっ! パパの腹巻きは、ぜったいわたしが守るからねっ!」


ピッカルドは腹巻きを抱きしめた。


「……今度からは屋内干しにしとこな……」


ふたりの笑顔は、夏の夜よりもずっとあたたかく広がっていた。

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