田舎の黒髪彼女は毎日でも「好き」って言いたい

丸焦ししゃも

田舎の黒髪彼女は毎日でも「好き」って言いたい

「どうですかー?」


 わしゃわしゃと髪を担当の美容師さんに拭いてもらう。誰かに髪を拭いてもらうのって意外と気持ちが良い。


「はい、バッチリです!」


 美容室で切り揃えてもらえた髪を見て、鏡の前で小さくガッツポーズをした。

 いつもより少しだけ短くなった前髪。整えられた毛先が軽く跳ねて、まるで気分まで明るくなったみたいだ。


「とても似合ってますよ」


 担当の美容師さんが笑って言ってくれる。「本当ですか?」と聞き返しながらも、口元が自然と緩むのを止められなかった。


 ……明日、遠距離恋愛中の彼氏に会う。

 少しでも「可愛い」って思ってもらいたくて、私は美容室に来ていた。


(早く……会いたいな)


 彼のことを思うと、胸の奥がじんわりと暖かくなる。


 最後に会ったのは、もう二ヶ月前。

 ビデオ通話では何度も顔を見ているはずなのに、やっぱり“実際に会う”となると全然違う。ちゃんと笑えるかな。緊張して変な顔しないかな。そんなことばかり考えてしまう。


「お客さん、とても楽しそうですね」

「そ、そうですか?」


 ニヤニヤしていたがバレたのか、美容師さんにもそんなことを言われてしまった。







 家に着くと、まっすぐクローゼットの前へ。

 扉を開けた瞬間、ずらりと並んだ服たちが視界に飛び込んできた。


「……さて、どうしよう」


 どれもお気に入りなのに、今の気分にぴったりくる服がなかなか見つからない。

 ベージュのカーディガンを取り出しては、「これはまだ暑いな」と首をかしげ、黒のニットを合わせては「これだと大人っぽすぎ?」と鏡の前でくるりと回ってみる。


 その度に、ベッドの上の服の山が高くなっていく。


 ふと、奥のハンガーに掛かっている一着に目が止まった。


 去年、彼に「その服、似合うね」って言われた白いワンピース。そっと手に取ると、柔らかな布の感触と一緒にあの日の笑顔が胸に浮かんだ。


「……やっぱり、これにしよう」


 服をベッドの端にそっと広げて、満足げに息を吐いた。ワンピースの白が部屋の照明にやわらかく溶けて見える。


「よし、準備完了!」


 そう言いながら、鏡の前に立ってみる。髪の毛先を軽くつまんで、横に流してみたり、前髪の位置を直してみたり。どれも些細なことなのに、明日を思うだけで胸が高鳴った。


「あー! もう待ちきれないよ!」


 カーテンを開けると外はすっかり夜。

 耳をすますと夏のカエルの声が聞こえてくる。


 田舎だなぁとは思うけど、私は別に嫌いじゃない。

 晴れた日にのんびり雲の動きを眺めているのも好きだし、雨の日に雨音を聞きながら本を読むのだって好きだ。


「明日はちゃんとお仕事してね」


 窓際に吊るされているてるてる坊主を、つんと人差し指でつつく。

 せっかくだから明日は晴れて欲しいな……。

 雨の日が嫌いなわけじゃないけど、私ってクセっ毛だから、雨が降るとせっかく整えた髪がぐちゃぐちゃになっちゃう。


 ……てるてる坊主、もう二・三個くらい作っちゃおうかな。


「今日は寝れるかな……」


 胸の高鳴りがなかなか落ち着かない。ティッシュを丸める手を一旦休めて、スマホの待ち合わせのメッセージをもう一度確認する。


 『明日、楽しみにしてる』――その短い言葉だけで、また顔がゆるんでしまう。


 駅の改札。彼の姿。

 久しぶりに聞くあの声、そして笑顔。

 彼の姿を思い浮かべるだけで、胸の奥がじんと熱くなって、息を吸うのが少しだけ苦しくなる。


(大人っぽくなったって……言ってくれるかな)


 そんなことをぼんやり考えていたら、いつの間にかてるてる坊主は十個くらいできあがっていた。


「うぅ、毎日好きって言いたいよ……」


 気分を落ち着かせようとテレビをつける。

 旅番組の画面の隅には、錆びたバス停のトタン屋根が映っている。雨に打たれながらも、そこだけは人を守るように静かに立っていた。


 ……私、彼を癒す存在になりたいな。

 疲れて帰ってきた彼が、ふと立ち寄れる停留所みたいな存在に。

 雨の日も、晴れの日も、待っていられるような私でいたい。

 歳をとっても、彼のそばで、長い年月を寄り添いたい。


 あの錆びたバス停のトタン屋根みたいに――。


「好き過ぎて、私、自分からプロポーズしちゃいそう……」


 耳まで熱くなって、思わず小さく息を吐いた。











「田舎の黒髪彼女はびしょ濡れでもあなたを癒したい ~夏の雨、バス停のトタン屋根の下で~」に続く

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