田舎の黒髪彼女は毎日でも「好き」って言いたい
丸焦ししゃも
田舎の黒髪彼女は毎日でも「好き」って言いたい
「どうですかー?」
わしゃわしゃと髪を担当の美容師さんに拭いてもらう。誰かに髪を拭いてもらうのって意外と気持ちが良い。
「はい、バッチリです!」
美容室で切り揃えてもらえた髪を見て、鏡の前で小さくガッツポーズをした。
いつもより少しだけ短くなった前髪。整えられた毛先が軽く跳ねて、まるで気分まで明るくなったみたいだ。
「とても似合ってますよ」
担当の美容師さんが笑って言ってくれる。「本当ですか?」と聞き返しながらも、口元が自然と緩むのを止められなかった。
……明日、遠距離恋愛中の彼氏に会う。
少しでも「可愛い」って思ってもらいたくて、私は美容室に来ていた。
(早く……会いたいな)
彼のことを思うと、胸の奥がじんわりと暖かくなる。
最後に会ったのは、もう二ヶ月前。
ビデオ通話では何度も顔を見ているはずなのに、やっぱり“実際に会う”となると全然違う。ちゃんと笑えるかな。緊張して変な顔しないかな。そんなことばかり考えてしまう。
「お客さん、とても楽しそうですね」
「そ、そうですか?」
ニヤニヤしていたがバレたのか、美容師さんにもそんなことを言われてしまった。
◇
家に着くと、まっすぐクローゼットの前へ。
扉を開けた瞬間、ずらりと並んだ服たちが視界に飛び込んできた。
「……さて、どうしよう」
どれもお気に入りなのに、今の気分にぴったりくる服がなかなか見つからない。
ベージュのカーディガンを取り出しては、「これはまだ暑いな」と首をかしげ、黒のニットを合わせては「これだと大人っぽすぎ?」と鏡の前でくるりと回ってみる。
その度に、ベッドの上の服の山が高くなっていく。
ふと、奥のハンガーに掛かっている一着に目が止まった。
去年、彼に「その服、似合うね」って言われた白いワンピース。そっと手に取ると、柔らかな布の感触と一緒にあの日の笑顔が胸に浮かんだ。
「……やっぱり、これにしよう」
服をベッドの端にそっと広げて、満足げに息を吐いた。ワンピースの白が部屋の照明にやわらかく溶けて見える。
「よし、準備完了!」
そう言いながら、鏡の前に立ってみる。髪の毛先を軽くつまんで、横に流してみたり、前髪の位置を直してみたり。どれも些細なことなのに、明日を思うだけで胸が高鳴った。
「あー! もう待ちきれないよ!」
カーテンを開けると外はすっかり夜。
耳をすますと夏のカエルの声が聞こえてくる。
田舎だなぁとは思うけど、私は別に嫌いじゃない。
晴れた日にのんびり雲の動きを眺めているのも好きだし、雨の日に雨音を聞きながら本を読むのだって好きだ。
「明日はちゃんとお仕事してね」
窓際に吊るされているてるてる坊主を、つんと人差し指でつつく。
せっかくだから明日は晴れて欲しいな……。
雨の日が嫌いなわけじゃないけど、私ってクセっ毛だから、雨が降るとせっかく整えた髪がぐちゃぐちゃになっちゃう。
……てるてる坊主、もう二・三個くらい作っちゃおうかな。
「今日は寝れるかな……」
胸の高鳴りがなかなか落ち着かない。ティッシュを丸める手を一旦休めて、スマホの待ち合わせのメッセージをもう一度確認する。
『明日、楽しみにしてる』――その短い言葉だけで、また顔がゆるんでしまう。
駅の改札。彼の姿。
久しぶりに聞くあの声、そして笑顔。
彼の姿を思い浮かべるだけで、胸の奥がじんと熱くなって、息を吸うのが少しだけ苦しくなる。
(大人っぽくなったって……言ってくれるかな)
そんなことをぼんやり考えていたら、いつの間にかてるてる坊主は十個くらいできあがっていた。
「うぅ、毎日好きって言いたいよ……」
気分を落ち着かせようとテレビをつける。
旅番組の画面の隅には、錆びたバス停のトタン屋根が映っている。雨に打たれながらも、そこだけは人を守るように静かに立っていた。
……私、彼を癒す存在になりたいな。
疲れて帰ってきた彼が、ふと立ち寄れる停留所みたいな存在に。
雨の日も、晴れの日も、待っていられるような私でいたい。
歳をとっても、彼のそばで、長い年月を寄り添いたい。
あの錆びたバス停のトタン屋根みたいに――。
「好き過ぎて、私、自分からプロポーズしちゃいそう……」
耳まで熱くなって、思わず小さく息を吐いた。
「田舎の黒髪彼女はびしょ濡れでもあなたを癒したい ~夏の雨、バス停のトタン屋根の下で~」に続く
田舎の黒髪彼女は毎日でも「好き」って言いたい 丸焦ししゃも @sisyamoA
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます