第3話 木っ端微塵

「寂しくなって、私に泣きついて来たら鬱陶しいからな。愛人を持つことは許す」


 ライナス様は、私を馬鹿にしているかのように蔑んだ目を向けながら、口の端で笑いました。


「私はお前の相手をする気はない。そういうことは愛人とやれ」


「……」


 そういうことって……。

 ライナス様は、私を何だと思っているのでしょう。

 そのように、はしたない娘だと思われているのでしょうか。


「ただしバレないように上手くやることだ。クレイトン侯爵家の名誉を汚すようなことはするな。愛人との密会は外で、バレないようにやれ。屋敷に面倒事を持ち込むな。もし面倒事を持ち込むようなら、お前の家に援助した金は全額返してもらうからな」


 ライナス様は皮肉っぽくニヤリと笑いました。


「もし愛人との子供が出来たら、当然、援助金は全額返してもらう。お前が生む子など、私の子ではないからな。せいぜい失敗しないよう気を付けることだ」


「……」


 このとき……。


 私の心は、木っ端微塵こっぱみじんに砕け散りました。


 夫となるライナス様に、心から尽くそうと決意していた健気なセルマは、粉々に砕け散りました。


「ふん、思い知ったか。身の程知らずめ」


 私が言葉を失っている様子を見て、ライナス様は勝ち誇るような笑みを浮かべてそう言いました。


 どうして私が『身の程知らず』などと罵倒されるのか、本当に意味が解りません。

 私を花嫁にと望んだのは、ライナス様のお家、クレイトン侯爵家ですのに。


 ぜひにと私を望んでおきながら、婚約が成立したら、『身の程知らず』と罵倒されるなんて。

 一体、何の罠でしょうか。


 怒りが込み上げて来ました。


 何にせよ、私はライナス様から、酷い侮辱を受けていることは確かです。


 ライナス様はさらに言いました。


「私に愛されると期待していたのだろうが、残念だったな。お前などと仲良くする気はない。身の程を知るが良い」


「……」


 私は初恋を断ち切り。

 ライナス様と結婚して、ライナス様に尽くす決意をしていたのに……。


 ライナス様は、最初から離婚するつもりで……。


 愛人を持っても良い、ですって……?


 私に触れるつもりはないとおっしゃったので、白い結婚になるのでしょう。

 そして二年後には離婚。


 それなら最初から結婚などしなければ良いのに。


 ですが、クレイトン侯爵家は資金援助を約束してくれていますので。

 経済的窮地に陥っている我がスタンリー伯爵家は、この縁談を断ることはできません。


 私は酷い侮辱を受けて、しばし無言のまま固まってしまいました。

 ですが……。


「……」


 ふと、気付きました。


 白い結婚でも、資金援助は得られるということに。

 そして二年後には離婚する。


 考えようによっては良い条件なのでは?

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