第4話 お外

今日は土曜日で、私は仕事の下準備の、さらに下準備の日だ。

ライターに記事を書いてほしい高級レストランに、下見に行くのだ。

自腹で。


せっかくだからミヤトも連れて行く。


今日の店は、三ツ星レストランのスーシェフが開いた、庶民でも目一杯背伸びすればギリギリ手が届く、フレンチレストラン。

普段遣いは難しいけれど、大切な記念日に行きたい店だ。

……厳格なドレスコードはないけれど、格式(とお値段)はそこそこ高い店とも言える。


だから私も(ドレスやスカートは似合わないので)パンツスタイルのスーツを着て、髪も整えて化粧もした。

「……わ、タカオさん、綺麗」

なんてお世辞を言ってくれるミヤトにも、既製品のスーツにネクタイでめかしこませた。


おぉ、なかなかに美男子に仕上がった。


褒めたら照れて、一生懸命に髪を梳いていた。

だめだ、毛づくろいする猫にしか見えない。


そんなこんなで、店を目指す。

うちの可愛い黒い猫は、移動の電車内では

ネットのサイトを見ては

「めっちゃ綺麗な皿と料理だ」

「兎って食べられるんだ?」

と一人で、にゃうにゃう鳴いていたのだが。


レストランに着くと途端に黙り込んだ。

ガチガチに固まっている。


なんか、昔のアニメにあったな、猫が凝り固まってじっと不動で縫いぐるみに間違われるシーン。

いや、あれは意図的に擬態していたか。

まぁ、それはともかく。


ミヤトはギクシャク歩いて、尻尾も丸めて後脚に挟んで、私の背から離れようとしない。

「俺、ここ無理、怖い」

動物病院に連れてこられたペットじゃあるまいし。

情けない声でみぃみぃ鳴いているミヤトの頭をぽんぽん撫でつつ、

「2名で予約した小鳥遊たかなしです」

私は受付で名乗った。


「今日は、お前が家に来て半年の記念だ、超一流の美味いものを経験しようじゃないか」


テーブルに着いて私が言えば、

私の愛しい黒い猫は、目を真ん丸くして私を見つめ、ふいとそっぽを向いた。


尻尾がぴこぴこ揺れているようにみえるのは、気のせいだろうか。


ちなみにうちの黒い猫は、うずら肉のココットと、真鯛のソテーに添えられたオランデーズソースがいたく気に入ったらしい。


しばらくの間、バターたっぷりのスクランブルエッグやカルボナーラスパゲッティ、甘くないフレンチトーストが家の食卓に連日並んだ。

オランデーズソースの失敗作の成れの果てだ。


「ごめんなさい、作れない。作りたいのに」


すっかり耳を垂れて悲しそうな黒い猫が、

みゅぅ……と弱々しい声で鳴くけれど

これらはこれらでちゃんと美味いよと褒めてやると、ぴくぴくと耳を震わせていた。


そしてある日ようやく、

「ソース、できた、かも。どう?」

と出されたのは、オランデーズソースのかかったベーコンサンド。

「おぉ、これはすごいな」

私も感嘆して、とろりと濃厚な卵のソースを堪能する。

きっちりお座りして、むふん!と誇らしげに胸を張る黒い猫をよしよしと撫でると

びっくりしたように一瞬慄き、

それから、おずおずと私にすり寄って来た。


「美味しい?」

不安げに私を見上げる可愛い黒い猫。


「美味しいよ、私はお前の作るこのソース、とても好きだ」


ミヤトが照れたのか俯いた。

でも、ごろごろと喉が鳴るのが聞こえた気がした。

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