『赤屋敷と複製人間』

転生探偵は絡まれる


 青い空、猛暑、激しい人通り、セミの鳴き声――まぁ、セミなんてものは存在しないのである。

 僕は自傷気味に笑った。

 回想シーンを挟めるほど当時の記憶が残っているわけじゃないけれど――僕はほんの少しだけ過去を振り返っていた。

 仮に全てを思い出すとするならば、当時の僕が書いた日記を振り返らなければならないだろう。


 学校の昼休み時間、僕は学校を少し離れ、とあるカフェに来ていたのだ。

 学校といっても、ここは異世界の学校――つまりは魔法学校である。

 薄い灰色の石と木材で構成された巨大な校舎は往年のハリウッド映画のような壮大さを誇っている。

 こんな豪壮な建物が現代社会にあったとしたら、何も起こらなかったとしても話題が尽きないだろう。

 時代設定が中世で取り残されていそうなこの世界では、他よりもお金がかけられているというだけだ。


 ――僕がこの異世界へやってきたのは……つまり、俗にいう『転生』をしたのは今から1年ほど前のことだ。


 アルビノ・ミステルク――僕が死亡しどれほど経ってからか定かなわけではないが、その名をした人間の意識を取り込むように僕は転生していた。

 つまり彼の意識は消滅し僕のものになってしまった――ここで重要なのは、それを僕が望んでいないということなのだ。

 誰かの体を奪ってしまった罪悪感というわけじゃない……そもそも、僕はあのまま死んでいればよかったんだ。

 今は学生であることをいいことに、働きもせず無気力な生活を続けている。

 彼…といっても今の僕なのだが、白い髪に赤い目を持った小柄な男性だった。

 目が覚めると草原で倒れており――その時には彼の記憶すら完全になくなっていた。

 以上だ。


 僕がいつものようにこの喫茶店でコーヒーを飲んでいることにはささやかな理由があるのだ。

「アルビー!やっほい!」

 彼女の声を聞くのもいつも通りの出来事だ。

 テラス席に座っていた僕の相席へ、彼女は座った。

「やぁ、フエラ」

 フエラ・インシデント――それが彼女の名前だ。

 僕には彼の記憶を物色したりできないので、一年より前、彼とプエラがどのような関係だったのかは知らない。

 同じ白髪のため兄弟とでも直感したのだが、違ったようだ。

 友人、交際相手――それとも、赤の他人かもしれない。

「ねぇ聞いてー!この前さ〜」

 なぜだか知らないが、いつのまにか僕のティータイムを邪魔するようになっていた。

 ついでだが、僕が生前にカフェ好きだったとかではない――彼の意地なのかは知らないが、なぜか無性にカフェやコーヒーに惹かれてしまうのだ。

 嫌がる理由もないので身を任せることにしたのだった。

 カフェに行くという彼の習慣――そして、それを邪魔する彼女へもである。


「……って聞いてる?」

 僕がベラベラとモノローグを述べている間も何かを話し続けていたらしい。

 フエラは怪訝けげんそうな表情を浮かべる。

「何の話かな?」

「友達の右指がレインボーになった時の話」

「…………そうなんだ」

 想像の倍くらい奇想天外な話をしていた。

 てきとうに言葉を返すと、彼女は再び言葉を畳みかけ始めた。

『ねぇ知ってる!?トマトって貴族の間では悪魔の植物って言われてるらしいよ!バカだよねぇ〜!』

『昨日さ〜友達と魔法グッズあさりに行ってきた時なんだけど、おもしろいの見つけたんだよね!』

『次の授業いつからだっけ、アルビー、覚えてる?』

 社会に裁かれるような話をし始めたのかと思えば、物の紹介となり最後は会話の内容と関係ない質問と、こんな有様である。

「次の授業はちょうど30分後からだよ」

「アルビーありがとう!」

 

 すると、なぜか彼女は改まるように背筋を伸ばした。

「それで何だけど……友達にお泊まり会のお誘いを受けててさ、一緒に来ない?」

 僕は驚く。

 彼女とは大した関係でもなく、あまりにも意外だったからだ。

「女子会じゃないのかい?」

「男もいるよ!アルビーのことみんなに紹介しちゃってさ……会いたいって友達が言ってるんだよね」

 フエラは申し訳なさそうに前髪をクルクルと巻いた。

「絶対楽しいよ!ね……!」

 仕方がない――何も知らなかった僕にこの世界での一般常識を教えてくれたのは彼女、他の誰でもない、フエラ・インシデントだったからだ。

「わかった、たまにはそういうのも……悪いけどな」

「悪いのかよ」

 一瞬ガックリとする彼女だったが、改めるように両手を合わせる。

「じゃあ今日、太陽が落ちたら学校前に集合ね!」

 

 すごく速い……凄まじいほどに速い。


「いつ計画したんだい?」

 そう質問する必要も意味も全くないのだが、そう聞く。

「今日!」

「…………あぁそう」

 物事に呆れたりするような人間でもないので、僕は何も感じなかった。

 

 感情がなくなったというほどではないにしても、バリエーションが減少しているのだ。

 物事への関心や楽しむ感情が薄まり、常に何かに締め付けられているような感情になる。

 きっとこれを『鬱』と呼ぶのだ。

 とはいっても、外に出て一般的な行動をできている僕の場合は軽症なんだろう。

 人間とはどこまで繊細なのか――


「最近さ……ちょっとしたウワサがあるんだけど〜」

 モノローグ中は会話を止めてくれる新機能はないのだろうか――彼女は一方的に話し続けていた。

 おそらく次の話題に移ったんだろう。

「ウワサかい?」

「この辺りで連続殺人が起きているなんて話何だよね」

 人が死んでいるというのに、ワクワクとしたような表情で語りだすフエラ――平和ボケにも程がある。

「気になる〜?アルビー」

 全く気にならない。

「いや……」

「夜中のヨーレス橋に出現するらしくてさ〜名探偵アルビちゃんの出番じゃないの?」

 否定しようとしたのに、彼女は語る。

 そんなことを話すと本当に現れそうでメンタルに悪い――体調が悪くなるからやめてほしい。

「名探偵なんてのはやめてくれ……僕には大した推理力もない――庶民的な考えしかないんだ」

「結構、勘がいいと思うんだけど?」

「勘も悪いさ」


 まさに伏線!なんてことにならなければいいのだが……と一丁前にフラグを立ててみるのだった。

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