第10話 沈黙の返答を受け取る朝

 帝都・朝霧邸の朝。 椿子は、藤村から一通の封筒を受け取った。 差出人は、黒江静馬。 封筒には、白面の印が小さく添えられていた。


 椿子は、書斎の窓辺に座り、ゆっくりと封を開ける。 便箋は、澄子が使っていたものと同じ質感。 その文字は、静かで、揺らぎがなく、そして優しかった。


「椿子様へ

 あなたの手紙、確かに受け取りました。

 語ることを選ばれたあなたの言葉は、 私の沈黙よりも、ずっと遠くまで届くでしょう。

 私は、語らないことで誰かを守ろうとしました。

 それが正しかったかどうかは、今でも分かりません。

 ですが、あなたが“理解するために語る”と書いてくださったこと―― それは、私の沈黙に初めて“意味”を与えてくれました。

 ありがとうございます。

 私は、これからも語らないかもしれません。

 ですが、あなたの語る声に、耳を傾け続けます」


 椿子は、手紙を読み終えたあと、しばらく言葉を持たなかった。 窓の外には、秋の光が差し込んでいた。 その光は、仮面の棚を静かに照らしていた。


「語らないことにも、声がある。 それを、私は受け取った」


 椿子は、便箋を丁寧に折り、白面の絵が描かれた箱にそっとしまった。 それは、沈黙と語りのあいだに交わされた、最初の“理解の記録”だった。

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