親友の弟と、恋愛できますか?【連載中】

広瀬 可菜

第1話 お酒の勢いで決めることでは、ありません‼

 女性の1人暮らしは危ないなんて、20代前半までの話だと思っていた。

 だって、1人暮らしを始めて何年経つと思ってるの?

 30代を迎えて、仕事でも女性としてもそこそこのキュリアとポジションに。

 自分が置かれる立場も役目も分かってるこの年齢で、まっさか自分が狙われるなんて…。


 「………」


 ドアノブにかかったビニール袋に、言葉が出ません。

 まさに絶句。

 だって、私の部屋にこういう差し入れ?をしてくれるようなお友達は、いません。

 もしするとしたって、事前に連絡をくれるだろうし、想定できるような人物が浮かぶこともなく、やっぱり身に覚えなんてない! 

 今日だけじゃなく、これまでも幾度とあった、この光景。

 肌寒い季節。

 コートの中の背中が、熱を持ち、ひやっと冷えたその瞬間。

 静かだった隣の部屋から、ガチャっと鍵が開く音がする。


「………っ‼もう無理ですーーーー‼」


 怖さの限界!もう無理!無理無理無理!!!!

 7㎝ヒールを履いてることなんて忘れるぐらい、軽やかな足さばきで走り出す。

 エレベーターに乗るのも怖い!待っている間に話しかけられるかも!

 足の動きを止めず、カバンから取り出したスマホで電話をかけた。

 もう限界。

 今日は金曜日だし、明日は休み。

 このまま帰らず、なんとかしよう…!

 

 足音もなく、玄関の鍵が開く音だけが聞こえた。

 静かなあの場所で、解除の音だけ。

 私が帰宅するのを、玄関のすぐそばで待っていたのかもしれない。 

 私の足音に、耳を澄ましていたのかもしれない。

 動かない私の様子に、心配になって、出てこようとしたのかもしれない。 

 隣人さんじゃないかもしれない。

 だけど、だけど、そんな気がしてならないの。

 はっきりわからない状態で、続く差し入れだけが怖い。

 私を気遣いように、美容ドリンク、休息時間、ホットアイマスク、生理の日には、プレーンドリンク…、怖すぎる‼

 見てるよ、気遣ってるよ、という無言の圧が、無言の視線が、耐えきれない。

 

 少し長めの呼び出し音のあと、朱音あかねの元気な声が聞こえた。


「ごめん!気づくの遅れた!どうした?」


「あ、朱音あかね…」


 涙が、ぽろぽろ溢れた。

 朱音あかねの声に、ほっとしたから。


「あかね…っ、たすけて…!」


 思っている以上に、私は壊れる寸前だった。

 助けを呼ぶ自分の声が、とても小さな子どものように響く。


「どこにいるの⁉」


「まだ、家の近く…」


「私の家の近くまでこれる?なるべくそこを離れて…、中間のあそこにしよう!人が多いところがいいから、いつものところで待てる?すぐ行くから!」


「うん、うん…っ」


 子どもに戻ったように涙しながら、うん、うんとうなずく返事を繰り返した。

 電話の向こうから、朱音あかねが支度をする音が聞こえてくる。

 朱音あかねが来てくれる、もう大丈夫。

 朱音あかねの全身が伝えてくれる「大丈夫」にほっとしたから、足の震えを治めるように、歩く速度を落ち着かせていった。


 朱音あかねと約束したお店は、わたしと朱音あかねの家の中間から、やや朱音あかね寄りにある居酒屋。

 引っ越し前は、朱音あかねともう少し近い距離で、この場所がちょうどよかった。 

 ほどほどににぎやかさを感じながら、半個室気分も味わえる。

 人目が多い方が、下手なことをされる心配が減らせるから、今の状況も安心できた。

 こんな気分で、引きこもるのも悔しいし…。


 先に席に通してもらい、ビールを頼んだ。

 手際よく、店員さんがすぐにもってきてくれた。

 テーブルに置かれたビールの泡を見つめていると、さっきの光景の怖さと、やるせなさと悔しさと、負の感情がぐっちゃぐちゃに押し寄せる!

 (むかつく…!)

 いきおいよくジョッキをもって、飲み干してやる!と持ち上げた瞬間、朱音あかねが席に顔を出す。

茉由まゆ…!」

 顔全体に心配を表す朱音あかねに、持ち上げたジョッキは宙のまま。

 私の顔に、また大粒の涙が浮かんできた。

 怖いものは怖い。

 今日は金曜日、華の金曜日。

こんな気持ちのまま、へこんでたまるか。


朱音あかね!飲もう!!」

泣くのはその後だ!!

朱音あかねといっしょにおつまみとお酒を頼んで「かんぱーい!」。

1杯を飲み干す頃には、堪えていた涙が「もういいよね?」と聴くように、限界突破で流れてきた。

「く、悔しい⋯!こんな気分で週末迎えたかったわけじゃないし、不快な状態で暮らすなんて、やだ」

「うん⋯、そうだよ、そうだよね。」

流れでてくる本音を、朱音あかねが落ち着いた声で受け止めてくれる。

「隣人さんに、確認するのも怖いし、犯人がわかってない状態だと、下手に刺激するのも危ないもんね」

騒音トラブルとかなら、管理会社に苦情を言えるけど、これ系の苦情となると、引っ越しを検討するしかない。

身の危険に関わることだし、慎重な判断を強いられた。

実害は出ていないけど、こういうことは、今日で3回目。

引っ越してまだ1か月。

こんなことがなければ、引っ越しなんてしなくていいことなのに⋯。


「お金もかかることだし、引っ越したばかりで、悔しいよね⋯。でも、身の危険は避けたいし⋯」

朱音あかねは飲み干しきらなかったジョッキを置いて、心配そうな目線で宙を見る。

考えを巡らせた朱音あかねが、急にぱっと顔を上げた。

その顔には、悩みなんて吹き飛んだ!って書いてあるぐらい晴れやかで。

呆気に取られた私に、乾杯を誘うようにジョッキをもう一度持ち上げた。

茉由まゆ、いい案浮かんだよ!」

朱音あかねに誘導されるよう、わたしも飲み干したジョッキをもう一度持ち上げて、朱音あかねと乾杯の助走をとる。

「うちの弟と同居しよう!かんぱーい!」



ゴンーーーーーー!!


ぶつかる音が、私の頭に鈍く鈍く鳴り響いた。


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