第八話 砦の朝、戦乙女立つ

 砦に夜襲を掛け、オリビアが砦の指揮官である’’剛剣’’グレイルを撃破したとの報が流れると共に帝国軍はじりじりと追い詰められていった。


 砦中央にある司令塔は制圧され、今まで轟く威勢の如く掲げられていた漆黒の帝国軍旗は焼き尽くされ、帝国軍旗の代わりに銀糸で編み込まれたシルヴァラン王国の軍旗が翻る。


 兵士の怒号がそこかしこで響き渡る。


  「王国の’’銀の戦乙女(ヴァルキリー)’’が帝国の’’剛剣’’グレイルを討ち取ったぞー!王国万歳!’’銀の戦乙女(ヴァルキリー)’’万歳!!」


 突如の報に、王国軍の勢いと士気は天をも突く。同時に王国兵の繰り出す剣戟の力強さが明確に増幅する。


 王国軍に負ける事が認められず、抵抗を続け闘い続ける事を選ぶ帝国軍兵士。


 帝国軍の中でも屈指の強者である’’剛剣’’グレイルの敗北が信じられず、しかし状況から戦闘続行は不可能と判断し武器を降ろし投降する帝国軍兵士。


 前者は悉く討ち取られ、後者は速やかに拘束され捕虜とされた。



 そして、真夜中に幕を開けた戦闘は…

 敵将グレイルの撃破というオリビアの一手により夜明けと共に幕を閉じた。


 勝利の立役者は銀髪を眩しい朝日に照らされながら、砦内を闊歩し状況を把握していく。


  「正確な被害状況は確認できた?また敵軍の捕虜はいかほどか?」


 青髪オールバックの術師、小隊長ヴィンスから発言を始めた。


 「やはり思った通り…かなりの被害状況だ。私の第4部隊で、まず死者は1割だ。魔力切れ、負傷で戦闘続行不可能は7割。療養を挟めばその7割は何とかなるとはいえ現時点で戦闘可能は2割だな。」


  いつも自信に満ち溢れているヴィンスだが、今の表情は険しく見えた。


  「オレの第2部隊も厳しいな。死者と重傷戦闘不能者合わせて2割。負傷などあるがなんとか戦えるのが7割、残り1割の精鋭が全員健在なのが救いってとこか。」


 続く小隊長サンドも腕を組み、手を顎に当てながら神妙な表情だ。


  「オレさまの第3部隊もサンドと同じくらいだな。ただ人員の被害は同等くらいと思うが、恐らくサンドのとこより装備の消耗が激しい。実際すぐ戦えるのは第3のなかで5-6割と思ってくれ。機動力も全力とはいかん。」


 いつも快活で中隊のムードメーカー的な役割も持っているエルドゥだが今の表情は明るいとは言えない発言だった。


  「僕の第5部隊は回復使える者も居るので、幸いにも死者は出ていません。ただし魔力切れや負傷は全員と言って相違ないですね…。」


 緑髪の小隊長、ダナン自身も先程まで光魔法で中隊の治療を行っていたため魔力欠乏で立っているのがやっとの状況だった。


 「最後はアタシの第1部隊だね…ヴィンス、サンド、エルドゥの部隊が敵を引き付けてくれたから私の部隊は死者は無いけど全員疲弊でいっぱいいっぱい。魔法士は昏倒するまで戦ってくれたし、弓部隊も矢が無い。この砦に矢はあったけど潤沢ではなかった。最後に敵の捕虜は56人だよ。」


 副官のラウニィーが最後に発言した。


 各々の隊の被害確認を済ませ…あと一拍の逡巡を廻らしオリビアは話し始める。


  「まず、死者が出てしまったものの…この圧倒的に人員も物資も何もかも不足してる中、過酷な任務を2つも連続クリア出来たことは最高の成果よ。5人が1人でも欠けてたら出来なかった。ラウニィー、サンド、エルドゥ、ヴィンス、ダナン、ありがとう。」


 オリビアの言葉に5人は表情を緩める。


  「ガハハハハ!そうだな!逆に言ったら、全滅してても全くおかしくない連続任務の中、負傷が多いとは言え、これだけ沢山生き残れたんだ!オレさま達、頑張ったよな!」


 エルドゥは表情が明るくなり、持ち前のポジティブさを取り戻す。


 「全く。いつも通り、能天気な奴だ…。」


 ヴィンスは肩をすくめ、ボソリと呟く。その表情は普段の表情に戻っていた。


 「なにおう!お前さんこそいつもの仏頂面、ナリを潜めていたからよ。病気でもしてんのかコイツ?ってオレさまは心配してやってたんだぜ!」


 エルドゥはヴィンスに、口では心配しているが全く心配しているような素振りは皆無で、おどけた表情だった。


 「貴様…!!次はフォローしてやらんぞ…!!」

 「まぁまぁ!2人とも凄く活躍してたじゃん!言いっこなしだよ!」


 ラウニィーが止めに入る。


 「フン!」「ケッ!」


 横で聞いていたダナンとサンドは苦笑いしていた。


 「……ふふ。そういう喧嘩なら、いくらでも歓迎よ。」


 オリビアは一言挟んだ後、言葉を続けた。


  「さて、結果的に奪取したとはいえ敵兵は全て拘束できた訳ではない。脱出した敵兵も居るだろう。すなわち砦の陥落が周囲に伝わるのも時間の問題だ。そこで次のプランの話をしたい。」


  再び小隊長達は表情を固くする。


 「まずコンディションが酷いものから順に休息を取らす。まずサンド、エルドゥ、動けそうな斥候適正の高い人員を選出して砦の哨戒と周辺の警備に出して。ただし隣接した拠点の配置から、向こう1週間は最低でも安全で攻めては来れないだろう。故に無理はさせるな。回復と周辺の現状把握を重視だ。本命の鉱山地帯の状況と住人の確認も忘れずに。」


 「ああ!」「任せろ!」


 5人は顔を少し緩め、その中でサンドとエルドゥが明るく返事をする。当然だ。これ以上の連戦は誰がどう見積もっても耐えられない。


  「ダナンの隊は回復の要だから回復スキル持ちは全員落ち着き次第、貴方を含めて休ませて。その間のダナン隊の指揮はラウニィー、頼んだわよ。」


 ダナンは申し訳なさそうにラウニィーに頭を垂れる。


  「ラウニィー、ヴィンスの隊も動けない隊員は休ませて、回復するまでの間は砦の維持を何とか回すわよ。先に休んだ人員が回復次第、交代とする。それから各部隊で回せそうになかったら速やかに報告して。私と私の直下でフォローに入る。」


 「判った。」「了解だよ。」


2人から了承を得る。


 「一巡したら動ける人員も増えてだいぶ落ち着くだろう。今日がヤマだとして明日くらいか?そこからはどうする?」


 冷静に先を見据えたヴィンスが先のプランの話に移る。


 「………ふふ。ヴィンス。私たち…ここに居る小隊長だけでなく、そして中隊のみんな。全員がこんなに、命懸けで頑張って莫大な成果を挙げたんだよ。こういう時、私が何したいか分からないの?」


 突如とし、目の前の司令官席に座っている’’銀の戦乙女(ヴァルキリー)’’は朗らかな笑顔を浮かべヴィンスに微笑みかける。


 咄嗟なことにヴィンスはふいに紅くなり目を逸らす。


 何がやりたいかは遅れて理解したが、不意をつかれた為にいつも饒舌に回る口は出せなかった。


  「ガッハッハッハ!!そうだよなあ!!アレしかないよなあ!!そういやあの’’剛剣’’のやつ。イケる口だったみたいだな!あの棚に置いてある高級そうな瓶…アレは滅多に手に入らねえウイスキーじゃねえか...!オレさまずっと気になってたぜ!!」


 いの一番にエルドゥが大喜びした表情を見せた。


  「予定は明日の晩かな?それまで頑張ろ〜!小隊の皆にも楽しみにするよう伝えておくよ♫」


 明日の晩に控えたイベントを想像し、ラウニィーは突然くるくるとその場で回りだし身体で喜びを表現し始めた。


「それじゃあラウニィー、サンド、エルドゥ、ヴィンス。ダナン。頼んだわよ。」


 ’’銀の戦乙女(ヴァルキリー)’’は肩の力を抜いて柔らかく微笑んだ。

 戦乙女の微笑みは、疲弊した仲間たちにとって何よりの勝利の証だった。


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【TIPS】

キャラクター紹介


◆名前

ヴィンス・アーデン


◆性別

男性


◆年齢

32歳


◆特徴(外見)

碧色の綺麗な髪

気品があり、宝石をあしらった服を着ている


◆性格

プライドが高い

高圧的な態度、言動を取るが、自分に正直である


◆特技

魔力操作

魔法構築


◆趣味

魔法の研究

紅茶を飲む


◆得意武器

魔法操作を助力するメイス

剣技も心得がある。


◆得意魔法

水属性魔法


◆背景

貴族街の生まれで名家の子ども

幼い頃から魔法に対して高い才能があり、神童と言われていた。

周りからの期待を浴び続け、自分の力に絶対の自信を持つようになる。

だが、魔法の研究を怠る事はなく、自信の裏付けとなる日々の努力も怠らない人物であった。

そんなヴィンスが満を持して士官学校に入学。

在学中においても一目置かれる存在であった。

ヴィンスの在学中の魔法研究結果は現在でも学校の授業で使用されるほど、洗練されたもので非常に高いレベルの研究結果であった。

士官学校はその年の首席として卒業し、期待を一身に受け軍へ入隊する。

入隊後においてもその力は他を寄せ付けず中隊長まで一気に駆け上がった。

が、ある時、自身の失態が理由で小隊長に降格することになる。

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