第七話 C-7地帯 ― 夜襲の夜
夜の砦は静かだった。
松明の炎が揺れ、石壁を這うように灯りが走る。
耳を澄ませば、兵士たちの交代の声と、夜営の鍋の沸騰音が遠くから微かに聞こえる。
帝国軍はこの地を奪ってからすでに一ヶ月以上、補給と防衛を繰り返し、疲労の色がにじんでいた。
それでも、砦を守る兵の数は少なくない。
その外縁――闇に紛れて、オリビア率いるエルフォード中隊がじわりとにじり寄っていた。
靴底の音ひとつさえ立てぬよう、呼吸すら浅く整える。
ラウニィーが低く囁く。
「見張りは四人。巡回の交代が……今」
金色の瞳が夜を裂くように光った。
オリビアは短く頷き、指先を上げる。
その一動作に全員の視線が集まり、一斉に息が止まる。
次の瞬間、矢が夜を切り裂いた。
ラウニィーの矢は静かに見張りの喉元を貫き、声ひとつ漏らさせなかった。
サンドが土の壁を押し上げ、エルドゥがその間を雷のように駆け抜ける。
砦の外壁が軋む音と同時に、王国軍の突入が始まった。
「侵入者だ――っ!」
叫びが上がる前に、オリビアの声が風を裂く。
「――各隊、配置通りに!」
瞬間、夜の砦が戦場へと変貌する。
土と風と火と雷、水と光――五つの魔力の輝きが閃き、帝国兵たちが慌ただしく応戦に動いた。
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突入戦 ― 仲間たちの戦い
砦内部は入り組んだ通路が続く。
長い戦いを想定して造られた構造は、侵入者を容易に進ませない。
だがオリビアたちの動きは迷いがなかった。
「サンド、正面突破! 防壁を崩す!」
「任せろォッ!」
土属性の魔力が地鳴りのように響き、砦内の石壁が抉り取られるように崩れる。
瓦礫が降り注ぐと同時に、ラウニィーの火矢が迸った。
真紅の矢は瓦礫の隙間を縫い、敵兵の間を爆ぜるように駆け抜ける。
火が夜の闇を焼き、帝国兵の陣形が一気に乱れた。
「左側面、エルドゥが押さえる! 通路を塞げ!」
「おうともよッ!」
雷属性の魔力が迸り、通路を突き抜けた瞬間、数人の帝国兵が地面に叩きつけられる。
戦場を軽やかに駆けるエルドゥの体術と雷撃は、重装兵でさえ容易には追いつけない。
後方、光属性のダナンが淡い光を広げる。
「負傷者を後送しろ! 前線を下げるな!」
その声と共に、負傷兵の傷が癒え、戦列が再び締まり直る。
そしてもう一人――
砦の中央通路を制御するように、水の流れが静かに広がっていた。
「……ここは通さない。」
ヴィンスが片手をかざす。
床を走る水の膜が、足音を殺し、影のように帝国兵の足元へ忍び寄る。
次の瞬間、その膜が鋭く立ち上がり、まるで透明な刃のように帝国兵の足をすくい上げた。
体勢を崩した兵に対し、ヴィンスは一歩も動かずに掌をひねる。
波が一斉に押し寄せ、帝国兵を壁際に叩きつけた。
「水の圧力を……計算してやがる……!」
サンドが目を丸くする。
まさに職人技――ただ魔力を出すのではなく、物理を精密に“組み立てて”いる戦い方だ。
「前線、確保完了。中枢へ道は開いたぞ、オリビア」
「助かる、ヴィンス。後ろは任せる!」
「いつも通り、な」
水の膜が再び砦の床を覆い、背後からの増援を遅滞させる。
ヴィンスの制圧があったからこそ、オリビアは前だけを見て進めた。
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剛剣との邂逅
砦中央の広場にたどり着いたとき、戦場の空気が変わった。
そこだけが不自然なほど静かで、まるで夜そのものが息を潜めているようだった。
「来たか……“銀の戦乙女”」
低く、地鳴りのような声が響いた。
広場の中央に立つのは――帝国の’’剛剣’’グレイル。
黒い軍服の肩章には幹部の証。背に担ぐ大剣は人間の胴ほどの幅がある。
その威圧感だけで、砦の空気が一段沈んだようだった。
「邪魔はさせない」
風に紛れたオリビアの声は、感情を削ぎ落とした刃そのもの。
冷たい石畳に二人の靴音だけが響く。
月明かりが差し込み、銀と黒の影が対峙した。
「踏み潰してやろう――“銀の戦乙女”」
グレイルの剣先が持ち上がると同時に、周囲の兵が一斉に息を呑む。
ただの一歩で、砦全体の空気が張り詰めた。
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一騎打ち ― 力と技
「……来い」
次の瞬間、空気が爆ぜた。
グレイルが踏み込み、大剣を振り下ろす。
その一撃は音より先に衝撃が走るほど重く速い。
オリビアは地を滑るようにかわし、石畳が抉れるのを背後で聞いた。
「ッ……!」
余波だけで膝が震える。
この男は、まさに“怪物”だ。
力の差は歴然。帝国の幹部は、王国の中隊長と比べ物にならない。
「どうした? 逃げるだけか!」
「――逃げるつもりはない」
オリビアは風を纏い、斬撃を放つ。
だがグレイルはそれを真正面から受け止め、重い音を響かせる。
剣と剣がぶつかり、火花が夜に散った。
「悪くない……だが、軽いな!」
押し返され、石畳が軋む。
オリビアはすぐに距離を取って息を整えた。
(正面の力比べじゃ勝てない。けど――勝負はそこじゃない。)
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仲間たちの援護と戦況
後方では、再び帝国の増援が押し寄せていた。
「ヴィンス、もう一波来る!」
「来させるもんか!」
ヴィンスの足元で水が波打ち、波形が規則正しく伸びていく。
帝国兵が踏み込んだ瞬間、その足元の水が逆流し、まるで壁のように押し戻した。
雷と火と土がその隙に敵陣を削る。
「今はオリビアに集中しろ! ここは俺たちが支える!」
ヴィンスの低い声が響いた。
仲間たちが、オリビアのために“戦場を支える”形が完成している。
この戦いは――中隊全員の戦いだ。
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決着
グレイルの大剣が夜気を裂き、石畳を粉砕する。
オリビアは風の加速を利用し、踏み込みと同時に刃を横薙ぎに滑らせた。
閃光のような双剣の軌道が、巨体の懐を正確に捉える。
「ッ……!」
脇腹を抉るような一撃に、グレイルの巨体が僅かに揺れた。
それでも剛剣は倒れない。
逆に笑いながら大剣を振り回し、衝撃波で砦全体を震わせた。
「貴様ら王国の兵じゃ、この’’剛剣’’は止められん!」
「……王国の兵じゃなくても、私は――止める。」
風が膝裏を押し上げ、一気に間合いを詰める。
剣と剣が交錯し、火花が散る。
双剣が鎧の合わせ目を裂き、赤が夜に滲んだ。
「終わりよ。」
交差した刃が、グレイルの胸を深く断ち割った。
血が噴き、巨体が沈む。
大剣が鈍い音を立てて地面に落ちた。
「……なるほど……これが、“銀の戦乙女”か」
グレイルは苦笑を浮かべたまま、砦の石畳に崩れ落ちた。
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戦いの余韻
風が砦を吹き抜け、血の匂いが夜空に散った。
ラウニィーたちが駆け寄り、砦の内部の制圧が完了していることを告げる。
「リヴィ……勝った、ね」
オリビアは剣を納め、息を吐く。
勝利の実感よりも――胸に残るのは圧倒的な力の差だった。
グレイルでこれなら、帝国にはこの男と同格、あるいはそれ以上が何人もいる。
その背後には飛空艦と、無尽蔵の魔力供給源がある。
「……これでようやく一歩。まだ、全然足りない」
ヴィンスが後ろから歩み寄ってきた。
その髪は血と水で濡れ、吐息は荒い。それでもその表情は揺るがなかった。
「この程度で満足するお前じゃない。そうだろ、オリビア。」
「……もちろん。」
遠くで帝国兵の生き残りたちが、血走った目で伝令を走らせていた。
この砦の陥落は、帝国にとって小さな傷にも満たない。
だが確実に――王国と帝国の戦いの流れに一石を投じた。
ラウニィーがそっとオリビアの肩に手を置く。
その温度は、いつもの焚き火のように柔らかく、冷え切った胸の奥を少しだけ溶かした。
「リヴィ……ここから、だよ」
夜空を見上げる。
雲の向こうに、帝国の飛空艦がいる。
あの日――空が唸った日の黒い影が、今も心に焼きついている。
「奪い返す。……必ず」
風が彼女の銀髪を持ち上げ、月光を散らす。
その姿は、戦いの炎の中に立つ一人の戦乙女――
この長い戦争の、始まりを告げる者だった。
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【TIPS】
キャラクター紹介
◆名前
オリビア・エルフォード
◆性別
女性
◆年齢
25歳
◆特徴(外見)
青みがかった綺麗な銀髪の長い髪
透き通るような青い瞳
身長は165ディル(cm)
色白の肌で細身。引き締まったシルエットだが、色気のある体型
非常に綺麗で整った美貌の持ち主
◆性格
基本的には優しく、明るくて友好的
幼少期に貧しかったこともあり、根性が強い
分析力に長けている
自分が大切にしているものに危害が加わると非常に冷徹になる
非常に負けず嫌い
ポジティブな思考の持ち主
◆特技
近接戦闘
肉弾戦
剣技
交渉
分析
◆趣味
お酒を飲む(宴会)
チェス
◆得意武器
双剣
◆得意魔法
風属性魔法
◆背景
幼いころから才覚に溢れており、魔力量においては一般人と比べるとはるかに高かった。
また幼い頃から培ってきた負けん気の強さと根性で剣技を独学で修練し、魔法も合わせた剣技で他を圧倒してきた。
士官学校に入ってからもその才能はどんどんと伸び、学校での戦闘訓練に関しては他の追随を許さないほどだった。
軍に入隊してからはその思考力、分析力を持って戦場をコントロールしながら自身の圧倒的な武力で戦果を上げてきた。
その実力、功績が認められ、騎士の称号と、中隊長に任命される。
またその圧倒的な戦いぶりから【銀の戦乙女】(ぎんのヴァルキリー)という二つ名で呼ばれている。
ラウニィーとは幼馴染で幼少期から家族のように育ってきた。
お互いに絶大な信頼を寄せており、困った時にはラウニィーを頼ることもしばしば。
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