第四話 王国軍マイケル大隊長



 「……なんだと?オリビア…エルフォード中隊が、また飛空艦を拿捕しただと?一体、これで何隻目だ!?」


 思わず声が出た。

 

 大隊長であるワシ、マイケルは椅子の背もたれに沈み込んだまま、額に手を当てる。


 (信じ難い報告だ、まさか、あの小娘がまた成果をあげるとは。あの小娘、今度は何をしでかした?)


  帝国の飛空艦を拿捕ーーそのような芸当。常識では不可能だ。しかもその不可能と思われた任務を連続でクリアしている。

 

 隣で我が副官が書類をめくる音が静かに響く。 

 

 「エルフォード中隊……今回で四隻目の記録です。撃墜が一隻、残り三隻は損傷こそありますがすべて拿捕に成功しています。拿捕の記録は、他の部隊には前例がありません。素晴らしい成果です。」


 自身の目の前に報告にきている副官は、我が配下の各中隊の戦闘記録と成果を確認しながら報告した。


 ワシは返事をしなかった。ただ机の上の報告書を睨みつける。視界がじんわりと歪む。 


 始めは我らが所轄するエリアに攻め入ってくる飛空艦を撃墜せよ。という過酷な任務をあの小娘に与えた。その無理難題をあの小娘は見事乗り越えた上、二度目以降は撃墜より難易度がより高い、拿捕し奪うという作戦を見事成功させた。


 続けて副官が口を出す。


 「どう考えても素晴らしい成果です。中隊戦力では単体の飛空艦ですら、太刀打ちすら難しいです……ヴィンス・アーデン元中隊長が在籍するので実質、中隊長2名の戦力構成と言えども非常に過酷だったはずです。」


 書類を握る手に力がこもる。紙がグシャリと音を立てて歪んだ。


 (クソがっ。全て裏目に出ているではないか!あの女を失脚させるつもりが、またしてもやりおったか!)


 机の上に置いたグラスの中で琥珀色の酒が静かに揺れる。


 煙草に火をつけ、深く吸い込む。


 オリビアーー若く、美しく、そして何より強い。


 カリスマ、実力、そして羨望も全て集める、その存在が気に入らない。

 

 軍の連中は皆、あの小娘を英雄のように扱い、持ち上げている。


 国王から直々に授与される’’騎士(ナイト)’’の称号。そして’’銀の戦乙女(ヴァルキリー)’’の二つ名も同じだ。


 次は必ず、ワシの座を奪いにくるに違いない。


 (小娘が……!ワシの座は、渡さん!!)


 帝国との戦いで飛空艦が投入されるようになってからというものの、我が王国側は劣勢を強いられてきた。

 

 飛空戦力を持たぬ王国軍では、地上戦しか手がなかったのだ。当然芳しい成果は挙げられなかった。


 我が大隊は帝国飛空艦の対応には苦慮しており、大隊規模を動員し撃退するのが精一杯だった。


 そんな折に一つの策を思いついた。


 (オリビアの、エルフォード中隊に飛空艦の相手をさせればいい。無様に敗ければ、それを口実に排斥できる。)


 思惑は当初、順調に進んでいた。オリビアの中隊は幾度も敗走し、損害を出した。


 だが、ある日を境に、奴らは勝ち始めた。


 飛空艦初撃墜を達成後、まるで何かが憑いたように、次々と帝国飛空艦を拿捕し任務をやってのけた。


 まさかの成果に驚いた。他の大隊長クラスが、あの小娘の成果を賞賛する声は聞くに耐えなかった。


 最も言葉を発しない、あの女が口を開いたほどだ。


 (あの小娘…どこまで運がいい……!)


 ……だが、ヤツが成果を上げれば上げるほど、我が大隊の評価も上がる。


 (フン、そんなもの、全てあの小娘の功績だと勘違いされてはたまらん!)


 「マイケル大隊長、エルフォード中隊が拿捕した帝国飛空艦ですが、処理をどうされます?」


 副官の声が耳に入る。


 ワシは舌打ちを飲み込む。


 (クソが!あんなデカブツどうしろというのだ!帝国の飛空艦なんぞ我が大隊でも扱うノウハウはない。故に流用もできん。また師団長殿に献上するしかないではないか!)


 「……師団長殿に送れ。」


 額から汗がにじむのがわかる。


 「はっ、手配致します。」


 副官が書類に手を伸ばし資料を作成し始める。ワシは机のグラスの酒を一口あおった。

 残った琥珀色の液体が僅かに揺れる。光を反射してきらめく光景がまるでワシを嘲笑うかのように苛立たせた。


 我が国……シルヴァラン王国は資源が豊富とは言えない。それは帝国側もある程度、事情は一緒だ。


 互いが資源獲得を目指しているため当然、帝国とは敵対関係にある。


 そのため我が大隊には国防そして国境エリアの資源確保という重要な役割がある。


 「他の中隊の成果はどうだ?エルフォード中隊以外の進捗を報告せよ。」


 副官が即座に答える。


 「エルフォード中隊は、飛空艦との交戦が極めて多いため遅れています。しかし全行程の半分までは到達しています。ただ……」


 「ただ?」


 副官は一瞬、言葉を濁す。


 「エルンスト中隊、バーソロミュー中隊、アーヴァイン中隊の三つ、いずれも進捗三割にも届いていません。残り日数を考えると、完遂は難しいかと……。」


 全てが思い通りに行かず、ワシの頭の中が怒りで真っ赤に染まった気がした。


 「なぜだ!指令は単純だったはずだろう!!」


 副官は押し黙ったまま、視線を逸らす。


 部屋の空気が重く澱む中、副官は口を開いた。


 「進捗が良いエルフォード中隊から他の中隊へ応援依頼を送るのはいかがでしょうか?」


 副官の献策は至極、合理的であるように思えた。


  (…いや、それは応援に人員割いた事実を失敗の言い訳にされる恐れがある。)


 「…ダメだ。奴らには任務を継続させろ。ミスリラ鉱山地帯と現場の飛空艦の確保だ。どんな手を使っても奪ってこい。」


 「はっ。しかしーー」


 「異論は許さん。」

 

 マイケルの声に、部屋の温度が数度下がったような気がした。


 副官はわずかに身を引き、「了解しました。」とだけ答える。


 「最後に、グレンヴァルド中隊は進捗が良好です。完遂見込みと今朝報告を受けています。」


 「そうか、流石グレンヴァルド隊だ。エルフォード中隊はそのまま鉱石地帯を確保させにいくんだぞ!」


 グラスの中の酒が再び揺れた。

 

 ワシはその揺らめきから目を逸らせなかった。


 それは、ワシ自身の手の震えによるものだと気づくまでに少し時間がかかった。



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 【TIPS】


 【ミスリラ鉱山地帯】

 希少鉱石’’ミスリラ’’が採掘できるとされる鉱山地帯。

 鉱石’’ミスリラ’’を錬成することによりできる’’ミスリル製品’’は非常に強力、かつ美しい。そのため採掘可能な拠点を巡り帝国と熾烈な戦いが繰り広げられる。


 【マイケル大隊長】

 オリビアの直属の上官にあたる大隊長。部下の功績により大隊長へ昇格することが出来た人物。しかし本人は自身の手腕と誤解している。

 オリビアと違い’’騎士’’の称号や二つ名を持つに至らない人物。’’騎士’’の称号を持つオリビアを自身の大隊長という立場を脅かす存在として内心で恐れている。

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