第7話 体育祭

夏の空は、高くて澄んでいた。

運動場に並んだ紅白のテント、風に揺れるクラス旗。

そう、今日は待ちに待った体育祭だ。

いつもより早く登校した愛華は、胸の奥がそわそわしていた。


(今日、鈴木さん……頑張るんだろうな)


「おはよ、愛華!」

優香が腕を振りながら駆け寄ってきた。

「ほら見て見て、鈴木さんもう来てるよ」


促されて見た先、翔太は男子数人と並んで準備運動をしていた。

腕まくりしたジャージ姿、意外と広い肩幅。

走りながら仲間に声をかけて笑っている。


(え……なんか、いつもよりかっこいい……)


愛華が見つめていることに気づかないまま、

翔太はリレー棒を回しながら笑っていた。


「ねぇ愛華、リレーの補欠になってよかったね」

「よ、よくないよ! 緊張するだけだもんっ」

「補欠でも応援席は前だし、鈴木さんのすぐ近くだよ?」

「う゛……」

優香はニヤリと悪い顔をした。


そこへ、圭人が走ってきた。

「永野〜、鈴木が『並ぶ場所わかる?』って言ってたぞ」

「えっ、わ、私に?」

「おう。……なんか今日、永野のこと気にしすぎじゃね?」


愛華の心臓がまた跳ねる。


(気に……してるの?)



開会式が始まる。


太陽がじりじりと照りつける中、全校生徒が整列した。


「一年三組、前へ!」


翔太が旗を持って先頭に立つ。

その背中を愛華はじっと見つめた。


(あの背中、なんか……頼もしい)


太鼓の音、校長先生の長い話、拍手。

そしてついに――体育祭が始まった。



一年生のメイン競技・騎馬戦。

翔太は上に乗る“騎手”だった。


「鈴木、お前頼りにしてんぞ!」

「まかせろ!」


開始の笛が鳴った瞬間、翔太は迷いなく前へ飛び出した。

相手の騎馬を素早く避け、横に回り込んで――

ヒョイッと相手のハチマキを奪う。


「か、勝った!?」

「翔太つよっ!!」

観客席から歓声があがる。


愛華は息を止めたまま、その姿を見ていた。


(なに……あんなに運動できるなんて……)


翔太の髪が風で揺れ、真剣な横顔がいつもより大人びて見える。


そしてそのとき――

翔太がふいに観客席のこちらを見た。

目が合ったような気がする。


(……!)


翔太は照れたように、ほんの少し笑った。


愛華の顔が一気に熱くなる。



昼休み、お弁当を広げていると、翔太と圭人が近づいてきた。


「永野さん、さっき応援してた?」

「えっ……あ、う、うん」

「……見えたよ。なんか、嬉しかった」


その一言で愛華の心臓は完全に壊れた。


「は、はいっ……!」


横で優香がニヤニヤしているのに気づかないほど、

頭が真っ白だった。



午後のリレー。

愛華は補欠なので本番には出ないが、最前列で応援していた。


バトンが渡り、最後の走者――

翔太が走り出した。


速い。

とにかく速い。


でも――


「えっ!?」

カーブで誰かが前に飛び出してきて、翔太とぶつかった。

翔太はバランスを崩して転びそうになる。


「鈴木さん!」


愛華が思わず立ち上がったその瞬間、

翔太はギリギリで体勢を立て直し、走り続けた。


結果は2位だった。

でも、会場は大きな拍手に包まれる。


(鈴木さん……すごい……)



息を切らせながら戻ってきた翔太は、

汗を拭きながら愛華の近くで立ち止まった。


「……永野さんの声、聞こえた」

「え!?」

「転びそうになった時、『鈴木さん』って……呼んでくれただろ」

「み、見てたの!?」

「むしろ聞こえてきた。……ありがとな」


愛華は耳まで真っ赤になる。


(恥ずかしい……でも……嬉しい……)



体育祭の最後、翔太は空を見上げて笑う。


「今日、来てよかったな……」


愛華にはその意味はわからなかった。

でも、胸の奥があたたかくなった。

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