第3話 魅力的な人
「あの、スバルさん」
「なぁにぃ?」
「バタフライ、見せてもらえませんか」
「うん! えぇよ!」
明日人はしばらく少し潜っては急浮上したり、手を使わずに身体をくねらせているだけなのにスルスルと泳ぎ回るスバルを眺めていた。自由な様で窮屈にも見えてなんだかショーがないときのイルカみたいだと思った。
あの奔放さに秘訣があるのだろうか?
体格、体力的に勝る男子が女子にタイム負けするというのは明日人の常識では考えられなかったのだ。
秘密があれば探りたかった。
負けた直後こそ妙な悪態をついてしまったが、いっそ清々しい負け方に吹っ切れたらしい。
明日人の頼みを気持ちよく引き受けたスバルは早速バタフライのフォームでプールの水を掻き分け始めた。
スバルの泳ぎは手の指先から揃えた足の先まで繋がる有機的なうねりの躍動だった。
完璧なタイミングのドルフィンキックは水中から身体を打ち上げ、一瞬水の抵抗から解き放たれた両腕は、明日人の知るフォームより腕が身体の近いところを通った。柔らかい肩を支点にぎゅるんと回転して水中へ戻り身体を押し出す。着水した頭から首、首から背中、背中から腰、腰から脚へ。波のように途切れずに伝達した力がまた水の抵抗を跳ね返す力強さを見せた。
明日人はプールサイドを少し小走り気味に追いかけ、スバルのフォームに目を見張る。
練習の為に世界レベルの選手の試合を録画して何度も見たけれど、スバルのフォームはずっと綺麗で滑らかに見えた。
「どうやったぁ~?」50mをあっという間に泳ぎ、スバルは明日人に笑顔を向けた。
ゴーグル越しに目が合ったような気がして、明日人は少しドキリとした。
「綺麗……だったす」
「明日人くん! もぉ~なにいうてるの! ウチ、
「ち、違っ! 泳ぎ! 泳ぎが綺麗だったってことです!」
「あ、そか! そういうことかぁ! アハハハハハ」
「はぁ~おかしいわぁ」スバルは大笑いのせいで目に浮かんだ涙を拭うためにゴーグルを上げ、大きな黒目を猫がするように指の背で拭う。その仕草にまたドキリとさせられる。
明日人は赤らんだ顔を見られまいと、プールに飛び込んだ。
▽
「じゃ、自動販売機の前集合! 逃げちゃダメやでぇ?」
「逃げないすよ」
ひとしきり泳いだころには昼前だった。2人はそろそろ切り上げと互いに分かれると更衣室に向かった。
明日人のほうが着替えは早く、学校指定のジャージの袖を捲り先に自販機の前で待っていると「お待たせ~」と手を上げながらスバルが5分ほど遅れてやってきた。
デニムのパンツに、白Tシャツはなんというかすごくスバル
それより、なんとなくわかっていたが着替えたスバルはプール上がりのスッピンでもとても美人だった。
健康的な肌艶に、整った鼻筋に大きな目。こざっぱりした肩口ほどまでの明るい茶髪はタオルで拭いたきりなのかところどころぴんぴんと跳ねていた。また見惚れたのを誤魔化すように明日人は自販機のラインナップに向き直った。
「……何がいいす?」
「フルーツオぅレ~~オレ!」
相変わらずふざけてるなぁと、明日人は突っ込みはせずに小銭を入れた。すかさずスバルは目当ての冷たいフルーツオレのボタンを長い指で押した。
明日人も、自分の分の甘い缶コーヒーを続けて買う。
「ぷっはぁああ」フルーツオレの缶を腰に手を当て飲み干すおきまりのムーブを決めたスバルは満足満足と笑顔で明日人に笑いかけた。
「ありがとうなぁ明日人くん、付き合ってくれて。急に変な女やとおもったやろ?」
「そんなことは、ないすけど」
「昔っから距離感つかむの下手でなぁ。いけそうな人にはガッツリいってしまうし、ダメそうな人はとことんダメなんよ」
学校では、真面目で取っ付きにくいと自認している明日人だったが、スバルにはいけそうな人に見えたらしい。
実際、雰囲気に飲まれてしまったわけなのだが。
「ついでやし、連絡先教えてや」
「えっ、いや」
「ほらほら遠慮せんと」
半ば強引にメッセージアプリのID交換をさせられるとスバルは「じゃ、ウチはどっか温泉でも探そかな」と風のように去ってしまった。
騒がしくて強引で、ふざけていて。そしてとても魅力的な人だった。
明日人は少し惚けて、アプリのスバルの名前を眺めていた。
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