第4話:校庭大パニック

 この度、二人の学校の登校時間は早いのである。朝7時に学校入りしている。


 特別指導中であるため、早めの登校で掃除をする事になっているのだ。


「おはよーさーん」


 爽やかな朝日とともに、停学になって特別指導中の不良とは思えない清々しい顔で優里奈が現れる。


 慶史よりも先に学校に着いていたらしい。


「お前、なんでそんな元気なんだよ……停学ってもっとこう、しおらしくなるもんじゃねーの?」


「え? 普通に楽しいよ?」


 特別指導を楽しむ不良少女優里奈。それに対して絶望の顔色を浮かべる慶史。


 そして、特別指導の朝の日課が始まる。


 先生の監視のもと、二人は下駄箱の拭き掃除を黙々とこなしていく。


 約30分後、登校してきた生徒たちが二人をチラチラと見てくるが、慶史は気にしないフリをする。


 優里奈はクラスメイトに満面の笑顔で手を振っていた。


(こいつ、本当に反省してんのか?)教師が疑問に浮かべる中、監視が続き、掃除は終わる。


二人は生徒指導室の奥の個室へ戻り、始業時間まで自習をすることになった。


慶史は持参した新書を開く。


テーマはフロイトの精神分析。


(へぇー、無意識って時間の概念がないのか……)


夢の中では過去も未来もぐちゃぐちゃに混ざる。無意識は時間軸に縛られず、異なる時間のものを同時に扱える。


(つまり、構造化された言語を習得した瞬間、人は意識を持ってそれによって時間に組み込まれるのか。赤ん坊のときは無意識で行動してた訳で、そのとき過去も未来も同時に認識してたって事? わけわかんねー……でもおもろいな)


慶史がそんな哲学的思考に浸る隣で——


「あぁー! 早く種撒きたい!!」


優里奈は机に突っ伏しながら、地団駄を踏いていた。


この部屋は一応個室だが、ドアの向こうには教師がいる。


「お前、少しは声のボリューム考えろ。さっきのめちゃくちゃ聞こえてるぞ」


「え? 先生だって日常的に種ぐらい撒くでしょ? 普通普通」


「……まあ、昨日俺も一緒にやるって言ったけど、できるだけバレないようにしような」


そうこうしていると、始業開始時間になった。


特別指導中の罰則として校庭の草むしりの作業が開始される。


二人はジャージに着替えて、校庭に向かっている最中だった。


「優里奈、何かこぼれてるぞ。」


「え? 何が?」


ジャージの裾や袖から、ボロボロと何かが落ちている。


慶史が拾い上げると、それは種であった。


「お前、どこに隠し持ってんだよ!!」


「秘密♡」


(秘密♡じゃねーよ!!!)


 校庭で草むしりの作業に入ると、優里奈は草むしりの作業をしながら同時に種を植えこむ。


 慶史も優里奈から種を受け取り、わからないなりにデタラメに地面に種を埋めている。


(どうせ発芽までには時間がかかる。この停学期間が終わる頃には、まだ何も起きていないだろう)と慶史は思っていた。


 草抜きをほぼ一日中行ったため、その日のうちにグラウンド全面の草抜きが終わるという教師が想定していなかったスピードである。


 その日は二人ともクタクタであり、優里奈も秘密基地に寄らずそのまま帰っていった。


 そして、異変が起きたのは翌朝。


「な、なんなんだこれは……!?」


 校庭が、一晩で花畑に変貌していたのだ。


 正確に言うと、花だけではなく、カボチャ、キュウリ、その他いろいろなものが実っている光景はまるで農園。


 朝練の部活生達は呆然と立ち尽くす者もはしゃぐ者も様々だ。


「これ、昨日まで普通のグラウンドだったよな?」


「花畑を駆け回ろうぜ!」


「すげぇーカボチャもあるぞ? 食えるのか?」


 一部の生徒は花畑を駆け回り、他の生徒は勝手にカボチャやキュウリを収穫し始めた。


 慶史はただ驚愕するしかなかった。


 その頃、職員室では「大変です! グラウンドが……!!」と気が付いた教員が状況を知らせては騒然となった。


 教師たちはパニック状態。校長や教頭も現場に駆けつけ、ただただ唖然と立ち尽くす。


「……まさか、昨日の停学処分者の仕業では?」


「だとしても、どうやって……?」


 一方、その混乱を遠巻きに眺めながら、優里奈は満足げに微笑んでいた。


「ねえねえ、慶史くん、すごくない?」


(コイツ、初めて本名を呼びやがった。しかも「くん」付け?)と慶史は思うも、そんな事よりも大きな疑問がある。


「……いや、どう考えてもおかしいだろ。いくらなんでも成長が早すぎる。お前、あのとき撒いた種なんなんだ?」


「普通の花の種とかカボチャの種とかいろいろだよ? たぶん」


「たぶん、ってなんだよ……」


慶史は目を細めた。優里奈は明るく笑っていたが、その表情にはどこか戸惑いのようなものもあった。


(……こいつ、本当にこんなことになるとは思ってなかったな)


※ ※ ※


 職員はすぐさま対応の会議を開いた。


「すぐに撤去しよう」


「でも……これ、産業廃棄物扱いになりませんか? しかも、こんなに大量なものを」


「確かに……それにせっかく咲いたんだし」


 議論は紛糾。


 結局、学校側は「廃棄は忍びないので、業者に依頼して鉢植えに移し替える」ことになった。


「せっかく自然にできたのに、わざわざ整備しちゃうの?」と優里奈。


「いや、そもそも不自然なんだよ、これが」


「むぅ……」


 そんなやりとりをしながらも、優里奈は満足げだった。


 しかし、慶史の胸には、不安と期待が入り混じる妙な感覚が芽生えていた。

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