第3話 主人公の舞台
エリアナに腕を引かれ俺は村の広場に足を踏み入れた。
声が漏れる。
いつもはガランとした石畳の広場。
今日はカラフルなテントと人いきれで埋まっている。
響き渡る呼び込みの声。
スパイスの焼けるエキゾチックな匂い。
間違いなく「イベント」だ。
「すごい人ねカイル!」
「ああ本当だな」
俺の腕を掴んだままエリアナはキョロキョロと周りを見渡す。
その無防備さがたまらなく可愛い。
これが異世界。
これが主人公。
「おい見ろよ。あれカイルじゃないか?」
「本当だ。鍛冶屋の……」
「隣はエリアナちゃんだな。相変わらず仲がいいこって」
村人たちのヒソヒソ話が耳に届く。
悪くない。
むしろどんどん見てくれ。
このイケメンの俺と美少女のエリアナ。
お前らモブとは違う「主人公カップル」のお出ましだぜ。
「カイル! あっち見て! 綺麗な石があるわ!」
エリアナが指差す先。
怪しげな装飾品を並べた露店があった。
お約束だ。
こういうところで呪われたアイテムとか伝説のアーティファクトの欠片とかが見つかるんだ。
「おう行ってみるか」
俺はエリアナの手を引き露店に向かった。
……ん?
今エリアナの身体が一瞬強張ったような。
そして俺の手を振り払うでもなく握り返すでもなく。
ただ「触れさせている」だけのような奇妙な感触。
「……エリアナ?」
「あごごめんなさい! 行きましょ!」
エリアナは慌てて笑顔を取り繕った。
気のせいか。
ドジっ子だから人混みに緊張してるだけかもしれない。
そうに違いない。
露店を冷やかして回る。
だがどうもパッとしない。
得体の知れない干物。
出所のわからん壺。
チートスキル『創生魔法』はこういうガラクタには反応してくれないらしい。
『鑑定』スキルも貰っとけばよかったか?
いや創生魔法で『鑑定』を作ればいいのか。
……だがまだそこまでの練度は無い。
「チッ使えねえな」
思わず前世の口癖が出た。
「え? 何か言ったカイル?」
「いやなんでもない。それより腹減らないか? あそこで何か食おうぜ」
俺が指差したのは串焼きの屋台だ。
ジュウジュウと肉の焼ける音。
甘辛いタレの匂い。
これだよこれ。
イベント飯はこうでなくちゃ。
「わあ美味しそう!」
エリアナも今度は素直に目を輝かせた。
やっぱりこいつは食い物で釣るのが一番だな。
串焼きを二本買い広場の隅にある噴水の縁に腰掛ける。
エリアナが小さな口で行儀よく肉を食む。
その仕草だけで絵になる。
俺も一口。
美味い。
前世で食ったどんな高級焼肉より今この瞬間の異世界の串焼きのほうが美味い。
最高の気分だ。
その時だった。
「きゃあああ!」
広場の中心で甲高い悲鳴が上がった。
見ると荷馬車が暴走している。
積み荷の樽が崩れ落ち見物客が慌てて逃げ惑う。
馬車の荷台には小さな子供が取り残されていた。
「うわっ危ねえ!」
「誰か!」
村の自警団が馬車を止めようとするが馬が興奮していて近づけない。
子供が恐怖に顔を引きつらせている。
「カイル!」
エリアナが俺の服の袖を掴んだ。
その翠の瞳が不安に揺れている。
……キタ。
わかってる。
これだ。
これこそが俺が待っていた「舞台」だ。
「……大丈夫だ」
俺は食いかけの串を噴水の縁に置いた。
ゆっくりと立ち上がる。
村中の視線が広場の中心に集まっている。
今このタイミングで鮮やかに解決すれば。
俺はただの鍛冶屋の息子から村の「英雄」になれる。
「待ってろ」
俺は暴走する馬車の前に躍り出た。
「カイル!? 危ない!」
エリアナの悲鳴が聞こえる。
いいぞもっと叫べ。
お前の悲鳴が俺を強くする。
馬車が俺の数メートル手前まで迫る。
馬の荒い鼻息。
血走った目。
「止まれ」
俺は右手を馬車に向けた。
『創生魔法』発動。
何を創る? 剣か? 氷の壁か?
違う。
そんな派手なもんじゃない。
もっと根本的に。
事象を編み変える。
――『暴走』という事象を『停止』に。
ピタリと。
馬車がその場で止まった。
さっきまでの勢いが嘘のように。
まるで時間が停止したかのように。
いや違う。
馬はブルブルと身体を震わせている。
生きている。
だが前に進む「運動エネルギー」そのものが俺の魔法によって「無かったこと」にされたんだ。
広場が静まり返った。
誰もが何が起こったのか理解できず呆然と俺と馬車を見ている。
荷台の子供がぽかんとした顔で俺を見ていた。
俺はゆっくりと子供に近づき手を差し伸べた。
「もう大丈夫だ。怪我は?」
「……ううん」
子供を抱きかかえ地面に降ろしてやる。
母親らしき女性が駆け寄ってきて俺に泣きながら頭を下げた。
「あありがとうございます! あなたが助けてくれなかったら……!」
「いえ当然のことをしたまでです」
俺は完璧なイケメンスマイルを返した。
その瞬間。
「……すげえ」
誰かが呟いた。
それを皮切りに広場が爆発した。
「今のは魔法か!?」
「カイルが! あの馬車を手一つで!」
「信じられん……あのカイルがこんな力を……!」
賞賛。
驚嘆。
畏怖。
あらゆるポジティブな視線が俺に突き刺さる。
快感だ。
脳髄が痺れる。
前世で上司に頭を下げ得意先にヘコヘコしていた斉藤護(オレ)が今こんなにも大勢の人間に「崇拝」されている。
「カイル……!」
エリアナが駆け寄ってくる。
その瞳は潤んでいた。
俺のチート能力に感動している。
完璧だ。
完璧なヒロインの反応だ。
「言ったろ。大丈夫だって」
俺は彼女の頭をポンポンと撫でてやろうと手を伸ばした。
その瞬間。
ドクンと。
心臓が嫌な音を立てた。
空気が変わった。
さっきまでの喧騒と熱気が急速に冷えていく。
焼けた肉の匂いが腐臭に変わったかのような強烈な違和感。
「……なんだ?」
空が暗い。
いや違う。
広場の中心俺が立っている場所に巨大な「影」が落ちていた。
見上げる。
そこには何もいない。
だが影は確かにそこにある。
ゆらゆらと不定形に蠢く濃密な「闇」が。
『……見つけた』
声が響いた。
神と会った時とは違う。
もっと低く重く地獄の底から響いてくるような不快な声。
『その力……その魂の輝き。なるほど。神の想定外か』
闇がゆっくりと形を成していく。
黒い甲冑。
燃えるような紅い瞳が二つ。
背中から生えた蝙蝠のような歪な翼。
魔族だ。
それも一目でわかる。「幹部」クラスだ。
「魔王軍……! なんでこんな村に!」
自警団が震える声で剣を構える。
だが足は一歩も前に出ていない。
恐怖で金縛りになっている。
『フン。雑魚が。我が名は『
ゼノスと名乗る魔族は俺を一瞥しそして俺の隣に立つエリアナに目を移した。
『その力を持つ主の弱点。それは実に分かりやすい』
ゼノスの手がエリアナに向かって伸びる。
黒い瘴気のようなものが槍となってエリアナに襲いかかった。
「エリアナ!」
俺は考えるより先にエリアナを突き飛ばしていた。
ドッという鈍い音。
俺の左肩を黒い槍が貫いていた。
「ぐっ……!」
熱い。
いや冷たい。
焼けるような激痛と凍てつくような冷気が同時に身体を駆け巡る。
毒か。
呪いか。
肩から先が感覚がなくなる。
「カイル!?」
エリアナが悲鳴を上げる。
その顔は恐怖で真っ青だ。
そうだ。
それでいい。
ヒロインは主人公に守られて怯えていればいい。
「……はっ。大したことないぜ。こんなもん」
俺は肩に突き刺さった黒い槍を力任せに引き抜いた。
血が噴き出す。
だが構うものか。
俺には『創生魔法』がある。
――傷を『無かったこと』に。
俺は自分の肩に右手を当てた。
創生魔法が俺の肉体を瞬時に「修復」していく。
傷が塞がり失われた血液が「創り出され」感覚が戻ってくる。
「……なっ!?」
ゼノスが驚愕の声を上げた。
『自己修復だと? いや違う……これは事象の書き換え……! 貴様何者だ!』
「さあな。ただの鍛冶屋の息子だ」
俺は不敵に笑ってやった。
最高だ。
最高に主人公してるじゃないか俺。
さっきまでの「村の英雄」ステージから一気に「魔王軍幹部との死闘」ステージにランクアップだ。
そしてこの絶体絶命のピンチを乗り越えればエリアナとの絆はさらに深まる。
これぞ王道。
これぞ俺が望んだ異世界ライフ。
「エリアナちょっと下がってろ。すぐに終わらせる」
「カイル……」
エリアナが震える声で俺の名を呼ぶ。
大丈夫だ。
お前は俺が守る。
『小賢しい! その力が尽きるまで殺し続けてくれる!』
ゼノスが両手を広げる。
広場中の「影」が一斉にゼノスの元に集まり無数の槍となって俺に襲いかかる。
「無駄だ」
俺は右手を前に突き出した。
「――『創生』」
イメージしろ。
斉藤護の最大級の魂を使って。
奴の『闇』を打ち消す絶対的な『光』を。
「――『
俺の掌から眩いばかりの光が溢れ出した。
それは一本の剣の形を成す。
俺が知っているあらゆる物語の中で最強の「聖剣」のイメージをこの世界に「創り出す」。
光の剣が闇の槍を触れるそばから蒸発させていく。
『馬鹿な! この世界に存在するはずのない概念……! まさか貴様本当に……!』
ゼノスの声が焦りに染まる。
もう遅い。
「これで終わりだ」
俺は聖剣を振りかぶった。
ゼノスが逃れようと翼を広げる。
だが俺の剣が空間ごと奴を断ち切った。
「ああああああああああ――!」
断末魔の叫び。
黒い甲冑が光に焼かれて塵と化していく。
ゼノスの巨体がゆっくりと崩れ落ち最後は影すら残さずに消滅した。
……しんと。
再び広場に静寂が訪れた。
手の中にあった光の剣も粒子となって消えていく。
俺はゆっくりと息を吐いた。
勝った。
俺が。
魔王軍幹部に。
この村をエリアナを守りきったんだ。
「……はは」
笑いが込み上げてくる。
最高の一日だ。
これ以上の「主人公ムーブ」があるか?
いや無い。
俺は振り返った。
俺のヒロイン。
エリアナが呆然とそこに立っていた。
「……大丈夫かエリアナ。もう終わったぞ」
俺は今日一番のイケメンスマイルで彼女に手を差し伸べた。
さあおいで。
俺の胸に飛び込んで泣いていいんだぜ?
感動と感謝の言葉を俺に。
エリアナは動かなかった。
彼女は俺が差し出した手を見ない。
俺の顔をじっと見ている。
その翠の瞳は潤んでいなかった。
感動も安堵も恐怖もそこにはない。
ただひどく冷たい氷のような色をしていた。
「……エリアナ?」
なんだ?
どうしたんだその目。
俺が助けてやったんだぜ?
なんでそんな汚物でも見るような目で俺を……。
エリアナがゆっくりと口を開いた。
震えもためらいも一切ない声で。
「あなた……誰?」
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