第26話 揺らぐ防衛線

 門の前まで近づくにつれて、空気の重さがはっきりと分かるようになった。

 鎧の触れ合う金属音、兵士たちの短い号令、冒険者らしき連中の低い話し声。

 普段ならもっと人の行き来があるはずの街道は、今は門の手前にたむろする人々で塞き止められているだけだ。


(街を出た時とはぜんぜん違う。物々しい雰囲気だな)


 荷馬車を引いていたノノが、御者台の上から周囲を見回しながら、落ち着かない様子で肩をすくめた。


「うわぁ……なんか、こわ……。こんな雰囲気になるのはじめて見た……」

「ノノ、あんまり馬を急に止めないで。余計に周りがざわつくわ」


 ティナが苦笑しつつも、視線はしっかり門のほうを見据えている。

 門の真正面には、槍を構えた兵士たちが列を作っていた。

 その近くには、いかにも戦闘慣れしてそうな冒険者たち。

 剣を腰に下げている者、杖を持っている者、弓を抱えている者、それぞれがピリピリした空気をまとっている。


「……一体何があったんだ?」


 思わず、口の中で呟く。

 行きにここから街を出たときは、普通に人々が出入りしていたはずだ。


「とりあえず、状況を聞いてみましょう」


 ティナがそう言って、近くにいた冒険者の一人に声をかけた。

 革鎧を身に着けた、三十代くらいの男だ。

 彼は振り返り、俺たち一行を見て、少しだけ目を丸くした。


「その恰好……噂の凄い格好の新人?」

「恰好の話は一旦置いておいて」


 ティナが、見事な速度で話題を切り捨てた。


「門が閉じてる理由を教えてもらえる? 街の外から帰ってきたばかりなの」

「……ああ、そりゃ運が良いんだか悪いんだか」


 男は頭を掻きながら、肩をすくめた。


「昨日の夜だ。オーロックの森から、普段は中層以降にしか出てこねぇ魔物が、ぞろぞろ街のほうに向かってきやがった」


「中層の魔物が……?」 


 ティナが眉をひそめる。

 カイトもごくりと喉を鳴らした。


「それに、見たことのねぇ魔物も混じってるって話でな。今、森側のオーロック門の方はえらいことになってるらしい。兵士と腕利きの連中が総出で食い止めてるはずだ」

「だから、街の門を全部閉じてるってこと?」

「ああ。いつどっち側から魔物が来るか分かったもんじゃねぇ。ここは森とは少し離れてるからまだマシだが……それでもゼロってわけにはいかなくてな」


 男は顎で門の脇を指し示した。


「さっきだって、オーロックの森の中層に棲んでる大口喰らいが二匹も這ってきやがった。何とか仕留めたが、あれはさすがに骨が折れたぜ」

「大口喰らい……?」


 聞き返すと、ティナが「大きな蛇型の魔物よ」と教えてくれる。

 視線を向けると、門の脇に黒く焦げたなにかが積まれているのが見えた。

 近寄ってよく見ると、巨大な蛇のような形をしているものがある。

 胴体の一部は矢で穿たれ、他の部分は魔法で焼かれたのか、ほとんど炭の塊だ。

 見ようによっては、ただの黒い残骸にも見える。


「……これが?」

「おう。元は、もっと蛇らしい姿だったんだがな。魔法と矢と剣で蜂の巣にしたから、こんな状態だ」


 冒険者は苦笑した。


「こんなのが、街のすぐそばまで来てたってわけだ。ゾッとするだろ?」

「ええ……」


 ティナが、素直に顔をこわばらせる。

 カイトも、大口喰らいの残骸を見て、思わず一歩引いた。


「今は、いつ魔物が現れてもおかしくない状況だ。しばらく門を開けるつもりはねぇだろうな。ここは森側と違って、まだ静かな方だ。だから、あんたらはここでゆっくり待ってりゃいいさ。森側で腕利きどもが働いてくれてる」

「腕利き……」


 その言葉に、自然と、森渡りのヴァンの姿が頭に浮かんだ。

 あの黙っていれば綺麗なイケメンの顔が、妙にリアルに思い出される。

 軽口しか叩かないくせに、実力はあるという話だ。

 こっちが依頼で街を出た後に森に調査に向かった筈だが、街に戻ってきて門側で戦っているのだろうか?


「え、えっと……」


 隣で、ノノが不安そうに口を開いた。


「でも、これだけ兵士さんと冒険者さんがいっぱいいるなら、大丈夫、だよね……?」

「大丈夫大丈夫。少なくとも、ここが一瞬で食い破られるってことはねぇよ」


 男は笑ってそう言ったが、その笑いには少しだけ無理が混じっているように聞こえた。


「森側は……まぁ、近づかないほうがいいだろうな。態々死地に行く必要もあるめえよ」


(死地、ね)


 嫌な言い回しだが、それが現場の実感なのだろう。


「とりあえず、ここで様子を見ましょう」


 ティナがそう言って、俺たちに向き直る。


「今から森側に向かうのは自殺行為だわ。情報も足りないし、何より中層以降の魔物なんて、私たちじゃ足手まといも良いところよ」

「……そうだな」


 俺も素直に頷いた。

 今ここから走って森側の門へ行ったところで、俺たちのような半端なパーティーが足を引っ張る未来しか見えない。


(それに、俺はまだ、回復魔法の扱い方ひとつ満足に把握してない)


 無茶をするのは簡単だ。

 だが、「無茶をして誰かの足を引っ張る」のは、決してしたくない。

 荷馬車を門近くの邪魔にならない場所に止めて、俺たちは状況を見守ることにした。

 兵士たちが所在なげに槍の柄を握り、冒険者は自分の武器や杖を確認している。

 商人や農民たちは、落ち着かない様子で門のほうと森の方角を交互に見ていた。


(このまま、何も起こらなければそれが一番なんだが……)


 そう考えかけた、そのときだった。


「……あれ」


 誰かの呟き声が、耳に届いた。

 視線の先には、ゆらゆらと揺れる何かの影があった。


 森の方角。

 遠くの地面の上を、ぬめるような動きで何かが這って来ている。


「あれ、また大口喰らいじゃねぇか?」

「さっきのやつより、でかくないか……?」


 周囲の冒険者たちがざわめく。

 距離があるのでまだ輪郭は曖昧だが、それが異様に長い存在だということだけは分かる。


 門の上の見張り台から、声が響いた。


「大口喰らいだ! 大口喰らいがこっちに向かって来るぞ!」


 その叫びを合図に、空気が一気に緊張で締め付けられた。


「弓隊、構えろ!」


 兵士の一人が声を張り上げる。

 門上の兵が弓を引き絞り、狙いを定めるのが見えた。


 大口喰らいは、地面をずるずると這いながら、確かにこちらに近づいてくる。

 さっき見た焦げた残骸よりも、ひと回りは大きい。

 その巨体が、街道の土煙を巻き上げながら進んでくる姿は、正直笑えないほどの迫力があった。


「今だ! 放て!」


 指示とともに、門の上から矢の雨が降り注ぐ。

 数十本の矢が大口喰らいの胴体に突き立った──はずだった。


「全然、止まらねぇ……!」


 誰かの叫びが、ざわめきの中からくっきりと浮かび上がる。

 大口喰らいの進行は、まるで速度を落としていない。


「魔法使い! 準備しろ!」


 門の近くにいた何人かの魔術師が前に出る。

 杖が掲げられ、空気がぐっと重くなった。


「ファイアボール!」


 いくつもの火球が、大口喰らいに向けて放たれる。

 炎が爆ぜ、その巨体を包み込む。


 ──しかし。


「効いてない……!?」


 炎の中から、ずるり、と巨大な影が現れた。

 火傷の痕一つ見えない。

 粘液のようなものが表面を覆い、そのせいで炎が弾かれているように見えた。


「な、なんだよあれ……!」

「さっきの二匹とは様子が違うぞ!」


 兵士も冒険者も、一斉に声を上げる。

 大口喰らいは、矢や炎をものともせず、ずるずるとこちらに迫ってくる。

 距離が詰まり、その姿がはっきりと見えた瞬間、息を呑んだ。


「……っ!」


 大口喰らいの体は、ところどころがどろどろに溶けていた。

 鱗に見える部分の上から、半透明のゼリーのようなものがまとわりつき、揺れている。

 ところどころで、そのゼリーが肉に食い込んでいるのか、肉塊がぶよぶよと波打っていた。


 頭部は特にひどい。

 半分以上が溶け落ちているせいで、頭蓋骨らしき白い骨が露出している。

 その隙間から、ゼリー状の何かがぬるりと覗いていた。


(……おおねずみのときと、同じだ)


 ソーン村の手前で遭遇した、あの得体の知れない魔物。

 おおねずみにスライムが寄生したような、歪な存在。

 今目の前にいる大口喰らいは、それの「蛇バージョン」だ。


「なんだ、あの魔物……!」

「見たことねぇぞ……! これが、噂になってた『見たことのない魔物』ってやつか!」


 周囲の冒険者たちが口々に叫ぶ。 

 兵士も、再び矢をつがえながら、明らかに動揺していた。


「このままじゃ……」


 狙いが定まっていない矢や魔法は、大口喰らいの進行を止めるどころか、ただ表面をかすめているだけだ。

 鈍い音を立てながら、巨大な蛇は、門へ向かって、まっすぐに近づいてくる。


(このまま突っ込んで来たら──)


 門のすぐそばには、ノノたちを含め、商人たちが固まっている。

 数人は逃げる体勢に入っているが、荷車や荷物もあるせいで、すぐには動けないだろう。


(ノノも、他の奴らも、巻き込まれる)


 喉の奥が乾く。

 足が震えそうになるのを、ぐっと噛み殺す。


(怖い)


 心臓が、うるさいほどに鳴っている。

 ハイレグアーマー越しに、心臓の鼓動が自分でも分かる。


(でも──)


 剣術。

 心眼。

 女神から渡された魔剣と鎧。

 今まで何度も「助けられた」力たち。

 それらを信じるしかない。


(俺がやらなきゃ、誰がやる)


 自分にそう言い聞かせ、前へと歩き出していた。


「アウラ!」


 背後から、ティナの声が飛ぶ。


「援護を頼む!」


 短くそうだけ告げて、走り出した。

 自分の声が震えていないかどうか、確認する余裕はなかった。

 ハイレグアーマーの骨のチャームが、チリチリとかすかに鳴る。

 魔剣の柄を握りしめ、抜き放つ。

 冷たい刃が空気を切り、光を反射した。


(こっちを向け)


 心の中で呟く。

 巨大な蛇の濁った眼窩が、俺を捉えたような気がした。

 口が開く。

 どろどろに溶けた肉の間から、骨ばった顎が覗く。


「来なさいよ、化け物!」


 ティナの声とともに、風の刃がいくつも飛ぶ。

 ウィンドカッターが大口喰らいの胴体を切り裂く。

 しかし、やはり致命傷にはならない。

 透明に近い緑色のゼリーが、切り傷からとろりと溢れ、それを埋めるように蠢いた。


(やっぱり、あのゼリーが本体か……)


 おおねずみと一緒だ。

 見た目は別の魔物でも、その中身はスライムのような何か。


 心眼が、沈んだ湖の底から浮かび上がる泡のように、静かに情報をもたらしてくる。

 蛇の突進の軌道。

 頭を振るタイミング。

 巻き付こうとする瞬間。


(右に頭を振る。そこで一拍遅れて前に出れば──)


 息を吸い込み、足を踏み出す。

 ずるり、と巨体が迫る。

 頭が右へ振られる。

 その瞬間、一歩踏み込み、真横をすり抜けるように駆け抜ける。

 視界の端で、巨大な顎が空を噛むのが見えた。


「っ!」


 すれ違いざまに、魔剣を振る。

 刃が、どろどろに溶けた肉の中を走る感触。

 軽い抵抗のあと、骨を断つような感覚が手に返ってきた。


 ザクリ、と。


 大口喰らいの頭部が、半ばから斜めに切り裂かれた。

 耳をつんざくような、理解不能な悲鳴が響く。


「ギィィィィィィィ──ッ!!」


 脳が拒否反応を起こすような音だった。

 蛇の声というより、スライムが直接鼓膜を掻きむしっているような、そんな音。

 切断面から、ゼリー状の何かがぶくぶくと泡立つ。

 魔剣が触れた部分から、そのゼリーがじわじわと縮んで黒く変色し、煙を上げながら崩れる。


「効いてる……!」


 兵士や冒険者の攻撃ではびくともしなかった表面が、魔剣の一撃だけは明らかに削れていく。


「今だ! もっと引きつけろ!」


 背後から、誰かの声が飛ぶ。

 ティナの風の刃が、もう一度首元を狙って走る。

 他の魔術師の火球や、兵士の矢も飛んできて、大口喰らいの注意を散らす。


 巨大な頭部が暴れる。

 巻き付こうとする胴体が地面を薙ぐ。

 心眼が、その動きを少し先回りして教えてくる。


 左へ。

 今度は右へ。

 飛び退く。

 踏み込む。


(ここ!)


 剣術スキルのお陰か、最高のタイミングで再び魔剣を振る。

 今度は、頭部と胴体の接続部を狙って、思い切り斬りつける。

 するり、と骨を断つ手ごたえ。

 刃が通り抜けた瞬間、頭部がぐらりと傾き、そのままズルンと地面に落ちた。


「ギィィィィィ──!」


 悲鳴が一段と高くなる。

 切断面から溢れ出たゼリーが、魔剣に触れた部分からどんどん縮んでいき、やがて薄い煙のように消えていく。


(やっぱり、この剣だけはあいつらに「有効打」を与えられる……!)


 まるで、「本来この魔物を倒すために作られました」と言わんばかりの噛み合い方をしている。


(なら、やることは一つだ)


 頭部を失っても、胴体はしばらく暴れ続ける。

 地面を叩き、のたうち、周囲を巻き込もうとする。


 それを心眼で動きを読み、寸前で避ける。

 巻き付こうとする瞬間、その巻き付こうとした側の肉を斬る。

 のたうち回る胴体に、何度も何度も刃を突き立てる。

 時間にして、数秒か、十数秒か。

 体感ではもっと長く感じられたが、実際には一瞬の出来事だったのかもしれない。


 やがて、大口喰らいの体から力が抜けていった。

 痙攣が止まり、どろどろだった表面のゼリーも、霧のようにすうっと消えていく。


「……ふぅ」


 息を吐く。

 魔剣の切っ先から、薄い緑色の粘液がぽたりと落ちた。

 静寂が、一瞬だけ場を支配する。

 次の瞬間、門の周りからどっと歓声が上がった。


「やるじゃねぇか、あの尻丸出しの嬢ちゃん!」

「今まで誰の攻撃も効いてなかったのに……!」

「すげぇ……頭、切り落としたぞ……!」


 兵士も冒険者も、口々に叫ぶ。

 その視線が、一斉にこっちへ向けられていることに気づき、ようやく自分がどんな格好をしているのかを思い出した。


 ハイレグアーマー。

 大胆通り越してアウトな露出度の鎧。


「す、すごい格好だけど、めちゃくちゃやるじゃないか……!」

「噂の変態の子って、こいつのことか?」

「えっちな鎧着た剣士って本当にいたんだな……」

「おいおい、あんな装備どこで仕入れたんだよ……ギルドに売ってねぇよな……?」


 周囲から飛んでくる声の一部が、耳に入った。

 顔から火が出そうになる。


「~~~~っ!」


 思わず、片手で尻を隠す。

 今更感はあるが、やらずにはいられなかった。

 矢や魔法の中を駆け抜けていたときは、全然気にならなかったのに、こうやって見られていると途端に恥ずかしさが襲ってくる。


「アウラ!」


 ティナとカイトが駆け寄ってくる。

 ノノも少し離れたところで、両手をぶんぶん振っていた。


「大丈夫!? 怪我はない?」 

「だ、大丈夫。かすり傷一つ無い」


 息は上がっているが、身体に特に痛みはない。

 どこか打ったり噛まれたりしていないか確認するが、ハイレグアーマーがきっちり守ってくれているらしい。


「相変わらず、あんたの装備といい動きといい、常識が追いつかないわね……」


 ティナが呆れたように言いつつも、その顔には安堵が浮かんでいた。


「ひゃー! すごかったよアウラちゃん!」


 ノノが駆け寄ってきて、目を輝かせる。


「ずばーんって行って、ぐわーって切って……! わたし、途中から口あけて見てた!」

「ノノ、全然わからんぞ」


 思わず突っ込む。

 周囲からは、拍手も聞こえてきた。

 門の近くにいた商人や農民たちが、「助かった」「ありがとう」と口々に言ってくる。


(……まぁ、恥ずかしいけど)


 誰かに「ありがとう」と言われるのは、悪い気分ではない。


「おい、嬢ちゃん」


 さっき話しかけた冒険者の男が、感心したような顔で近づいてきた。


「さっきの一撃、見事だったぜ。矢も魔法も効かねぇあの化け物に、あんたの剣だけがまともに通ってた」


「……そう、みたいだな」


 魔剣の刃先を見る。

 さっきのゼリーは、もうすっかり消えていた。


「さっき門の脇に置かれてた大口喰らいは、普通の魔物だった。矢も魔法も通ってたんだが──」


 男は、焦げた残骸を顎で示す。


「今のやつは、さっきの二匹とは別物だ。姿かたちは似てるが、表面を覆ってたあのスライムみてぇなもんが本体なんだろうな。普通の武器じゃ、ほとんど太刀打ちできねぇ」


 おおねずみと同じ、いや、それ以上に厄介な代物だ。

 と、そのとき。


「伝令だ──っ! オーロック門前より伝令──っ!」


 甲高い声が響いた。

 一人の兵士が、砂煙を巻き上げながら城壁沿いに馬で駆けてくる。

 鎧は泥と血で汚れ、息も荒い。

 門の前にいた兵士たちが、さっと道を開けた。

 伝令の兵は、足を止め馬から降りると、その場に膝をつきながら声を張り上げる。


「オーロック門前にて……! 強力な魔物、多数出現! 援護、願います!」

「詳しい状況を報告しろ!」


 隊長格らしき兵士が前に出る。

 伝令は荒い呼吸の合間に、かろうじて言葉を繋いだ。


「はいっ……っ、森の中層から出てくる魔物どもに、通常の攻撃がほとんど通らず……!

 銀級以上の冒険者を中心に、兵と共に応戦しておりますが……押し返すのが難しく……!」


 周囲の空気が、さらに重くなるのが分かった。

 さっきまでざわついていた商人や農民たちも、思わず息を呑む。


「……銀級以上が揃ってて、それでも厳しいの?」


 ティナが、低い声で呟いた。

 冒険者のランクが下から銅、鉄、銀、金、ミスリル、アダマンタイト、オリハルコンだったはずだ。

 銀級と言えば、下から三つ目──そこそこベテランの域に入るあたりだろうか。

 その連中が揃っていても苦戦している、ということだ。


「どんな魔物が現れている?」


 門の隊長が問うと、伝令は力強く頷いた。


「はい! キラーボアを始めとして、大口喰らいやそのほかの魔物の体を、半透明のスライムのようなものが覆い、斬撃も矢も、炎も通りづらく……! 今は数で何とか押し止めてはおりますが、このままでは……!」

 そこで、伝令の視線が、門の脇に転がる焦げた残骸と──そのそばに立つ俺の剣へと向いた。


「……こちらでも、同様の魔物が?」

「さっき嬢ちゃんが斬ったやつだ。矢も魔法もまるで効かねぇのに、この子の剣だけは奴の中身に届いてた」


 冒険者の男が肩をすくめながら言う。

 隊長も、じっと俺と魔剣を見比べてきた。


(銀級以上でも苦戦してる相手に……)


 伝令の言葉が、頭の中で何度も反芻される。

 森側の門で踏みとどまっている冒険者たち。

 押し寄せる、スライムに取り憑かれた魔物たち。

 そして、それに対して「普通の攻撃が通りにくい」こと。


(……俺の剣なら、通るかもしれない)


 今、目の前で証明してしまった事実が、重く胸にのしかかる。


 怖い、という感情は消えていない。

 むしろ、さっきの戦いで「自分が死にかける未来」もはっきりイメージできるようになってしまったぶん、恐怖は増していると言っていい。


 それでも──。


(この魔剣だけは、あいつらに対して“有効な手”だ)


 そう理解してしまった以上、「知らん顔をする」ほうが、今はよほど怖かった。

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