第2話 ゲーム開始

 モニターに、最初の問題が浮かび上がった。


 しかし柊は、すぐには読み上げなかった。


 彼は、カードを置き、全員を見回す。


「一つ、ルールを追加します」


 蒼太は、柊を見つめた。


 柊は続ける。


「このゲームは、協力も裏切りも可能です」


 会場が、ざわめいた。


 柊は、モニターを操作した。新しい説明が表示される。


【追加ルール:協力と裏切り】


各問題で、参加者は以下を選択できます:


1. 単独回答:一人で答える ** 正解:+20pt/不正解:-10pt**


2. チーム回答:他の参加者と協力して答える ** 正解:各+10pt/不正解:各-5pt**


3. 裏切り:チームを組むと見せかけて単独回答 ** 正解:+30pt/裏切られた側は-20pt**


 麻衣が、声を上げた。


「裏切りって……それ、ありなの?」


 柊は、頷いた。


「はい。情報社会では、信頼と裏切りが常に隣り合わせです」


 彼は、全員を見回した。


「さあ——誰を信じますか? そして、誰を裏切りますか?」


 蒼太は、タブレットを見つめた。


 画面に、新しいボタンが追加されている。


「単独」「チーム」「裏切り」


 そして——「チームメンバー選択」。


 参加者の名前が並んでいる。麻衣、隼人、克也、ユキ。


 蒼太は、周囲を見回した。


 全員が、互いを警戒している。


 柊が、最初の問題を読み上げた。


【第一問:インフルエンサーの罪】


あなたは、企業から依頼された商品のレビュー動画を投稿しました。報酬は五十万円。しかし、実際にはその商品を使っていません。視聴者からの信頼を得て、商品は売れました。これは、詐欺ですか?


A. 詐欺である(法的責任あり) B. 詐欺である(道徳的責任のみ) C. 詐欺ではない(企業の責任) D. 詐欺ではない(視聴者の自己責任) E. 判断できない


 麻衣の顔が、蒼白になった。


 蒼太は、彼女を見た。


 これは——彼女の過去だ。


 柊が言う。


「制限時間は二分です。まず、協力するかどうかを選択してください」


 克也が、麻衣に声をかけた。


「麻衣さん……一緒に答えませんか?」


 麻衣は、彼を見た。


 克也は続ける。


「どうせ、全員不正解になる。なら、チームで答えて、ダメージを分散させましょう」


 麻衣は——迷った。


 そして、頷いた。


「……わかった」


 二人は、タブレットで「チーム」を選択した。


 蒼太は、その様子を見ていた。


 隼人も、壁に寄りかかったまま、無言で見ている。


 ユキは——俯いたまま、何も言わない。


 蒼太は、「単独」を選んだ。


 隼人も、「単独」。


 ユキも、「単独」。


 柊が、制限時間を告げる。


「あと三十秒。回答を選択してください」


 蒼太は、選択肢を見つめた。


 詐欺か、詐欺ではないか。


 彼は——Aを選んだ。「詐欺である(法的責任あり)」


 時間切れ。


 柊が、結果を確認した。


「では、発表します」


 モニターに、各参加者の選択が表示される。


麻衣:チーム回答(克也と)→ C(詐欺ではない・企業の責任) 克也:単独回答 → A(詐欺である・法的責任あり) 蒼太:単独回答 → A 隼人:単独回答 → A ユキ:単独回答 → E(判断できない)


 麻衣が、叫んだ。


「え!? 克也さん、裏切った!?」


 克也は、目を逸らした。


 柊が、冷静に言う。


「克也さんは、チームを組むと見せかけて、単独回答を選びました」


「これが、『裏切り』です」


 彼は、カードを裏返した。


「正解は——A、詐欺である(法的責任あり)」


 モニターに、詳細な解説が表示される。


【解説】


インフルエンサーマーケティングにおいて、虚偽の情報を流すことは景品表示法違反に該当します。実際に使用していない商品を『使用した』と偽ることは、消費者を欺く行為であり、法的責任が問われます。


 柊は、麻衣を見つめた。


「麻衣さん。あなたは三年前、美容サプリメントの案件で五十万円の報酬を受け取りました」


 麻衣は、何も言えない。


 柊は続ける。


「しかし、実際にはそのサプリメントを一度も使用していませんでした」


「そして——そのサプリメントには、未表示のアレルゲンが含まれていました」


 モニターに、画像が表示される。


 病院のベッド。点滴を受ける子供。


「ある母親が、あなたの動画を見て子供に飲ませた結果——その子供は、アナフィラキシーショックを起こしました」


 麻衣の目が、見開かれる。


 柊の声が、冷たく響く。


「その母親は、あなたにDMを送りました」


 モニターに、メッセージの画像。


「娘が入院しました。あなたの動画を信じて買ったのに。どうしてくれるんですか」


 柊が言う。


「あなたは、そのDMを——ブロックしましたね」


 麻衣が、震える声で言った。


「だって……私のせいじゃない! サプリメントに問題があったのは、企業の責任でしょ!?」


 柊は、首を横に振った。


「責任の所在を企業に押し付けることは可能です」


「しかし、あなたは『実際に使った』と嘘をつきました」


「その時点で、あなたにも責任がある」


 柊は、スコアを更新した。


【第一問 結果】


克也:正解・裏切り成功 → +30pt(合計:+30) 蒼太:正解・単独 → +20pt(合計:+20) 隼人:正解・単独 → +20pt(合計:+20) 麻衣:不正解・裏切られた → -20pt(合計:-20) ユキ:不正解・単独 → -10pt(合計:-10)


 麻衣は、克也を睨みつけた。


「あんた……最低」


 克也は、何も答えなかった。ただ、ネクタイを直している。


 柊が、次のカードを引いた。


「第二問です」


【第二問:なりすましの代償】


あなたは、他人の名前とSNSアカウントを使って、金銭を騙し取りました。被害額は百万円。被害者はあなたの正体を突き止め、訴えると通告してきました。あなたは、どうしますか?


A. 謝罪して返金する B. 弁護士を雇って争う C. 逃げる(連絡を絶つ) D. 被害者を脅迫する E. 警察に自首する


 隼人が、わずかに身じろぎした。


 蒼太は、彼を見た。


 柊が言う。


「さあ、協力するか選択してください」


 蒼太は——考えた。


 隼人と協力すべきか?


 彼は、隼人に声をかけた。


「隼人さん……俺たち、協力しませんか?」


 隼人は、フードの奥から蒼太を見た。


 そして——冷たく答えた。


「信用できない。単独でやる」


 蒼太は、少しだけ——安堵した。


 内心で、自分でも驚く。


(俺、協力したくなかったのか?)


 彼は、自分の偽善に気づいた。


 結果、全員が「単独」を選択した。


 柊が言う。


「では、回答をどうぞ」


 蒼太は——Cを選んだ。「逃げる」


 道徳的には、謝罪か自首だ。


 でも——柊の言う「正解」は、違う基準だ。


 時間切れ。


 柊が、結果を発表する。


蒼太:C(逃げる) 隼人:C(逃げる) 麻衣:A(謝罪して返金) 克也:A(謝罪して返金) ユキ:E(自首)


 柊は、カードを裏返した。


「正解は——C、逃げる」


 麻衣が、声を上げた。


「は!? 逃げるのが正解!?」


 柊は、頷いた。


「はい。なぜなら——隼人さんは、実際に三回逃げて、三回とも成功しているからです」


 モニターに、隼人の過去が表示される。


 なりすましアカウントの記録。被害者からのメッセージ。そして——彼の逃亡履歴。


 柊が言う。


「一度目:大学生の女性から五十万円を騙し取り、逃亡」


「二度目:会社員の男性から三十万円を騙し取り、逃亡」


「三度目:主婦から二十万円を騙し取り、逃亡」


「あなたは、毎回アカウントを削除し、住所を変え、携帯番号を変えました」


「被害者は——あなたを追跡できませんでした」


 隼人は、何も言わない。


 ただ、腕を組んだまま、壁に寄りかかっている。


 柊は続ける。


「つまり——この状況において、『逃げる』は最も成功率の高い選択肢です」


「道徳的に正しいかどうかは——別問題」


 克也が、怒りを込めて言った。


「それは正解じゃない! ただの犯罪だ!」


 柊は、彼を見つめた。


「克也さん。あなたは、『道徳的正しさ』と『実際の成功』を混同しています」


「このゲームは、後者を基準に評価します」


 スコアが更新される。


【第二問 結果】


隼人:正解 → +20pt(合計:+40) 蒼太:正解 → +20pt(合計:+40) 麻衣:不正解 → -10pt(合計:-30) 克也:不正解 → -10pt(合計:+20) ユキ:不正解 → -10pt(合計:-20)


 蒼太は、複雑な気持ちだった。


 正解した。


 でも——それは、犯罪者の選択を「正しい」と認めたことになる。


 柊が、次のカードを引いた。


「第三問です」


【第三問:内部告発の罠】


あなたは、勤務先の会社が不正経理をしていることを知りました。証拠もあります。しかし、それを公表すれば会社は倒産し、三十人の従業員が路頭に迷います。あなたは、どうしますか?


A. 隠蔽する B. 社内で上層部に報告する C. 匿名で外部に告発する D. 実名で外部に告発する E. 転職して関わらない


 克也の顔が、強張った。


 麻衣が、彼を睨みつける。


「克也さん……一緒に答える?」


 彼女の声は、冷たかった。


 克也は、首を横に振った。


「い、いえ……単独で」


 麻衣は、笑った。


「そう。じゃあ、私も単独でいくね」


 蒼太は、その様子を見ていた。


 明らかに、麻衣は復讐を狙っている。


 制限時間。


 各自、回答を選択する。


 柊が、結果を発表した。


克也:A(隠蔽する) 麻衣:C(匿名で外部に告発) 蒼太:C(匿名で外部に告発) 隼人:E(転職して関わらない) ユキ:D(実名で外部に告発)


 柊は、カードを裏返した。


「正解は——ありません」


 全員が、顔を上げた。


 柊は続ける。


「このインシデントには、正解が存在しません」


「どの選択肢も、何かを犠牲にします」


 彼は、克也を見つめた。


「克也さん。あなたは、Aを選びました」


「しかし——実際には、別の行動を取りましたね」


 克也の顔が、蒼白になる。


 柊の声が、会場に響く。


「あなたは、まず隠蔽しました」


「そして——三ヶ月後、匿名掲示板に『内部告発風』のスレッドを立てました」


「自分で、会社の不正を暴露したのです」


 モニターに、匿名掲示板のスレッドが表示される。


「某食品会社の不正経理を告発する」


 投稿者のIPアドレス。そして——克也の自宅からのアクセス記録。


 柊が言う。


「あなたは、会社を守ろうとした。でも、守れなかった」


「そして、罪悪感に耐えられず、自分で暴露した」


「結果——会社は倒産。従業員三十人は全員解雇」


「あなた自身も、職を失いました」


 克也が、叫んだ。


「俺は……俺だって、どうすればよかったんだ!」


 柊は、静かに答えた。


「わかりません。しかし——あなたは最も卑怯な選択をしました」


「守ると言いながら、自分で壊した」


 スコアが更新される。


【第三問 結果】


全員不正解だが、克也のみ追加ペナルティ


克也:-20pt(合計:0) その他:-5pt


 麻衣が、克也を睨みつけた。


「あんた……自分で会社潰しといて、被害者ヅラしてたの?」


 克也は、反論できなかった。


 柊が、次のカードを引いた。


「第四問です」


【第四問:復讐の連鎖】


あなたは、元交際相手にリベンジポルノの被害に遭いました。画像は拡散され、あなたの人生は破壊されました。ある日、あなたは加害者の個人情報を入手しました。あなたは、どうしますか?


A. 警察に通報する B. 弁護士に相談する C. 個人情報を晒す D. 直接対決する E. 何もしない


 ユキが、ゆっくりと顔を上げた。


 その目には——涙が浮かんでいた。


 柊が言う。


「協力するか、選択してください」


 誰も、動かなかった。


 全員が、「単独」を選択する。


 そして——回答。


 ユキは——Cを選んだ。「個人情報を晒す」


 柊が、結果を発表する。


「正解は——C、個人情報を晒す」


 麻衣が、声を上げた。


「それが正解なの!?」


 柊は、頷いた。


「はい。なぜなら——ユキさんは、実際にそうしたからです」


 モニターに、匿名掲示板のスレッドが表示される。


「リベンジポルノ野郎を特定した」


 加害者の名前、住所、勤務先、家族構成——すべてが晒されている。


 そして、コメントの嵐。


「こいつ最低だな」

「会社に電凸しようぜ」

「死ねばいいのに」


 柊が言う。


「ユキさん。あなたは、加害者の情報をすべて晒しました」


「結果——彼は会社を解雇され、家族とも断絶し」


 彼は、次の画像を表示した。


 ニュース記事。


「元会社員、飛び降り自殺未遂」


「彼は、自殺未遂を起こしました」


「一命は取り留めましたが、現在も入院中です」


 ユキは、何も言わなかった。


 ただ、スマホを握りしめている。


 柊は続ける。


「ユキさん。あなたは、被害者でした」


「しかし——加害者にもなりました」


 ユキが、小さく笑った。


「……それの、何が悪いの?」


 彼女の声は、冷たかった。


「あいつは、私の人生を壊した」


「私も、あいつの人生を壊した」


「おあいこでしょ?」


 柊は、首を横に振った。


「おあいこではありません」


「あなたは、彼と同じことをした」


「つまり——あなたも加害者です」


 ユキが、叫んだ。


「じゃあ、どうすればよかったの!?」


「警察? 弁護士? そんなの、何の役にも立たなかった!」


「画像は拡散され続けて、私は学校にも行けなくなった!」


「私は——ただ、仕返しがしたかっただけ!」


 柊は、静かに答えた。


「その気持ちは、理解できます」


「しかし——仕返しは、新たな暴力を生むだけです」


 彼は、ユキを見つめた。


「あなたは今、どう思っていますか?」


「彼を追い詰めたことに、後悔はありますか?」


 ユキは——答えなかった。


 ただ、俯いて、スマホを握りしめている。


 柊は、スコアを更新した。


【第四問 結果】


ユキ:正解 → +20pt(合計:0) その他:全員不正解


 会場が、重い沈黙に包まれた。


 柊は、最後のカードを手に取った。


 そして——蒼太を見つめた。


「第五問」


 蒼太の心臓が、激しく脈打った。


 柊が、ゆっくりと読み上げる。


「田代蒼太さんの、物語です」


 蒼太の顔が——凍りついた。


(第二章・了)

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