第8話「魔法使いの終わり」【アスマ視点】
「っ」
やっと精霊の呪縛から解放されると喜んでいたのに、事態は思っていた方向に進まなかった。
「なんで……」
自分が約束を交わしている精霊が
一般人のノーナでさえ自由に好き勝手に精霊を服従させることができるのに、ソーン家の血を引くはずの自分は魔法使いの資格を失った。
(何、焦って……)
これで、いい。
やっと自分はソーン家の輪から解放されて、これでようやく一般人としての生き方ができる。
そんな安堵の気持ちで満たされることに、ほっと息を吐き出そうしたときのことだった。
「っ……」
なぜか、苦しくなった。
上手く酸素を取り込めなくなった。
呼吸することが苦しくなって、急に涙が溢れてきそうになった。
(精霊との絆が消えたから……?)
精霊のいない世界にいきたかったという念願が叶ったはずなのに、どうしてこんなにも自分が傷ついたような感覚に落とされたのか分からない。
「いらない……いらない……っ」
(もう、精霊のことは考えない……)
精霊にとっての恵みの雨を取り込むことができなくなったら、彼らは生きていくことができないかもしれない。
そんな不安に駆られたところで、もう自分には精霊を助ける術は残されていなかった。
「どうして、シャロ家の魔女様が来ることを知らせてもらえなかったの!」
「俺の力で、崖から落ちる魔女様を救うことは……」
「ただでさえ序列が低いのに……どうしたら……どうしたら……」
やっとシャロ家の魔女様との出会いを果たす日がやって来たのに、崖から転落する力を持たない者は
力がないからこそ排除されるのは当たり前のことなのに、その当たり前を両親は理解できない。両親はいつだって、シャロ家の寵愛を受けることに必死だった。
「ソーン家の血を、より強いものにしないと……ソーンの血を……ソーンの血を……」
静まり返った部屋の中、狂気の感情が宿った彼女から逃げ出そうとしたときのことだった。
「お兄ちゃん……どこに行くの?」
いつから妹の声が、こんなにも感情をなくしてしまったように聞こえるようになってしまったのか。
振り返ったところで、過去の記憶は戻ってこない。
それだけ妹との関係が希薄であることに気づかされるけど、その距離を縮めようとすら思わない。
「お母さんが、怒ってるでしょう」
その小さな手が、部屋から逃げ出そうとする俺の手首を掴んだ。
鋭い爪が、手の甲に突き立てられる。
「お母さんが怒ってるのは、お兄ちゃんのせいなの」
どんな言葉を返しても妹の怒りを和らげることができないと察し、抵抗することを諦めた。
「お兄ちゃんが悪いの、出来損ないって自覚はある?」
妹の爪が、ゆっくりと皮膚に食い込んでいく。
痛みに顔を歪ませてしまいそうになったけど、それを堪えて妹の狂気を受け入れていく。
「一番にならなきゃ、意味がないの」
容赦のなく、次のひっかき傷を作るために妹は爪を動かす。
「私が子どもを産んだって、碌な子が育たないんだから」
みんながみんな、狂っていく。
年下の妹ですら、生まれてきた自分には価値がないと吐き捨てる。
シャロ家の血を欲しさに、みんながみんな不幸に陥っていく。
「その優しさが、精霊と仲良くする際にも生かされているのですね」
魔女様と二人きりになったとき、幻精霊が青く広がる空に舞っていた。
魔法使いとしての力を失った俺の元に、精霊が寄ってくるはずはない。
シャロ家の魔女様が、アリドミアにやって来たことを祝福するための空を飛んでいるのだと思った。
「空、綺麗ですね」
穢れなき白を纏った幻精霊は迷うことなく風に乗り、青の世界に自由を描いていく。
頭上に煌く青と白があまりにも眩しすぎて目を伏せたくなったけど、その真白の精霊が舞う姿を好機に思った。
(野生の精霊なら……)
でも、野生の精霊の中には自分を好いてくれる精霊がいるんじゃないかって希望を懸けた。
「おまえは……あのときの幻精霊?」
日が経てば経つほど、動物と精霊の見分けもつかなくなってきた。
視界に映った小さな影に縋ることしかできなかった俺は、幻を見せることを得意とする幻精霊の力を利用した。
「力……貸して……」
震える小さな俺の体を守るように、一体の幻精霊は肩へと舞い降りた。
「俺に、魔法使いとしての力があるように……嘘を生み出してほしい」
他人を利用して罪を犯し始めてから、ずっと絶望しか感じられなくなった。
「ごめん……別れを選んでおきながら、また、力……借りて……」
幻精霊が羽ばたくたびに、頬を撫でる程度の風が吹き込んでくる。
それは涙を拭けという激励だったのか、力を失った自分への叱咤だったのか。
自分には答えを知るほどの力は残されていないけれど、シャロ家の魔女様なら幻精霊の気持ちを理解できるのかもしれない。
「魔女様……魔女様……魔女様っ……」
自分の隣にいない彼女に、助けてと願いを込める。
でも、ステラ・シャロ様のことを名前で呼んでいない時点で、俺には助けてもらう視覚すらないのだと気づかされる。
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