第3章「連続殺人事件」

第1話「犯人捜し」

「ステラちゃんの信頼を、少しは得られたってことかな」

「エグバートくん、真面目に聞いてほしいんだけど……」


 月明かりが差し込む屋敷の一室。

 アッシュ家の造りを理解できぬまま、私とユウはエグバートさんが体を休めている部屋へと案内された。


「精霊の力を借りたから、ですか」

「ん?」


 普段はきちっとした服装をしているエグバートさんが、寝間着姿で私たちを出迎える。

 普段と違うところに違和感が生まれるどころの話ではなく、ベッドに伏せたエグバートさんの顔色はとても悪そうに見えた。


「精霊の力を借りると、いつもこんなに体調を崩されるのですか」


 窓越しに見える庭には、今にも眠りの世界に向かってしまいそうな精霊たちの姿があった。雨が降らないせいで、暇を持て余しているのかもしれない。


「もともと体が弱いことも理由なのかな」


 エルバートさんの顔には疲労の色が濃く、額には冷や汗が浮かんでいる。

 私たちと会話することもやっとなくらい疲労している彼が少しでも楽になれるように、そっと彼の額に冷たい布を当て、彼の体温を下げるために努める。


「精霊の力を借りると、特に体調が最悪」


 私がアッシュ家の贄になった日、魔物という脅威なる存在がいることを私に教え込む必要があった。

 エグバートさんは、体に無理を強いてまで表舞台にやって来てくれたということ。


「だから、かっこつけないでほしいんだけど……」

「男なんだから、かっこつけたくもなるの」


 満月が輝く姿を眺めている余裕なんてないと分かっていても、エグバートさんが風情を感じられるくらい回復できるようにと祈りを込める。


「ごめんね、体が弱くて」


 気丈に振る舞うエグバートさんの声が返ってきて、いつまでも心配の眼差しをむけるのは失礼だと悟った。

 けれど、今にも消え失せてしまいそうな、儚げな雰囲気をまとうエグバートさんを心配せずにはいられないのも事実。


「エグバートさんが動けないときのために、私たちがいますから」


 エグバートさんがいつも通りを装うというのなら、私もいつも通りを装うことができるように心がける。


「さて、本題に入ろうか」


 ここで私がいつまでもエグバートさんのことを心配していては、いつまで経っても彼は口角を上げることができない。


「一連の殺人事件に手を貸している人間が、森契の盟シルヴァン・アコードにいると踏んでいます」


 ユウに説明したことと同じ内容を、アッシュ家の次期当主であるエグバートさんにも伝えていく。


「炙り出すのが正解なのか、殺人事件を防ぐために行動するべきなのか……判断しかねています」


 夜の静寂が広がるのを感じつつも、傍に精霊の気配があることを確認できると安堵の気持ちが芽生える。

 それだけ精霊との付き合いが長く、精霊とは切っても切れぬ仲だと言わんばかりの安堵感に戸惑ってしまう。


「ユウくんを、白だと判断した理由は?」

「ユウは、シャロ家の命に忠実だったからです」


 包み隠すことなく、エルバードさんへと丁寧な言葉を紡ぐように心がける。


森契の盟シルヴァン・アコードにとって、シャロ家の魔女は絶対的な存在です」

「……確かに、逆らう人間はいないだろうね」

「私はユウに、クラスメイトの護衛を優先するように命じました」

「シャロ家の魔女の護衛を無視して、その命に応えたってことかな」


 アカデミアの校舎でシャロ家の魔女を独りきりにするだけで、ユウには大きな罰が下っても可笑しくない。

 それなのに、ユウは二人の女子生徒の護衛を優先してほしいという私の願いに誠実に応えてくれた。


「良かったねー、真面目なところが活かされて」

「エグバートくん……元気になったら、殴る」

「えー、俺、病人ですよー」


 そこでエグバートさんは、吹きだすように笑い声を上げてくれた。

 もちろん大爆笑というわけではないけれど、笑い声を漏らすくらいの元気はあって良かったと思った。


「だから、元気になったらって……」


 エグバートさんとユウの間に広がる優しい空気感を気に入った精霊の光精霊が、私たちの様子を気にして何体か駆け寄ってきた。

 私に一極集中してしまう光精霊の柔らかな毛並みに包まれると、私の口角が自然に上がってくれたのではないかと期待する。


「俺も、シャロ家の魔女様の信頼に値するってことでいいのかな」

「エグバートさんを白だと判断した理由は、ひとつです」

「エグバートくん、体、弱いから」


 凄惨な殺人事件が繰り返されているときに、こんなにも穏やかな空気感は相応しくないかもしれない。

 でも、光精霊があまりにも私に甘えるようにすり寄って来るから、ここは精霊が与えてくれた穏やかな空気に心を休めたいと思った。


契約札エテル・カードを、一般魔法使いに配り歩く余裕がない」

「その通りなんだけど、痛いとこ突くなぁ」

「寝込んでるってことが、エグバートさんの無実を証明してくれるんです」

「はぁ。好きで、この体に産まれたわけじゃないんだけどね」


 体調が悪いはずのエグバートさんなのに、自分の体の弱さを茶化すように彼は笑った。


「シャロ家の魔女が来ても、分が悪すぎてどうしようかな」

「……信用できるのが、この場にいる三人だけということですよね」


 自分は感情を抑えるのが癖になっていると思っていたけど、少しは不安を表情に出すことができたらしい。

 私の不安を察してくれたエグバートさんは、柔らかく微笑んでくれた。


「家族を巻き込めば、戦力も増えるけど……」

「家族の無実を一人一人、証明する暇もないね」


 森契の盟シルヴァン・アコードに関する知識の浅い私にも理解できるように、二人はゆっくりとした口調で話を進めてくれる。


「今回の件は、私とユウで進めましょう」


 この場にいない、森契の盟シルヴァン・アコードに属する魔法使い全員を疑うことになる。

 その可能性に早くから気づいていたユウは、わざと私から視線を逸らした。

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