第2話「双子は厄災の始まり」

「クレアちゃん」

「ん」

「今までありがとう」


 自分はクレアのような、綺麗な笑みを浮かべることができていないかもしれない。

 けど、シャロ家に忌み嫌われた双子が一緒に食事をする時間が、永遠に続けばいいのにと願っているのは本当のことだった。


「……ほんの少し、遠くに行ってくるね」


 でも、その願いは叶わないと知っている。

 私はなるべく彼女に心配をかけないように、自分の指を使って口角を上げる努力をした。


「なんで? なんで、双子の何が厄災の始まりなの?」

「落ち着いて、クレアちゃん」

「誰かに危害を加えた? 誰かを傷つけた?」

「未来を守るため、だよ」


 私たちの命運を分けたのは、どちらが早く精霊と呼ばれる異形の生物と仲良くなれたか。

 魔法使いが精霊の力を借りると、いつもより強い魔法が使えるようになる。

 精霊を使役し、国の役に立つことで、莫大な富を築き上げてきたシャロ家にとって、精霊と仲良くすることは必須の才と言われてきた。


「ちゃんと帰ってくるから」


 クレアの手に、ステラの右手を重ねる。


「次の人生で、とか言うつもり?」

「えっと……」

「ステラちゃん!」

「今まで双子でいてくれてありがとう、クレアちゃん」


 いつかまた会うことができたら、そのときは。

 古き呪いが残されていない平和な場所で、彼女と双子として生きていきたい。

 そんな夢みたいな希望を胸に宿していると、妹は溢れる涙を隠すために私の腕の中に顔を埋めた。

 でも、涙が零れる前に、私は妹の涙を指で拭った。


(私は今日、家族に殺される)


 人生で初めてのお洒落は外へ出るためのものでもなく、誰かに愛されるためでもなかった。

 私にとっての初めてのお洒落は、シャロ家に莫大な利益をもたらしている精霊に捧ぐためのものだった。


「心の準備ができたら、その崖から飛び降りなさい」


 雨音が、祖母の声をかき消してくれたら良かったのに。

 祖母の声を鮮明に拾い上げてしまうのは、私がシャロ家の娘という証なのかもしれない。


(生まれたときから、死ぬ運命と定められていたのに)


 降り続く雨粒が真っ黒なドレスを濡らし、それらの水は次第に肌へと不快さを訴えていく。


(覚悟も何も決まっていなかった)


 見物人全員が私の死を今か今かと待ち望んでいる異様な空気を感じ取り、あと一歩で崖下へ真っ逆さまというところまで歩を進めた。

 崖下へと視線を向けると森が広がっていることだけは分かるけれど、下の様子は見えない。

 崖上から崖下までの距離は想像もできないくらい高さがあるということを感じ取り、足が竦みそうになる。


「何を怖気づいているんだ!」


 一人の大人が声を上げると、その言葉に見物人たちが一斉に頷いた。

 私が生きた十六年もの間、何ひとつ村に厄災はもたらされなかったとクレアから聞いている。

 それなのに、私が十六の歳に精霊の生贄になるという結論は覆されない。


「これは名誉あることなんだぞ!」


 私が飛び降りる光景は父も母も見守ってくれているけれど、虚ろな目をしている両親が止めには入ってくれることはない。

 血縁者が生贄になることを光栄だと感激するあまり、私の親族たちは涙を零し始める。


(これは、名誉?)


 シャロ家に生まれたステラが、村に災いをもたらすのではないか。

 そんな恐れが、人々の心を支配してきたのだということを強く感じる。


(誰にとっての、名誉?)


 今日は人々が、恐怖という感情から解き放たれる祝いの日ということかもしれない。


「意気地なしのステラ様」


 群衆の中から声を上げたのは、人々を恐怖から救う唯一の存在。

 この場にいる誰もが彼女に注目すると同時に、白の鮮やかさが象徴された彼女のドレスが雨に濡れる。

 彼女にはすぐに傘が差し出され、季節の移ろいを表した艶やかなローブは守られた。


「シャロ家を救いたいなら、さっさと生贄になって」


 一緒に生まれてきた双子の妹クレアは冷たい目で私を見つめ、見物人たちは口を謹んで私たち双子の様子を見守っている。


「何もできなかったステラちゃんが唯一村のためにできること。それが、精霊の生贄になることだよ」


 クレアが、拳に力を込めているのが分かる。


(ありがとう、クレアちゃん)


 クレアの口から発せられる言葉の数々が、本心でないことが伝わってくる。

 どんなに冷たさを含んだ声だとしても、どんなに無情な表情で私を見つめていたとしても、彼女は見物人の恐怖を鎮めるために行動しているのだと理解する。


「私が力を添えてあげる。何も怖いことはないよ」


 見物人から注がれる視線の鋭さに委縮し、逃げ場のない状況に自身を追い込む。


「これはシャロ家が、幸せになるための儀式だから」


 妹に体を押され、覚悟も何も決まらないまま私は崖の向こうへと身を投げた。

 体が宙に浮いた瞬間、頬を水が撫でたことだけは覚えている。

 妹の涙だったのか、空から降り注ぐ雨なのか、判別がつかないまま私は意識を手放した。

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