第34話「遭遇、追跡」

 重力に逆らうような輝く時間から一転、正也の心は地に落ちていく。

 日常、温かさ、理想。

 手に入れかけたそれらは、足を踏み出す度に血の色に染まっていった。


「待てッ!」


 櫻の怒号によって目が覚める。

 顔を上げると、人影が階段を駆け上っていくのが見えた。


「舐めるな!」


 櫻は叫び、信じられない跳躍力で手すりを踏み、跳び、階段を大幅に省略した。


「嘘だろ」


 呟き、正也は階段を二段飛びで駆け上がっていく。

 登り終え、正也は“光”を見た。


 それは、祓魔師が霊気を使う際に発する青白い光。廊下の壁が放つその光に、櫻が大きく目を見開いている。


『相手が祓魔師なら』


「先輩ッ!」


『罠かッ』


 櫻に飛びつき、転倒する。


 直後、頭上で金属が壁に激しくぶつかる音が鳴る。


 見上げると、封呪符から放たれた数本の鎖が櫻の顔があった付近を通り、反対側の壁に激突していた。


「封呪鎖(ふうじゅさ)だ。この発動速度、時限式……!」


「先輩」


 櫻は正也の腕の中を這い出て、恐ろしい程ギラついた目と笑みを剥き出しにした。


「祓魔師だ」


 櫻の視線の先、正也も追う。


 純白に所々金の装飾が施された隊服。小柄な、少女のような後ろ姿。


 走りながらこちらを一瞬振り返ったその殺気が、夕陽に照らされた。


「祓魔師だッ!」


「ちょ、先輩⁉」


 正也が待ってと言う前に、櫻は駆け出している。


 それから首に手を当て、太刀を取り出して低い体勢で走った。


「正也君ッ! 私の後ろにしっかり隠れて!」


「は、はい!」


 直後、謎の祓魔師のポケットから小さい何かが零れ落ちる。


 それを不要な情報として即座に弾き出した正也。


「目ッ!」


 しかし、目を閉じた直後に青白い光が瞼の外を覆う。


 それは、ケルヴァスとの戦いで櫻が使った物と同じ光り方をした。


「うわっ!」


 目を開けてすぐ、顔の横を鎖が通り過ぎていく。


 櫻が太刀によって向かってくるそれを弾いたのだ。


『化け物、同士』


 櫻の背中を見つめ、必死に付いていきながら正也はそんなことを考える。


『こんなレベルの戦いに、付いていけるのか』


「屋上に行ったッ!」


 階段を駆け上がっていく。正也にはもう、櫻の背中しか見えない。


 開け放たれたドアに、櫻に続いて無我夢中で突っ込んだ。


 ――そのとき、正也の視界の端に映ったもの。


 人影、ではない。明確に人。和傘を差して、こちらをじっと見ている。


『急に、現れた⁉』


 櫻が気付かないわけがない。唐突に現れた、純白の隊服に身を包んだ少女。


『私の感覚が正しければ、その人は突然現れたということと』


 少女と目が合うその最中、正也の頭の中に櫻の言葉がフラッシュバックする。


 それは明確に一つの確信となって、彼の中の悔しさと不甲斐なさを刺激する。


『その人が、祓魔師ということだ』


「捕まえた」


「ッ⁉」


 直後、無音で正也の脚を払う。


 正也は為すすべなく、その場に倒れた。


「んぐっ」


「動くな」


 倒れた正也の上、少女の体重が肉を軋ませる。


 そうして頭に突き付けられた“それ”に、正也は心当たりがある気がした。


 それは、鉄より冷たい殺気。


「あなたも動かないで」


 少女が傘を折りたたむ音。正也が懸命に顔を上げると、六から七歩先、歯ぎしりをする櫻が目に入った。


「私は神殿の守り手、筧リン」


 チャキっと音が鳴る。頭に突き付けられた“銃”の感触に、正也は身震いする。


「神野櫻、あなたと話をしにきた」


 頭上から降りかかったその言葉と現実に、正也は追い付くことが出来なかった。

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