case7-1

 中田は摩池庫の状態を気にしていた。最近は掛川とも会っていないらしい。伸び切ったゴムを見ている気分であった。もう、戻らないかのごとく。


 その姿が他の人は気付いていないと思っていた。けれど、知らず知らずのうちに移っていた。背中が少し丸くなる。重い荷物を背負ったが分け合えないように肥大化する。降ろすことも出来ない。


「最近、何かあったでしょ」 


 中田は児玉に言われて、自身をようやく客観視できた。


「そうだね」


「キョーコ絡み」


 児玉も鋭く突いてきた。中田は返答に悩むが、目を瞑って正直に頷いた。


「そうか。やっぱり」


 児玉は少し間を開けてから、中田にこう告げる。


「ちょっと気になっていることがあるのだけど、あーちゃんやキョーコにも手伝って貰えないかな」


「今日来ていないから、呼び出してみるね」


 そういって中田はスマホを手にとった。


 中田が連絡をとってから一時間後、摩池庫は二人の前に姿を現した。いつもとは違う印象を持たせる服装に二人は違和感を持った。


「それで探したい本って何ですか?」


「それがね……」


 中田から電話越しに訊いた話はこうだ。児玉は火曜日の三限と五限に講義を入れているらしい。けれど、四限は入る講義がなく、どうしても空いてしまうらしい。最近はその間を図書館で潰しているという。


 暇だったので、各ジャンルごとに並んだ棚を見ていると一冊分スペースが空いている棚がある。しかし、いつか戻っているだろうと思って毎週見に来るが一度も見たことがない。一体、どんな本なのか。考察して欲しいとのことだった。


「まずは現場に行きましょう」


 摩池庫の言う通り、三人は図書館へ移動した。


「サンゴちゃん、おいっすー」


「おー」


 児玉は貸し出しを行うカウンターにて、司書に挨拶した。見た目は学生に見える。そういった業務はバイトなのだろう。カウンターの下にはポスターが三枚貼ってある。


「さあ、行こうか」


 三人は上の階に続く螺旋階段を上っていく。一周する螺旋階段を上り、本棚が並ぶフロアに進んでいった。


 本はジャンルごとに分けられている。ジャンル分けは他の図書館と変わらない。日本十進分類法が採用されている。本棚には本の背表紙に貼られている数字の順に並べられていた。


 児玉は九百番台の棚で足を止めた。文学系が並ぶエリアであった。


「この棚のね、ここ」


 児玉が指をさす。さした場所はぽっかりとハード本一冊分の隙間が空いていた。


「ここにあったと言うこと?」


 中田の問いに児玉が頷いた。


「ここは一冊以上の広さがある気がする」


 摩池庫は本棚を見て答える。


「一冊だと思います。本棚をよく見て下さい。空いているスペースに跡が残っていますから」


 よく見ると、本が少し前まで置いてあったかのように跡が残っていた。長年移動していなかったのだろう。


「キョーコ、スイッチ入った」


 中田は何処か安心した。摩池庫は普段、中田と話すときだけ少し砕けた話し方であった。でも、今は違う。


「でも私、十月の終わりぐらいから図書館来ているけど一度も見たことないんだよ」


 児玉はそう言った。


「仮定として偶然貸し出された時に来たということもあります。ですがその場合、同じ人か同じ団体が借りている可能性が高いと考えられます」


「そうだね。同じ人あるいは同じ団体が借りていない場合、ここにあった本は老若男女に受けると考えて良いよね?」


 児玉の問いに摩池庫は「そうですね」とだけ口にした。


「話を戻して考えましょう。同一人物あるいは同一団体と考えますと、その本は読む以外の価値を見出しているかもしれません」


 摩池庫は同一の場合の考察を口にした。


「同一の価値?」


 児玉がオウム返しのように単語を口にした。


「ええ、誰が借りているか。それがわかれば良いのですが、難しいでしょう。図書館の司書に訊いたとしても答えてくれることは殆どない。日本図書館協会は閲覧者のプライバシー保護には厳しいです。過去に映像作品に抗議もしていますので、警察が捜査令状でも持ってこない限り、見せてくれることはないと思います」


 これはあくまで摩池庫の推定も入っているが、ほぼ間違いないだろう。児玉はカウンターにいた貸出管理のバイトを行う知り合いに見せて貰うよう頼む案を考えたが、提案はしなかった。


「左右の本を見れば著者はおおよそ想像がつきます」


 摩池庫は指摘する。左側に置かれた本の著者は上戸田博。右側の本の著者は及川しのぶ。範囲はう、え、おにまたがる。全体的に見れば範囲は広くない。日本人でえから始まる苗字もそれほど多くない。


「日本文学でハード本。著者はうからおの人物。それが答えです」


「絞れたようで絞れていないよ」


 中田は摩池庫に指摘する。


「ハード本だから持っていたらすぐ気づくと思うけどね」


 確かに中田の言う通りだ。だが、児玉ここで諦めることがどうやら出来ないようだ。摩池庫は仕方なく推理を続けた。


 もうこれ以上は手掛かりになるものは一切ない。中田も徐々に飽きてきている。向かい合わせの棚を漁り始めた。


「偉人の子孫、現代で無双するだって」


 ユニークなタイトルの本を見つけて笑う中田はその本を手に取った。児玉も本の中を覗き込む。


「だいたい、歴史上の有名人の子孫だとかっていう芸能人は大抵嘘だよね」


「よくあるよね。そう言えば仕事が手に入るからでしょ。嘘を暴かれても、稚拙な物言いで押し通そうとするでしょ。実際、土地の権力者とかっていうのは国とかの研究機関が調べ上げているからね。すぐ嘘だってばれるのに」


「なんちゃらの子孫って言っていたあれでしょ」


 二人は笑い始める。考え込む摩池庫をよそうに高らかに笑う。


「無理です。やめましょう。また曜日を変えて来ることが良いと思います。多分、ここにあった本は遠藤大地のダウンモール」


「なんでわかるの」


 中田はその理由を訊いた。摩池庫は床を指さす。二人は首を傾げる。三人は螺旋階段を降りて下の階へ移動した。


 摩池庫が二人を連れてきた場所は本の貸し出しを行うカウンターであった。


「カウンターの下に本の紹介が掲載されています。ほらここに」


 摩池庫の言う通り、ポスターという形で新しく入った本が紹介されていた。ポスターは手作り感がある。


「これでいいですか」


「うん、ありがとう。キョーコ」


 摩池庫はふとカウンターを見る。そこに座っている人物は男性であった。

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