case6-4

 リベラリズムが蔓延した日本では正しい行いをした者が報われず、悪い行いをした者だけが利を得る。掛川の言い分はそんな風に聞こえた。


 実際にそんなことがないとは言い切れない。現状の日本に対して被害者の支援は、本当に拡充しているのか。また加害者の家族は踏みにじられていいのか。被告人に対しての利益のみが膨れ上がっているのではないか。プライバシーを無視した世論への問題を提起するものであった。


 摩池庫はその日の夜、風呂に入りながら掛川が口にしたことだけが頭から離れなかった。


 誰しもが正しいことをしているわけではない。正しいとは何か。掛川も自身が正しいとは思っていないだろう。出来れば推理をしたくない意思はここから来ているのだろう。自己険悪に陥る。それが理由かもしれない。


 風呂からあがった摩池庫は身体を丁寧にタオルで拭いてから、ドライヤーを用いて髪を乾かした。何となくすっきりしない気持ちはぶつけることができない。ベッドの上に横になりながら、どうにか追い出そうとしていた。


 残念ながらその気持ちは消えない。摩池庫はスマホを取って中田に電話をした。


「キョーコ、どうしたの?」


「あーちゃん、遅くにごめんなさい」


「ん、ああ十時半か。いいよ」


「聞いてほしいことがあってね」


「ん」


「今、何かしていました」


「課題をね。来週提出のレポート。それで、話を聞かせて」


「今日、カケさんとライブハウスに行きました」


「それで」


「タカさんがチケットをくださったので二人で見にいったのです」


「そうだったんだ」


「そこで……」


 摩池庫はそれから事件について説明した。摩池庫から視点での説明は誰にでも丁寧でわかりやすく定評がある。中田は時々、相槌を入れながら摩池庫の話を訊いていた。全てを話終えて、中田は摩池庫の心理に気づいた。センチメンタルというよりかは、セミセンチメンタルというべきか。そんな摩池庫に掛けた言葉は慎重になった。


「ねぇ、キョーコ」


「何、あーちゃん」


「間に受けなくてもいいよ。まあ、現実はそう優しくなくても。受け止め方はそれぞれ。ある意味そうかもしれない。鵜呑みにせず、片隅に置いて自分で少し考える。それだけじゃない」


「うん」


「まあ、聞かない話じゃないし、ベーシストと付き合うなっていう話もあるから」


「ありがとう、あーちゃん。もう寝るね」


「おやすみ」


 摩池庫は電話を切ると、スマホをひっくり返した。ベッドの上でゴロゴロして一度静止する。天井をじっと見ていた。何かが映るわけではない。時刻はまもなく十二時だ。針は頂点で折り重なろうとしていた。


 落ち着かない。落ち着かない。落ち着かない。摩池庫は部屋の電気を消した。暗闇に覆われる部屋の中でベッドまで歩く。簡単なことであった。


 眠りについてからしばらくして目が覚めた。その間の記憶はない。少し薄れたモヤモヤが残された。夢は全く覚えていない。眠っていたことだけ自覚する。


 摩池庫は起き上がった。そしてまた一日が始まるのであった。


 あれから、高山はバンドを脱退したことを摩池庫は本人から直接訊いた。理由は方向性の違いらしい。詳しくは聞けなかった。


 掛川が地下鉄で口にしたあの言葉が原因ではないか。摩池庫は気にしている。しかし、それを訊くことは許されない。自身にも原因はあるからだ。


 しばらく、摩池庫は芝田の喫茶店に姿を見せることはなかった。


「最近、あーちゃんとキョーコが一緒にいること多いね」


 大学のベンチに座る二人に児玉が指摘する。


「まあ、いいじゃん。キョーコも疲れているんだよ。ゆっくり休みな」


 摩池庫は中田の肩に寄りかかった。

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