case1-2

「失礼ですが、さっきから何をしているのですか」


 隣に座る女性客が声をかけた。


「お客様の封筒を探していまして」


「封筒ですか」


 忘れているだろう。谷保に価値が分かっても、他の客全員にわかると限らない。


「収納を確認しても宜しいですか」 


「はい」 


 若い女性客は椅子と収納がくっついていることに気づいていない。ウエイトレスが確認しているときに収納があることに気づいたようだ。収納の中は何もない。


 女性客はトートバックを向かいの椅子の座面に置いていた。パソコンを持ち運ぶには必要な大きさだ。けれど、中に封筒は入っていない。


「私も何かお手伝いを」 


「いえ」


「実はミステリーを解くのは得意でして。私、摩池庫まちこ京子きょうこって言います」


 掛川はただのミステリーオタクだと高を括っていた。興味本位で関わろうとしている。好奇心は猫を殺す。摩池庫はそのタイプに引っかかる。


「あちらのお客様にも訊いてきますね」


 そう言ってウエイトレスと谷保は事情を話して二人組の女性客の収納を見せて貰った。勿論何も入っていない。荷物はカバンのみ。どちらも隣の席に置いていた。折り畳んでも封筒が入る大きなではない。


「ところで」


 摩池庫は掛川の不意を突くように話しかけた。


「少なくとも編集者さんと作家さんが打ち合わせをしている間に一人店から出たと思いますが」


 隣にいただけで話をかなり盗み聞きしている。侮れない相手だ。丁寧な話し口に騙されそうになる。


「ここ、カメラありますね」


 摩池庫が指しているのは防犯カメラのことだ。


「店長に頼んで見せてもらう?」


 半円型の防犯カメラが映す範囲は一二〇度くらいだろう。位置は店の端。カメラの真下が厨房と店内を行き来出来る唯一の通路である。


 ギリギリ全体が映るかどうかだろう。掛川はあまり期待できなかった。


 仮に映っていても、谷保と作家が座っている席はカメラから見て左端となる。見切れてしまう可能性も考慮される。さらに、作家の背中がカメラに対して死角を作っている為、谷保が座っていた席の全体は映らない。

 

「見せて頂きましょう」


 掛川の消極的な態度は変わらない。しびれを切らしたのか摩池庫は厨房から店内を覗く芝田に声をかけた。しばらく話して戻ってきた。


「見せて頂けるようです」


 どうやったのか。芝田は積極的に見せている可能性もあった。それもそれでどうか。


「カケ。どこに消えたかわかったの?」


 芝田は掛川に問う。


「無くなった理由は一つだけだよ。持っていく人なんて限られる。証拠となる封筒の行き先が映っていればいいけど」


 ウエイトレスと谷保が戻ってきたタイミングで掛川と摩池庫は厨房の奥に回った。厨房の奥には防犯カメラの撮影した映像が記録されたパソコンが置かれていた。


「再生して」


 掛川が指示して芝田がマウスを操作した。一時間前の映像が画面に再生された。ちょうど谷保と打ち合わせをしていた時間帯まで戻った。


「このときはまだありますね」


 摩池庫が指を指す。画面ギリギリに封筒が映っている。封筒は画面から見て左奥――谷保が座っている側の壁に面した所に置かれていた。


 早回しで映像を確認する。七分経ったあたりで谷保の後ろに座っている高齢の男性が立ち上がる。手に持っているのは伝票だ。封筒はまだテーブルの上にある。


「この後は私が一度電話をするために店の外に出ました。会社からだったので。まあ、内容は対して重要じゃなかったのですが」


 谷保はこの後起こることを説明する。画面の谷保はスマホの着信に気付いたのか、作家と一言告げて店を一度出た。すると作家の後頭部が左奥に向いた。


 もしかしてという予感はこの映像を観ている誰しもが思ったであろう。作家は手を伸ばして、封筒を持っている。裏の紐を外して中に手を入れた。


「あー」


 谷保は大きな声で叫ぶ。その声は近くにいる四人がキーンとなる程の声量だ。


外野との先生、またやったな」 


「またやったとは?」


 摩池庫は谷保に対し、真っ先にその真意を訊ねた。


「外野先生は自分で気に入らないと書き終わっていても締め切りを伸ばしてくれと言うんです。でも、たいていそれは漢字をひらがなにしたいとか、人物の名前を変えたいとかなんです。過去にも断ると編集者が見ていないタイミングで原稿を持って帰ったことがありまして。印刷所の関係もあるので、なるべく早く解消させるか気にならないように話を持っていかないといけないんです」


 谷保の言う通り、作家は原稿を見ると何かに気づいて自身のカバンにしまった。


「稚拙なことを。私は今から先生の家に行かなくては。大騒ぎしてすみませんでした。お会計いいですか」


 谷保はウエイトレスを連れてレジに向かっていった。


 芝田は椅子を回転させ、座ったまま掛川の顔を見て謝辞を述べた。


「いつも謎解きありがとう」


「探偵じゃないからさ」


「そういって、高校の時も日常に潜むミステリーを解いてくれたじゃないか。コールドケースを回避してくれた。それだけで手柄ものだ」


「過剰な評価だね。これくらいなら誰にだって解けるさ。未発表の原稿を盗む者は限られる。そもそも、打ち合わせだって場所は分からないでしょ。そうなれば、作家本人が持っていった。その理由は修正とかかなって。前、本出した時に編集の人が口にしていたことを思い出して。でも、それは遅筆な作家に対してだけど」


 掛川は事件のカラクリを説明した。二人はその説明で納得したようだ。


「ところで、摩池庫さんはどうやってカメラ映像を見せてもらえるよう頼んだの?」


 掛川は解けなかった謎を摩池庫に訊いた。すると、疑問を持った表情で芝田は答える。


「カケが観たいって訊いたけど」


 どうやら、摩池庫は掛川が観たいと伝えた。図々しいというべきか。当の本人はなんてことない顔をしている。二人は一杯食わされた。


「ところで、店長さんはどうして掛川さんをカケと呼ぶのですか」


 摩池庫は話を逸らすかのように芝田に質問する。摩池庫に話を逸らす意思はない。興味本位が先に動いてしまう。それが自力では止められないのである。掛川は逸らしたと思っていたが、芝田は気にせずに答える。


「学生時代からの仲でね。仲の良い友人はカケって呼ぶ。あなたも良ければカケって呼んであげて」


「わかりました。ではカケさん」


 摩池庫はためらうことなく簡単に受け入れた。芝田は推理に関する経緯など、昔の話を続けた。


「カケは高校の頃からこういった推理が得意なんだよ。起きた事件は探偵のように説いていく。消えた鶏肉の謎、鉄人放火事件、開かずの教室、リレー事件。まるで和製……」


「やめてくれ」


 昔話の途中で掛川は遮った。摩池庫は詳細が気になっているのだろう。嫌がる掛川を押しのけてそれ以上聞くことは出来なかった。


「カケさん、よろしくお願いします」


「うん……」


「摩池庫です」


「マチコさん、よろしく」


 掛川は今後摩池庫と会うことがないと確信していた。もう、推理は行わない。頼まれたら仕方なく推理を行なっていた。自分から事件に突っ込んでいくタイプではない。これから、摩池庫が自身に大きく影響を与えるとは思っていなかった。

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