『黒の牢』

無名人

『黒の牢』


 久し振りに、故郷に帰ってきた。仕事の為に都会に行った私にとって、故郷である藤宮ふじみや町は、宝物だ。

「飲み物買ってきたわよ」

「うん、ありがとう」

母が駅前のカフェで、アイスカフェラテをテイクアウトしてくれた。私はそれを貰い、一口飲む。


 商店街に向かうと、店が私を出迎えてくれる。サインや握手をお願いされ、私はそれに応える。

「それにしても帰ってくるだけでこんな大事になるなんて、目立っちゃうなぁ」

「あなた有名人なのよ、もっと自覚を持たないと」

「そうなんだ、まだ自覚ないなぁ」

これだけ大騒ぎになると、弟の彼方かなたに会う前に、私が帰って来た事がバレてしまうだろう。

「それにしても、どうして急に休みを取って帰りたい、なんて言ったの?もしかして、彼方に会いたくなった?」

「それもそうなんだけど…」

私は、サインを一通り書き終え、商店街を出た。


 それから、私達は墓地へ向かった。そこには、私の友達の一花いちかのお墓がある。私はそこへお花を供えた。

「友達の為なんだ、あの時の事、まだ引きずってるみたいだから…」

一花が亡くなったと知った日の事を、今も覚えている。ボロボロになった亡骸を抱えていた千秋ちあきを、私はただ見ている事しか出来なかった。

 あの日、私はモデルのオーディションで町を出ていた。戻ってきた頃にはもう手遅れだった。私が悪くないとは分かっていながらも、千秋に責められたのを覚えている。

「千秋と、ちゃんと話さないと」 

私は、一花の墓石に触れた。

 生きていた頃は、時々頭を撫でさせてくれた。小柄だけれど、私よりもしっかりしていた。自分よりも周りの誰かを大切にしている子だから、私と千秋を置いて、一人で行ってしまったのだろう。

 私は、母と一緒に墓地を出た。

 

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