第2話 35歳


次の日何事もなかったように出勤する。

髪も整えてビシッ! とスーツを着て。


「 おはよう。 」


みんなに挨拶をしてデスクに。

昼までに上げないといけない企画書を出して調整をする。


「 部長…… おはざいます。 」


( このだらしない挨拶は!? )


ここの社員の我妻良太郎あがつまりょうたろう

最近転勤してきた男性社員。

25歳で仕事を転々としていて、仕事はやるけど態度はあまり良くない。

当然定時には帰る男。


「 我妻! おはようございますだ。

普通に挨拶も出来んのか? 」


「 うぇっ? 言いましたけど? 」


( 駄目だ…… こう言うやつは相手にしてはいけやい。

軽く流せ…… 流せ。 )


最近の若者はあまり責めてはいけない。

上司にも良く言われている。


「 まぁいい…… なんだ? 」


「 あ…… 言われてた資料書き直してきました。」


「 あぁ…… 後で確認しとく。 」


我妻はゆっくりデスクに戻っていく。


( 仕事もするから悪いやつではない。

ただ…… 活力と言うか覇気を感じない。

死んだ魚のような目をしている。 )


我妻は淡々と仕事をしていた。


梓はいつも忙しい。

自分の仕事をしつつ人の仕事も見る。

いつも大忙しだ。


「 部長! 11時から会議じゃなかったんですか? 」


見ると11時になりそうなっていた。


「 これはいけない!!

教えてくれて助かった。 」


直ぐに違う部屋の会議室へ向かう。

忘れてたのか大慌てだった。


「 部長…… もしかして忘れてたのかな? 」


「 何かの間違いだろ?

あの鋼の女が忘れる訳ないだろ。 」


社員達はミスのない梓が忘れてて笑っていた。

梓は本当に忘れていた。


( クソ、クソっ!! 落ち着け!

何でこんな大事な事忘れてたんだ!? )


直ぐに会議室へ入る。

ほとんど役員は集まっていた。

遅刻ギリギリになってしまう。


「 宇佐美君遅かったな。

キミにしては珍しいな。 」


「 申し訳ありません…… 他の仕事を掛け持ちしていて集中が途切れていました。

でもご安心下さい。

本日の会議で提案する商品に何の不備も御座いませんので。 」


そう言い資料を見つつ役員達にプレゼンした。

商品のコストやネットでの反応。

売り上げ予想など事細かにまとめていた。

役員達もさすがのプレゼンに圧倒されていた。


「 さすが宇佐美君。

今回もかなり仕上がっていたね。 」


本部長も大喜びだった。


「 いいえ、全然。

それでは失礼致します。 」


梓は会議を終えて遅めの昼食を取る。

屋上で一人寂しくサンドイッチを食べる。

食欲が湧かず一口で食べるのをやめる。


「 圭介…… いつから別れたいって思ってたのかなぁ。

いつも遅刻もしてたしデートの回数も少なかったかもしれないなぁ。 」


今までの行動を振り返っていた。

圭介との関係は上手くいっている。

そう思い込んでいたのだ。


「 二日酔いか…… フラフラする。

仕事に戻るか…… 何も考えたくないし。 」


無理に仕事をして忘れようとした。

仕事に戻りバリバリ仕事をした。

いつもよりも早く、正確にこなしていた。


「 何か気合い入ってない? 」


「 うわぁ…… 本当だ。

これだからあの年になるまで未婚は嫌よね。 」


「 知ってた?? 部長今日誕生日なんだって! 」


社員達がヒソヒソと噂をしていた。

35歳で独り身で寂しい誕生日。

何もする予定もない…… 孤独だった。


( ん? お母さんからだ。 )


スマホを見るとお母さんからのメールがきていた。


( 梓お誕生日おめでとう!

今日まで良く頑張ったわね。

少ないけど野菜とか送ったからね。

しっかり食べるのよ? )


お母さんから毎年メールが届く。

優しいお母さんだった。


( ありがとう…… お母さん。 )


少し元気を貰い仕事に戻る。


夕方になると定時で皆帰って行く。


「 部長…… お疲れさまでぇす。 」


我妻がダルそうに挨拶をする。


「 おう…… お疲れさん。 」


仕事をして顔を合わせず挨拶を返した。

我妻は少し立ち止まり梓の様子を見ている。

何か気になったのかは分からないが、我妻はゆっくり帰って行った。


夜になり我妻は私服に着替えて飲み会に。

若い仲間達と酒を飲みながら笑っていた。


「 良ちゃんは仕事上手くいってんの? 」


女の友達に聞かれる。


「 えっ? まぁ適当にやってんよ。 」


我妻はちょっと外の風に当たろうと外に出る。


「 んん? あれって…… 。 」


偶然目に入ったのはゲーセンに一人で居る梓だった。

必死にもぐら叩きをしていた。


「 ひぇーーっ! あんなおばさんが一人ゲーム?

かなり痛いおばさんじゃん。 」


我妻の男友達も梓に目がいっていた。


「 あぁ…… そうだな。 」


冬で少し夜は寒く直ぐに店内に戻る。


「 ほら! それっ! そっちだ!! 」


周りを気にせずにゲームをしていた。

我妻は梓を少し見て中へ入って行った。


そこから少し経って皆で場所を移す事に。

カラオケに行こうと探していた。


「 良ちゃんはカラオケ好きじゃない? 」


女友達が横を歩きながら聞いてきた。


「 えっ…… まぁ普通じゃない? 」


大学の頃の友達なのに少し素っ気なかった。


「 おいおい! あれ見てみろよ? 」


男の友達が指差すとそこには寒いのに、外のテーブルで料理を食べていた梓だった。

オシャレでもこんな寒い季節に外で食べている。

しかも本格的なフルコース。


「 相手も居ないのにバクバク食ってる。

引くよなーーっ! 」


「 分かるわぁーー 。

絶対女捨ててるよなぁ。 」


皆で笑いながら見ていた。

我妻は何も言わず歩きながら見ていた。


「 美味しい…… 本当美味しい!

予約してなかったから外でしか無理だったけど、誕生日なんだから思い切り楽しまなきゃ!! 」


フルで一人を堪能していた。

お金はあるから高級な料理も食べる。

そしてワインをガブガブ飲む。

フラれたショックを忘れるくらい楽しみたかった。


カラオケで皆は楽しみ終電に間に合うように駅へ。


「 やべぇーーっ! ギリセーフ。 」


皆で停まってる電車に飛び乗る。

我妻も乗ろうとする。


「 あ…… 鞄忘れた。

先帰っててくれ。

カラオケ戻って適当に帰る。 」


急いで階段を降りて行く。


( 面倒くせぇな…… タクシーっていくらぐらいすんのかな?

満喫でオールするかな…… 。 )


カラオケに着くと無事鞄を返して貰えた。

やっぱり部屋に置きっぱなしになっていたらしい。


「 あざしたーー 。 」


お礼を言い外に出る。

ふと気になった事が…… 。


「 部長帰ったのかな? 」


レストランが近かったから寄って見ることに。

着くと当然店は閉まっていた。


「 当然か…… 何かいつもと違う気がしたんだけど。 」


帰ろうとすると店から店員が私服で帰ろうとしていた。


「 あの…… スーツ着た髪後ろに結んでた外でめっちゃ食べてた女性。

もうとっくに帰りましたよね? 」


興味本位で聞いてみた。


「 はい? …… ああ…… はい。

とっくに帰りましたよ。 」


「 そっすか…… あざーーす。 」


「 あっ! 確かお洒落なバー無いかって聞かれてそこに向かわれたかと。 」


梓は料理を沢山食べてバーに行ったようだった。

我妻は面倒くさがりや。

でも気になると止まれない性格。

そのバーの名前を聞きやって来た。


「 ここかぁ…… 高そう。 」


試しに入ってみる。

中に入るとお洒落で静かな空間。

そこには夜のリッチな大人の時間が流れていた。


「 場違いだな…… 帰ろかな。 」


店内を見渡すとカウンターで爆睡していた梓を見つける。


「 てか居んじゃん! 」


ゆっくり近付くと思い切り酔い潰れていた。


「 部長…… 部長!

起きないと店に迷惑っすよ。 」


話をかけても全く聞こえていない。

相当飲んでいる様子だ。


「 ダルっ…… 。 」


仕方なくお会計して外に出ようとする。


「 すみません! 会計を。 」


「 かしこまりました…… お会計は1万8千円になります。 」


「 えぇっと1万と…… んん!!?

1万8千円っっん!! 」


我妻は金額に度肝抜かれてしまう。

さすがは大手会社の部長ポジション。

リッチなお酒を飲んでいたのが分かる。


「 はいはい…… これで。

てか部屋代使っちまった。

まぁ…… 返してくれんだろ。 」


部屋代を使い代わりに払った。

仕方なくおんぶをして運ぶ。

それ以外方法が分からなかった。


「 むにゃ…… 私は! 幸せなんだよ。

だから…… 余計な…… お世話…… 。 」


寝言を言っている。

でも梓の目から涙が溢れていた。


「 はいはい…… 。

てか部長? お誕生日おめでとうございます。 」


梓の悲しい誕生日は無事に最低に終わった。

夜の街をおんぶした我妻はゆっくり歩いて行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る