第26話 気持ち
「マイルさん…あの………男性の方に何かお礼をしたい時ってどうすれば良いでしょうか?」
竜達の食事を運搬中にフラナがマイルに問いかけてきた。
「食事とかにお誘いしても、また何か誤解されても大変ですし…」
マイルは、その相手は団長なんだろうな、と思いながらフラナの話を聞いていた。
「団長なら、何されても喜ぶんじゃないんですかね」
その為、思わず相手を断定した言い方をしてしまった。
「あ、別にイル様というわけでは…その………」
否定しようとしたものの、嘘が下手なフラナは言葉に詰まってしまった。
「あ~~~、団長じゃないにしても男性なら女性の誘いなら嬉しいもんじゃないですかね」
慌てて何とかフォローしておいた。
イルの場合はフラナ以外であれば女性に誘われてもはっきりと断るタイプだが、そういう事は近くにいる方が見えにくいのかもしれない。
「随分楽しそうじゃないか」
昨日は早めにランと眠ってしまった為、朝食には間に合わなかったが、昼食には気分転換も兼ねて運搬を手伝いにきたら、フラナとマイルが楽しそうに話をしていた。
「だ、団長!嫌だなぁ~、竜の事について話してだけですよ。ね?」
と先程まで隣にいたフラナに嘘の同意を求めたが、フラナは既に姿を消していた。
「…俺の姿を見て走り去っていった。嫌われたようだな………」
いや、どう見てもあんたの話をしていた所に、本人が来たから照れが大爆発して、ダッシュしていなくなったんでしょうが!と、突っ込みたい気持ちをマイルはぐっと堪えた。
「………団長、フラナさんは相当ニブいから、回りくどいやり方は無理だと思いますよ」
同期の兵士相手だったら、揶揄いまくって、突っ込みまくるところだが、一応相手は団長なのでそうもいかない。
今日は結局一日中、イルを避けて逃げ回ってしまった気がする。
ただ、いつも励ましてくれるお礼を言いたかっただけなのに、いざイルの姿を見ると緊張してしまって上手く言葉を発する事が出来ない。
「ようやく話が出来そうだな」
ため息をついて、ランにもたれかかると、それを待っていたかのようにイルがフラナの近くにいた。
「イル様…!」
イルから逃げようにも、イルの立っている位置から逃げるのは竜舎の隅の方にいる今は分が悪かった。
「昨日は悪かった」
今も逃げようとしたのは態度を見れば分かる。
避けられる位に昨日、自分の気持ちも伝えずに、フラナの気持ちも確認せずに、抱きしめたのが嫌だったのだろう。
「?何に対して謝られてるか分かりませんが、私は…ただイル様に…お礼を伝えたくて………」
いつまでも逃げ回っているわけにもいかない。元々、お礼を伝えたかったのだから、今を良い機会として伝えるしかない。
「礼?」
嫌われたと思っていたイルにフラナは礼を伝えたいと言う。
「…いつも励まして頂き有難うございます。あの…私に出来る事でイル様のお役に立てる事とかありませんか?いつも頂いてばかりなので、私も何かお返し出来たらと思って…」
何をしたら良いのか分からなくて、マイルにも訪ねてはみたが、されて嬉しい事、嫌な事、それは人それぞれ違うし、相手との関係性によっても違うだろう。
「お返しされる為にしてないので礼など不要だ」
それをフラナは直接イルに確認したかったが、イルの言葉は強い言い切りだった。
「俺はフラナの事が…」
昨日の事がなければ、フラナの腕をとり、告白を告げたかった。だが、フラナの気持ちが分からないからこのままの距離で全て伝えたい。
「敵襲だ!!!」
見張り台にいるアルクの声と、黒竜のブレス音、そして緊急事態を知らせる笛の音が響く。
「あれは…」
フラナが黒竜のブレスを吐いた方角を見ると、其処には夜行性の魔物レハムリの群れだった。
「イル様、ランさんだと目立ち過ぎます!!」
あの魔物にはフラナが故郷にいた頃、夜に城を攻撃された事がある。
とても攻撃性が高く、夜目が他の魔物達よりも優れているので兵士達の銀色の鎧は居場所を鮮明に教えてるようなものだった。
「イル様!!」
しかし、イルはすぐにランに騎乗して応戦に入ってしまった。
最初にレハムリを発見したのに黒竜はそれ程攻撃されていない。
黒竜も竜達の中では夜目が効くし、何よりも夜が更けた今では相手にも見えずらいからだろう。
一方、ランは夜でも明かりを灯しているかのように綺麗に輝くから、居場所が丸わかりだった。このままでは、ランが狙い撃ちにされる。
「ランさん、一回戻ってきてください」
ランに呼びかけても普段と違い戦闘体勢に入っているからか、フラナの言う事には従ってくれない。
フラナは暖房具としても灯りを灯す事も出来る道具を用意した。今のままだと、黒竜と同じく黒色のレハムリ達の姿を竜は視認出来ても騎士達は視認出来ない。
「イル様!!」
副団長も竜に乗り竜舎に来て状況を把握するが、レハムリの姿が黒色で視認しずらいが、ランがターゲットにされているのはすぐに分かった。
夜目の効くアルクと黒竜がかなり片付けてくれているが、今はランを囮ににしてるような状態だ。このままではイルも危険だ。
「お前は、街の方を確認してこい!」
相手の姿がまるで見えない。幸い竜達のようなブレス攻撃はしてきてはいないが、夜の暗闇にランの姿が目立ってしまって、集中攻撃されている。
ランを攻撃しようと近付いてきた瞬間を狙って攻撃しているが追いつていない。
「今のままでは街には行けません」
街も心配だが、集中攻撃を受けているランとイルを置いて街へは行ける状況ではなかった。
まずは、ラン達に群がるレハムリを何とかしなければ二人の命が危険だ。
「ランさん!」
レハムリと相対した事がなかったイル達は知らなかった。
「ブレス攻撃です!」
レハムリは止めを刺す時には、それまで溜めていたブレスを吐き出す事を。
「ラン!!!」
月明りとランの体しか灯りがない状態で、何が起こってるのかイルは理解出来ていなかった。
しかし、一度感じた事がある感触がイルを襲った。
ランが意識を手放し落下している瞬間だ。
「イル!!!」
副団長がレハムリ達に竜を体当たりさせながら、イルを掴んだ。
「ランさん…しっかりしてください」
笛の音を聞き竜舎に来たヴィッセンは、竜が落下するのを初めて見る事になった。
フラナとヴィッセンの近くに落ちてきたランは多くのレハムリ達から至近距離でブレスを複数受けて深い傷を負っていた。
「フラナさん…?」
フラナは先日、街に出た時に購入してきたナイフを取り出して、自分で自分の手を刺した。
「フラナさん!竜人伝説によれば、竜人の体液は竜を治せる。と、そう話しましたが、それはあくまで伝説上の話ですし、怪我の具合に応じた体液の量が必要と聞きました。危険です」
あの時は涙でランが救えた。自分の血があればランを救えるのなら多少の痛みと危険など、どうでも良かった。
「フラナ、何をしている!?」
副団長から何とか無事に竜舎へ降ろしてもらったが、フラナが自分で自分を傷つけていた。
「…イル様、あれにランさんのブレスを少しだけ…」
フラナは暖房具にも使われる道具を纏めていた箇所を怪我していない方の手で示した。
「騎士の皆さんの目印にしてください」
フラナの血が流れ、ランに零れ落ち、その箇所から傷が塞がっていく。
「………ヴィッセンさん、あの魔物の知識はありますか?」
竜人伝説は本当だったのかと、興奮している場合ではなかった。
「はい、多少の知識はあります。団長が、ブレスを閉じ込めたら私がこれを竜舎に配置します。そうすれば、騎士の皆さんにも多少は魔物が視認し易くなるかと思います」
レハムリは竜にそう簡単には戦闘を挑んでこない。
だから長年この国では、レハムリによる被害がなかった。
「レハムリは夜目がとても効きますが、視力そのものが良いわけではありません。実際、黒竜さんはほとんど攻撃されてないように見えます。なので、ランさんは、布などで覆って、下からブレスなどでサポートするのが良いかと思います」
今まで嫌煙されてきたからこそ、逆に知識がほとんどなかったが、ヴィッセンがいれば対処法も問題なさそうだ。
「副団長さん!大丈夫ですか!?」
しかし、イルを助ける為に体当たりでレハムリにぶつかっていった副団長達が今度はターゲットにされて、副団長を乗せたまま落ちてきた。
「私は何とか…。しかし………」
副団長は竜のおかげで、軽傷ですんでいるが、竜はもう飛んだり出来る状況ではない。
「今、イル様とヴィッセンさんとで少し対策しているのでもう少しだけ耐えてください」
副団長の竜は、ラン程の怪我は負ってないようだ。これなら何とかなるかもしれない。
「フラナ、その腕はどうしたのですか?」
フラナは止血るするどころか、押し出すようにしている。
「ランさんはこれで治りました」
人の血液の量はどれ位なのだろう。そんな事を考えていたら意識が遠のいてきた。
「副団長、ランは目立ち過ぎるから下から援護する。悪いが、後は頼むぞ」
フラナが倒れたのをイルが抱き抱えた。
「ランのブレスを灯した暖房具をヴィッセンが配置している。上手く活用してくれ」
副団長は竜の意識が戻ったのを確認して、再び飛び上がった。
「ラン!フラナの傷を治してくれ!!」
意識を失ったフラナをランの近くに置くと、ランはフラナの傷を舐め始めた。
間もなく傷口は綺麗に消えた。だが、フラナの顔色は普段とまるで違う血色のなさだった。
「竜が治せるのはあくまで傷だけです。失った血液まで戻せるわけではないので、極度の貧血状態なのは変わらないかと思います」
イルがフラナの血色が戻らないのを不安そうに眺めているので、ヴィッセンは推測される状況を説明した。
「団長、私が医務室までフラナさんを連れて行くので、援護して頂けないでしょうか?」
フラナの事は心配だが、今は副団長達が見えにくい相手と必死で戦っている。
「了解した」
イルはあえてランに自分の剣へブレスによる加護をするように頼んだ。
そうすれば、光りに群がる虫のように奴らが自分に集中すると考えたからだ。
近くまでくればランのブレスと、自分の剣で攻撃する事も出来る。地上に近付けば近付く程、先程ヴィッセンが設置した暖房具が敵の姿も照らしてくれる。
「ランさんのブレスは武器に加護をつける事も出来るんですね」
やはり、竜の近くにいなくては分からない事が沢山ある。
「先程のランさんと同じく、ターゲットにされ易くはなりますが、光りの加護自体はレハムリ達にとってはかなり効き目があるので、どうか…ご武運を」
ヴィッセンの故郷にもレハムリは何度も襲ってきて、兵士達は勿論、一緒に戦った馬達の無残な姿を何度も見てきた。竜を有するこの騎士団なら何とか打ち払えると信じて、今のヴィッセンが成すべき事はフラナを無事に城内に連れ帰り、一刻も早い治療を行う事だろう。
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